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氷上舞の格式

アンゼリカ:ラスフィード王国の姫。割と能天気。北のヴァイス帝国に嫁入りすることに…

ユーリス: ヴァイス帝国の皇太子。アンゼリカの夫。

ソフィア:ロスニア辺境伯の妻。ユーリスの従姉妹。アンゼリカに好意的。

ヴァイス帝国: 遥か北の荒野の覇者。氷と獣と妖精の国。

ラスフィード王国: 大陸南岸の漁業と造船で細々生きる海辺の小国。

 その夜、客室で二人きりになって、訪れたのは沈黙だった。アンゼリカは寝付けず、暗い中ぼーっと目を開いていた。


 ヴァイスの皇都についたら、再び結婚式を行う予定だそうだ。フローラスで結婚式をしただけでは、正式な婚姻とはならない。今はまだ、半分だけ夫婦ということらしい。


 だから、今夜はもう寝てくれて良いと、フローラスでの式の後言われた。同じ寝台で離れて眠り、その後の滞在では二つ寝台を用意してもらった。


 それは今日まで続いている。同じ部屋に滞在しても、必要以上に近づいてくることもない。


「アンゼリカ姫」

「は、はいっ?」


 いきなり声を掛けられてびっくりした。起き上がり、ユーリスの方を向く。


 常に優しく、礼儀正しい皇太子。だけど、優美な鞘のようなそこから時折垣間見える、白刃のような鋭さ。それを向けられることを予期し、アンゼリカは緊張した。


「……すみません」


 だが、声を発したユーリスの表情は冷えてはいなかった。いつもと同じ穏やかな、気遣わしげなものだ。そこにやや困ったような色が乗せられている。


「先程の拍手の件、配慮が足りませんでした。私から事前に説明しておくべきでしたね」

「い、いえ!私こそすみません……考えなしなことを……」


 互いに謝りあってから、見つめあう。それ以上、どう言葉を継げばいいのか分からない。それはユーリスも同じらしく、沈黙の末話題を変えられた。


「……明日には出立ですね。これから我々は、皇都に向かうことになります。到着は晩夏が、初秋頃になるでしょう」


「は、はい……その、辺境伯やソフィアさんも、一緒に来て下さるのですよね」


「ええ。彼らも皇城での用向きがありますので。元々貴族の多くは、この季節に領地にいないのですが、我々の出迎えのために予定を変えてくれたのです」


「そうだったのですか……」


 何にせよ、見知った相手が一緒にいてくれるのは有難い。特にソフィアは、先達としても、ヴァイス語の教師としても頼りにしている相手なので尚更だ。


「ソフィアとは、打ち解けられたようですね」

「はい!とてもお優しい方で、安心しました」

「良かったです」


 その答えに、ユーリスは眦を緩めた。そんな穏やかな表情を見て、「先ほどの舞も、本当に素晴らしかったです」と言い添える。


「物知らずのために、失礼をしてしまうところでしたが……本当に美しくて息をのみました。あんなに何かを美しいと感じ入ったのは、フローラスで歌劇を見せてもらった時以来です」


「……それは何よりです。元々ああいった氷上舞は、貴族子女の嗜みとして発展した芸能なのですよ。訓練を積めば、ある程度までなら誰でも舞えますが……ソフィアは、国内でも有数の名手と言われます。マルヴァ公妃の娘の中でも、取り分け人気があったのはそのためです」


「まあ、それは想像がつきますけど……お、お美しいからではなく……?」

「勿論それもありますし、あの人となりもあったでしょうが……」


 結局は見目より、性情よりも舞ですよ。そうユーリスは笑った。


「それがヴァイス人の考え方です。氷上の姿こそがその人の本質というのが、ヴァイスの価値観です。ですから貴族はこぞって、娘に舞を仕込みます」


 舞こそがその者の品格と家系、そして本質を象徴する。どれだけ美しく氷上で舞えるかは、縁談の評価にも直結する。


 どれほど姿が美しく、才知に満ち、清らかな心根であっても、氷上の振る舞いが拙ければ「欠けた人間」と見られる。それほどヴァイス人にとって、氷は絶対的なものだ。


 結婚が至上命題たる貴族令嬢にとっては死活問題だ。貴族は能う限りの伝手と財産を使って、娘に最高の師をつけようとする。


「流派や舞い方は様々で、中には皇家の女性しか舞えないものも存在します。これを氷冠聖舞といいます」


「氷冠聖舞……」


「ええ。最古の氷上舞にして、全ての流派の母。古の盟約に直結する舞であり、最も妖精に近づく儀式とされています」


 皇后、皇妃たらんとするなら、この舞にも対応できなくてはならない。それ故に、娘を妃にと望む貴族は特に、大金をつぎ込んで舞の教育を施すのだ。


 ユーリスの母ペネロペも、その一人だった。今は亡き皇后が捧げた氷冠聖舞は、今でも人間と妖精双方の語り草となっているほどだ。


 そこまで聞いてアンゼリカは、冷や汗混じりに問いかけた。


「え……で、では、私も、いづれああいったことをしなければいけないのでしょうか……?」

「……いえ。他国出身の妃の場合は、そういったことは問われません。少なくとも、現時点で先例や掟はありませんから、そう気負わないで下さい。ただ……」


 一瞬言い淀んでから、ユーリスは瞼を閉じ、会話を締めくくった。


「皇城ではとにかく、慎重に振舞って下さい。何をするにも、できる限り確認や裏付けをとって、軽はずみなことはなさらぬよう。それだけを望みます」




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