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白薔薇の午睡

 アンゼリカが息せき切って持ってきたその本に、エリザヴェータは一目で違和感を覚えた。


「エリザヴェータ様、リュドミラ様からお礼を頂くことができました!こちらです!ご確認下さい」

「…………そう」

 これはリュドミラの本ではない。アレクサンドラの本だ。

 どうやらあの二人は、何某かの協定を結んだらしい。それを追及するのは簡単だが、今ではない。


「いいわ。約束通り教えてあげる」

 エリザヴェータはゆったりと扇を仰ぎ、微笑した。

「……白薔薇の午睡。それがお母様の香り。調香師ベルティネによる最高傑作よ。その香りを正しい何かに焚き込めれば、それはまさにお母様の残り香を宿す品と言えるでしょう」


 調香師ベルティネ。ヴァイスの貴族でその名を知らない者はない。曾祖母が妖精であり、ヴァイス人でも珍しい先祖返りだ。その鋭敏な嗅覚と、人と違う感覚によって、稀代の調香師として名をはせた。

「なるほど、その方にお願いして作ってもらえば良いんですね!」

 アンゼリカは無邪気に喜んで手を打ったが、問題はこれからだった。


「残念だけど、今の貴女では会うこともできないでしょうね。ヴァイス随一の調香師だから。予約は既に数年先まで埋まっているはずよ。最高級の香を調合するには、材料から厳選しなければならない。数日そこらでは到底間に合わないわ」

「え?じゃあ、どうすれば……!?」

「持っている誰かに譲ってもらいなさいな。ここで無為な日々を過ごしていたのでないなら、できるでしょう?」


 エリザヴェータはそれは美しく、にっこりと微笑んだ。

「あとは、そうね。お父様のお言葉をよく思い出して見なさい。そうすれば分かるはずよ」


 手がかりを得て、これで光明が見えたとアンゼリカは喜んだ。しかし数時間後、アンゼリカに届けられたのは、「譲渡の意志がありそうな者はいない」という報告だった。

「皇城の管理官や商人、貴族たちなど、思いつく限り当たってみましたが、どこも譲って下さらなくて……」

 おそらく、エリザヴェータが手を回しているのだろう。ソフィアはその言葉を飲み込んだ。


 白薔薇の午睡。ベルティネが編み出した香りの一種であり、ペネロペ皇后が愛用した香でもある。ペネロペ専用の香というわけではないが、近い扱いを受けてはいる。

 薔薇香はこの皇城で重い意味を持つ。まして白薔薇の午睡など、やすやすと手放す者はいないということだ。裏を返せば、その状態で見事調達できたなら、手腕の確かさを示すことができる。説明されたアンゼリカは、得心した顔で頷いた。


「そうですか。そうでしょうね。……では、別の薔薇の香で代用することは?」

「……薔薇香自体はそれこそ城下の露店でも売っていますわ。ですが、ここは皇城です。生半可な品では到底認められないでしょう」

「ええ?じゃあどうすれば……」


 ソフィアは微笑み、小首を傾げた。彼女とて大貴族の貴婦人だ。実家や婚家の伝手を使えば、調達できないことはないだろう。ユーリスだって可能だろうし、何なら現物を所持しているかもしれない。だが…………。

「…………」

 考え込んでいるアンゼリカを、ソフィアはじっと見つめる。

 この風変りな少女が、この局面で何をするのか、見てみたかった。



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