アンゼリカ、つまみ出される
「……両、足……?」
リュドミラはびくりと振り向き、涙交じりの声を張り上げた。
「すみません、私エリザヴェータ様に言われて……」
「貴女……お待ちなさい……」
命じられたアンゼリカは、リュドミラを見てびっくりした顔をした。
彼女がその時、エリザヴェータの命令で重たい格好をさせられており、えいとスカートをたくし上げていたのもよくなかった。アンゼリカの足元は、歩く度に微妙に見え隠れしてしまっている。
「へ……?リュドミラ様?何か……?」
「…………まさか……貴女……両足に、靴を、履いている……?」
空気が、凍った。泣き声も合唱もぴたりと止んで、重い沈黙が落ちる。リュドミラの視線はアンゼリカの足元にひたと据えられていた。信じがたいものを見るように何度も瞬きし、凝視する。
だが、何度瞬きしてもその光景は変わらない。それを目の当たりにしたリュドミラはわなわなと震えた後、絶叫する勢いで詰問した。
「貴女……どうして靴を両方とも履いているの!?人の心が……あるの……?どうしてそんなに残酷なことができるの……!?」
「え!?靴って普通、両方履くものじゃ!?」
リュドミラは眼前に垂れ下がる黒ヴェールを、細い指で引き寄せる。そのまま、ヴェールに顔を埋めて嗚咽を漏らした。問い詰められたアンゼリカは何が何だか分からない。
「両方履くわけがないでしょう!?しかも、普通ですって……!?左の子が冷たい土の下に眠ったばかりなのに……!」
「ひ、左の子……?え、えっと……どちら様の話を……?」
「あの子のことよ!私の左靴!あの子はもう帰ってこないの!なのに貴女ときたら……事もあろうに……まるで何事もなかったように両足で歩いて……っ!!なんて残酷、なんて非道……貴女、何も感じないの?左足の孤独を!?右足の傲慢を!?生者の無神経さを!?」
「え、ええっ……!?どういう理屈……!?」
アンゼリカは目を白黒させた。周りを見ると確かに、騎士も侍女も右足しか靴を履いてない。異様な人々に囲まれて、感覚が狂いそうになる。
な、何なんだろう。ひょっとして、知らない間に異次元にでも迷い込んだのだろうか。
「今は左の靴の葬式をしているのよ……!!あの子たちはもう歩けない……半身を失ったのに……それに何も感じないの!?」
「すみませんあの子たちって誰ですか!?」
「両足の靴で歩くなんて、死者を踏み躙る行為だわ……!いつからそんなに生に甘えているの!?」
「せ、生に、甘える……!?ごめんなさい、何を仰ってるのかさっぱり、」
リュドミラは涙を拭いながら、恨みがましい声で言った。
「もう……もういいわ……生者に死者の痛みは分からない……。貴女の両足は、きっと幾億の魂を踏みにじって歩いているのね……」
「そ、そこまで言いますか!?すみませんでもあの、これをエリザヴェータ様から」
「出てお行きなさい!ここから、一刻も早く立ち去りなさい!」
「えええ!?いえ、ちょっと待って下さい!話を聞いて!お願いだから泣き止んで!」
アンゼリカは声を張り上げた。何が何だか分からないなりに近づこうとしたが、
「――衛兵!つまみだしなさい!」
リュドミラはこれ以上耐えられないとばかり、金切り声を上げた。すぐに騎士たちが「皇太子妃殿下、ご無礼を」と断りながら、アンゼリカを引っ張っていく。霜雲殿から大分離れても、辺りには泣き声が響いていた。
何とか預かった書状だけは騎士に預けて――というか押し付けて――アンゼリカはそこを離れるしかなかった。




