雪還り
そうしている内に、辺りも薄暗くなってきたため、降り場を離れて城館まで移動することになった。そこには既に迎えの人員が待機していた。
一番初めに紹介されたのは、ロスニア辺境伯夫人だった。後ろには侍従や護衛を沢山引き連れて、貴婦人は優美に裾を捌く。艶やかな白金の髪を結い上げた、それはそれは美しい人だった。
「お初にお目にかかります。ロスニア辺境伯の妻ソフィアと申します。お目にかかれて嬉しゅうございます」
ユーリスはそれに頷き返し、アンゼリカに視線を向ける。
「ああ、そちらも元気そうで何よりだ。……アンゼリカ姫、彼女がロスニア辺境伯夫人です。私の父方の従姉でもあります」
何でも、皇帝の姉であるマルヴァ公妃の娘の一人で、ユーリスにとっては従姉にあたる人なのだとか。アンゼリカも緊張しながら、「初めまして。アンゼリカです」と返した。
(いや、ヴァイスって綺麗な人多すぎ……)
妖精の血が入っているとか、魔法の加護だとか、話は様々に聞いていたが、会う人会う人みんな美形で気圧される。皇太子であるユーリスは言うに及ばず、辺境伯も美男だし、夫人も美女だし、周りの護衛や侍従も美形だらけ、何ならその辺の町人さえ綺麗だ。
「ソフィア。前に話した通り、皇都まで皇太子妃の世話を頼みたい。特に会話では、不慣れなことが多いだろうから、少しずつでも教えて差し上げて欲しい。勿論私も、時間のある時に手伝いをする」
「はい。……畏れながら皇太子妃殿下は、ヴァイス語に不慣れでいらっしゃいますでしょう?微力ながら、お力になれることもあるかと存じます。何なりとご下問下さいませ」
「え、あ、はい……ありがとうございます……?」
一瞬、うまく意味が把握できず口ごもる。フロレ語だし、優しく気遣われていることは分かるのだが。なんか、アンゼリカにとって慣れない口調なので、早速戸惑った。
元々、丁重に恭しくされることや、そういう言葉にあまり馴染みがない。だから若干気圧されてしまう。まして、こんな綺麗な人に敬われるのは……。
言葉を探して迷ったアンゼリカが、ユーリスを見上げようとした時だった。軽く俯いたアンゼリカはそれを見つけて、目を見開いた。
「こ、れは……?」
驚きで声が漏れた。ユーリスもそちらを見て、少し驚いた顔をする。
アンゼリカたちの足元に、きらめく何かが漂っている。地面から浮き上がるように、いつしか不思議な光の結晶が舞っていた。少し待つと、顔の近くにふわふわと浮いてくる。
間近で見ると、それはとても小さな、透き通った珠だった。水晶のかけらのようなそれが、光を反射しながらゆっくりと空へ昇っていく。唖然と見ている内に、背伸びしても届かないほど遠くなっていく。
「な、何でしょう、これは……」
「——雪還りですね。雪解けの季節に、時折見られる現象です。地面に染みて残った雪が、こんな形で天へ還っていくのだと言われています。妖精の祝福とも言われます。良ければひとつ、触れてみてください」
言われるがまま、伸ばした指先で、軽く玉に触れた。すると光は小さく弾け、指先に花開くように広がる。ユーリスは、考え込むように目を伏せる。
「ただ、本来は春先の風物詩のはずですが……辺境伯、今年は遅れたのか?」
「はい。春になっても中々雪が解けず……例年と比べてもかなり遅れましたね。ですが、お二人のご帰還と重なったのは良い兆しかと」
「そうだな。……この雪還りは、ヴァイスでは吉兆とされる現象です。アンゼリカ姫を、妖精も歓迎しているのでしょう」
「そう、ですか?それならば嬉しいのですが……」
まただ。何か、小さな違和感を覚える。ユーリスはとても優しく、恭しい。歓迎を余すことなく伝えてくれる。けれど、そこにあるのは優しさだけではない気がするのだ。
笑い返しながらも、アンゼリカは目を泳がせた。
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アンゼリカ:ラスフィード王国の姫。割と能天気。北のヴァイス帝国に嫁入りすることに…
ユーリス: ヴァイス帝国の皇太子。アンゼリカの婚約者。
皇帝ヴァルラス三世: ヴァイス帝国の宗主。ユーリスの父。
ヴァイス帝国: 遥か北の荒野の覇者。氷と獣と妖精の国。
ラスフィード王国: 大陸南岸の漁業と造船で細々生きる海辺の小国。
フローラス: 古い歴史と格式を持つ宗主国。首都はファルツ。




