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演習見学

 その翌日のことだ。アンゼリカは早速、皇太子妃として国民の前に引っ張り出された。歓迎と顔見せの意も込めて、街中でパレードを行うらしい。


「今日は、こちらに乗るのですか?」

「ええ、お願いします」


 用意された車は昨日の雪車に劣らぬ豪奢さだったが、こちらは屋根なしだった。繋がれたモロゾロクも、心做しか気合が入っているように見える。角が立派に広がり、毛並みもつやつやしていた。


(ここに来るまでに、たくさんブラッシングしてもらったのかな……)


 ゆっくりと進む雪車に合わせて、グレイサーに乗った近衛兵たちが付き従う。通り沿いには、アンゼリカたちを一目見ようと大勢が詰めかけていた。


「差し支えなければ笑顔で、手を振ってあげて下さい」

「はい!分かりました」


 アンゼリカは特に気負うこともなく、にこにこと笑顔を振りまいた。手を振ると歓声が上がって、それを繰り返しながら通りを進んでいく。


 景色が流れていく。辺りを見つめていると中々楽しい。光を跳ね返すモロゾロクの毛皮と、ぴったり揃った動き。整然とした町並み、人々の笑顔。それを見るだけでも、ここはいい国なんだろうなと感じられた。


(色々噂は聞いたけれど、やっぱり思ってたほど怖いところじゃないかも……)


 辺境伯の館に戻ってからも、大量にやってくる来客の応対に追われた。辺境伯家の人間、家臣、親類縁者や伝手を持つ者が後から後からやって来て、挨拶と祝辞を述べていく。


 隣のユーリスはそれを難なく捌いていた。アンゼリカがすることはほぼ無く、ただ座って笑っているだけで良かった。ユーリスをちらりと覗き見る。この人は外国でも、国民の前でも貴族の前でも、笑顔と礼節を崩さない。すごいなと尊敬の念を持った。


「アンゼリカ姫、そろそろ移動しましょう。特別演習が控えています」

「あ、はい。そうですね」


 その日は午後一番に、兵と氷獣の演習を見せてもらう予定になっていた。ロスニア辺境伯と昨夜約束したのである。


 昨夜歓迎として豪勢な晩餐会が催され、宴も酣となった頃に、辺境伯が恭しく申し出てきたのだった。


「……皇太子妃殿下をお迎えするに当たり、我々から心ばかりの歓迎を準備してございます。もしお嫌でなければ、近衛騎士団が誇る精鋭による特別演習をお目にかけたいと思うのですが」


 それはヴァイス語だった。意味が分からないアンゼリカは、小さく瞬きをする。ユーリスはちらりとその様子を見つめてから、辺境伯の言葉を伝えた。


「……彼は、氷獣の特別演習を見せたいと言っている。しかし、無理にとは言わない。貴女はどうしたいだろうか」

「……氷獣の?特別演習……!」


 つまり、先ほど見たあの動物たちの、演習での姿が見れるということか。周囲に漂う緊張感には気づきもせず、アンゼリカはその言葉に目を輝かせた。勿論、断る理由などあろうはずもなかった。


「是非見せてください!」


 アンゼリカが喜んで頷くと、辺境伯もやや表情を緩めて、「それはようございました」と応じたのだった。隣のソフィアも嬉しそうにしていた。


 迎えに来た侍従と護衛たちと一緒に、城館の通路を進んでいく。城館は元々、妖精氷河と外壁の直ぐ側、斜面の高所に築かれた場所である。案内されたのは更にその端の、三階の大広間だ。壁一面に広がるアーチ状の大窓からは、妖精氷河を眺め渡すことができた。


 既に準備は万端に整えられていて、後は観客が席に着くだけという状態だった。アンゼリカは弾むように窓辺の貴賓席に座った。


 定位置につくまでの間、ユーリスに軽く説明をしてもらった。


「あの方々が、演習を見せて下さるのですよね?辺境伯様の私兵もいらっしゃるのでしょうか」

「いいえ。全てが近衛騎士団に属する者たちです。ヴァイスでは原則、貴族が私兵を持つことは許されないのです。あらゆる兵力は皇帝陛下のものであり、辺境伯は将としてそれを預かっているに過ぎません。それと……」


 ユーリスは一度言葉を切り、僅かに冷えた語尾で続けた。


「辺境伯に様をつける必要はありません。貴女は既にヴァイスの皇太子妃なのですから。過度な謙りは下の混乱を呼び寄せます」

「あ。……すみません」


 恐縮して、アンゼリカは肩をすぼめた。やってしまったと思うとともに、しみじみ驚く気持ちがある。故郷では、こういうことはなかった。王家と民の間にそれほど大きな隔たりはなく、漁師や商人たちと毎日のように共同作業に勤しんだものだ。


 だが、どうやらヴァイスという国は、厳格な身分制度と支配が根付いているようだ。こういう場所ではきっと、言葉の使い方にも慎重を期する必要があるのだろう。


 果たして、自分にできるだろうかと思う。改めて異国に来たのだなと感じた。


※毎日、昼に更新します。

面白いと思っていただけたら、リアクション、ブクマをいただけたら嬉しいです!!


アンゼリカ:ラスフィード王国の姫。割と能天気。北のヴァイス帝国に嫁入りすることに…

ユーリス: ヴァイス帝国の皇太子。アンゼリカの婚約者。

皇帝ヴァルラス三世: ヴァイス帝国の宗主。ユーリスの父。

ヴァイス帝国: 遥か北の荒野の覇者。氷と獣と妖精の国。

ラスフィード王国: 大陸南岸の漁業と造船で細々生きる海辺の小国。

フローラス: 古い歴史と格式を持つ宗主国。首都はファルツ。



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