妖精に愛された国
「先程のことですが……妖精について聞かれていたのでしょう?」
「……はい」
誤魔化しても仕方ないので、こくりと頷いた。
「そういったことは、これまでにもありましたか」
「はい。フローラスに来るまでに、何度か」
多くは、アンゼリカが一人になった時だった。そっと辺りを憚るように、後ろ暗い謎掛けをするように、声を掛けてくる者がいた。
「覚えている限りでいいので、お相手の名前と内容を教えてもらえませんか」
「……?」
戸惑いながらも、ここ最近の記憶を掘り起こす。一つずつ思い返しては言葉を探す彼女の話を、ユーリスはただ静かに聞いていた。
「貴女は……」
やがてユーリスは、言葉を探すように暫し黙り込む。次の声は、やや戸惑いを含んでいた。
「……鱗粉のことを、ご存じないのですか?」
「鱗粉……?ああ、そう言えば、鱗粉の話をしたり、ぜひ欲しいと言う方は多かったですね。人気なんでしょうか……」
その答えに、ユーリスは一瞬、信じがたいものを見るような目を向けた。一瞬で微笑に覆い隠されたものの、それは確かに、驚いた反応だった。
「人気などという言葉には収まりません。それこそ……我が国の切り札とも言えるほど肝要な資源です。生産と流通は常に厳重に管理され、国外に出回ることは非常に稀です」
「あ、そうなんですね。道理で皆さん、すごく緊張していると思いました……だから、安心してもらおうとお返事したんです」
「…………そうですか」
ユーリスは目を細めた。青い瞳が凪いで、異様な静けさでアンゼリカを映し出した。
織物、細工物、魔法具、工芸、そして鱗粉。各種妖精資源は、現在ヴァイスによって独占されており、ヴァイスを通してしか手に入らない。
妖精族自体が多くないため、それらの流通量は少なく、希少品とされている。中でも鱗粉は別格だ。それこそ歴史と地図を塗り替えるほどの力を持つ。
東方帝国も西方連邦も、そして南方連合も。鱗粉に無関心でいられる国などどこにもない。小匙に収まるほどのわずかな鱗粉のために、戦争すら起こした者が何人もいるというのに――
(…………この姫は、何なのか)
ユーリスの懐疑の目を、アンゼリカは不思議そうに見つめ返す。そんな彼女を試すように言葉をかけた。
「……ですが妖精は気まぐれなもの。鱗粉を願ったとしても、その望みが通るとは限りませんよ。安請け合いは貴女のためにならないでしょう」
「ええ、そうでしょうね。ですからああいう時は、こう返すことにしています」
何も気づいていないアンゼリカは、お気楽に笑って首を傾げた。
「妖精族の方々がくれても良いと思えば、自然と貴方のもとに届くでしょう――と」
だって彼らは、神秘の生きものなのだから。お伽噺を読み上げるように、そう言った。
アンゼリカ:ラスフィード王国の姫。割と能天気。北のヴァイス帝国に嫁入りすることに…
ユーリス: ヴァイス帝国の皇太子。アンゼリカの婚約者。
皇帝ヴァルラス三世: ヴァイス帝国の宗主。
ラスフィード王国: 大陸南岸の漁業と造船で細々生きる海辺の小国。
ヴァイス帝国: 遥か北の荒野の覇者。氷と獣と妖精の国。
フローラス: 古い歴史と格式を持つ宗主国。首都はファルツ。
※火、木、土、日の昼に更新します。読んでいただけたら嬉しいです!!
(2025年9月現在)




