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アンゼリカ、毛並みに心奪われる

 そんな彼女を、ユーリスとスヴェータは少し離れた場所から、何とも言えない顔で見守っていたが、


「ユーリス様!こちらの方、リボン?のようなものが張られていますが……ここから先は行かない方が良いのでしょうか?」


「そうですね。そこは通行止めの合図です。……あまり遠くには行かないで下さい。警備の者に迷惑がかかるので……」


 氷の上は速度が出るので、すぐに距離が離れてしまう。滑っていったアンゼリカを追いかけて、更に声を掛ける。


「アンゼリカ姫、あまり無理はなさらずに……氷の上に来て下さっただけで、今日のところは充分ですから」


「でも、ヴァイスの人々はみんなしていることなのでしょう?私はヴァイスの皇家に嫁いできたのですから!」


 ユーリスやスヴェータの助けに甘えていては、ずっと上達できないだろう。ここまで支えてもらったからもう充分だ。


 それよりも、このヴァイスの国民と同じように練習したい。手を引いて、支えてもらってばかりでは、ずっと外国出身の初心者のまま、いつまでも覚束ないだろう。


(まあヴァイスの人たちは、物心つく前から滑ってるっていうし。土壌とか素質とかが全然違うんだろうけど……)


 自由自在に舞っていたソフィアを思い出す。あの境地に至れるとは到底思えないが、それでも嫁いできた以上できるだけの努力はしたかった。


 転びながらも、合間合間にその旨を伝える。それにユーリスは青い瞳を見開いて、少し考えてから、


「ではせめて、助け起こす手伝いくらいはさせてもらえますか?」


 また転んだアンゼリカに、そう言って手を差し伸べた。そうしながら言葉を添える。


「最初から完璧にできる人間などいません。幼子の練習でも、家族が付き添って助けます。そういうものです」

「家族……」


 ……そう言えば、この人と結婚したのだった。ということは、家族の関係と言っても良いのか。あまり実感は湧かないのだが……


 まじまじとユーリスを見つめる。北国らしい淡い色の空を背負った姿は、光に縁取られている。銀色の髪が穏やかに風に揺れて、光に溶け込むようだった。


(本当、すごく綺麗な人だなあ……綺麗、いや、格好良い……?……この人が、家族……?)


 考え出すと何だかどきどきしてきて、胸が騒がしくなった。妙な感情に、首を傾げる。手を取るとしっかりした感触で、すぐに引っ張り上げられた。それにまた胸が騒ぐ。


(な、何だろう、これ……)


 そんな感じで、上の空になったのがいけなかった。起きてすぐに、ぐらっとバランスが崩れる。


「あ」


 小さく零した声は、空中に置き去りにされる。ユーリスの顔が一気に離れていく。伸ばされた手はすり抜けて、足が勢いよく前へ滑る。

 ああ氷の上だと転ぶのも勢いがつくなと、悠長かつ今更なことを思った。


 どんなことも、慣れ始めて油断した時が一番危険なものだ。どこかの金言が頭に浮かんだ。


 まずい、背中から落ちている。この感じ、確実に頭を打ち付ける。痛みを予期して目をつぶったが、覚悟した衝撃は訪れなかった。


 代わりにぼふんと、柔らかく温かいものが頭を受け止める。一瞬何が起きたか分からず瞬くアンゼリカの耳に、息遣いが聞こえた。


「あ、スヴェータさん……!ありが……」


 スヴェータが回り込んで、受け止めてくれたのだ。そう気づいて、慌てて起きようとする。だが、起き上がろうとした拍子に頬に受けたその感触に、アンゼリカは衝撃を受けた。


(手で触った時も感じたけど、これ、思った以上に……)


 つやつや、もふもふ、すべすべ――奥の方は驚くほど温かい。氷の上がひんやりと涼しいので、よりその温度が心地良い。一度捕まったら逃げられない、そんな魅惑の園がそこにはあった。


(これは……何と言う、毛並み…………!!)


 アンゼリカはつい、ぎゅっとそれを抱きしめ深く顔を埋める。そして吸う。ぎょっとしたようにスヴェータが震えた。一方アンゼリカは、先程までのときめきが綺麗にすっ飛んで、ふわふわ毛皮に夢中になった。


「わふっ!」

「あ、ごめんなさい!ありがとう……!」


 近くのユーリスを放置して魅惑の感触に没頭していると、ぶんっと首を振られて振り払われた。鬱陶しかったようだ。大変申し訳ない。


「アンゼリカ姫、大丈夫ですか!?申し訳ありません、お助けできず……」

「い、いえ、こちらこそごめんなさい!私の不注意ですから!」


 助け起こして早々、眼の前で転ばれて吃驚したことだろう。申し訳なかった。アンゼリカとユーリスは、互いに頭を下げ合う。


「やはり氷の上は、色々危険が多いですから……姫が望むなら極力手出しはしませんが、危ない時は助けさせて頂きたい」

「はい、そうですね。すみませんが、よろしくお願いします……」


 もうアンゼリカには、それを固辞することはできなかった。




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