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ドレスで使い走り

「きゅうっ?」

「……フィアールカ、おはよう……」

 翌朝、いつも通りの時間にアンゼリカは目を覚ました。取り敢えず愛鳥を撫でて、ふわあと欠伸をする。


 起き出して支度を始めながら、真っ先に思い出したのは、昨日のルイーゼの言葉だった。こうして思い出しても、やはり分からない。不思議に思い、改めて首を傾げた。

(ここに来て、いい人たちに会えたし。私は楽しいんだけどな……)

 気になるが、今朝は獣舎に一緒に行くとフィアールカと約束している。エリザヴェータの呼び出しもあったので、後ろ髪を引かれつつもそちらに向かった。


「……獣臭いわ。身なりも整えずに、よくもこの宮殿に入れたものね」

「そ、それは失礼致しました……!教えて下さりありがとうございます!それで次はどうしましょう、エリザヴェータ様!」

「…………」


 そんな義妹を、皇女は異様に冷たいじっとりした目で見返すのみだった。今までの獲物たちとは勝手が違うということを、さしものエリザヴェータも認めるしかなかった。


(何なのかしらこの小娘は……)

 徹夜させても駆けずり回らせても堪えない、モロゾロク並の体力。精神攻撃も全く通じない。みすぼらしい身なりをさせても、「動きやすい」と喜ばれる。「妖精に祝福された皇太子妃」の存在に浮足立った連中は、召使同然の格好でこき使われている姿を見てめっきり沈静化したが――本人が堪えていないのでは意味がない。

 であれば、逆転の発想だ。エリザヴェータはぱちりと扇を鳴らした。


 一時間後、アンゼリカは目を白黒させていた。ちくちくと針が布を通る音が延々と続く。着付けられたドレスを縫い付ける音だ。

「エリザヴェータ様…………あの、これは……えっと……?」

 どっしりた絹を幾重にも巻き付け、襞を寄せて形を作っている。「布の無駄遣い」が高貴の証であるヴァイスでは、珍しい意匠ではない。だがこのドレスに関して言えば、妙にゴテゴテで悪趣味だった。


 アンゼリカはいよいよ反応に困り、戸惑いの視線を向ける。エリザヴェータは素知らぬ顔で、「あら、何かしら?」と応じた。

「アンゼリカ姫のためにと思って用立てたのだけど、お気に召さないかしら?」

「お気に召さないというか、その……」

 アンゼリカは口ごもった。正直あまり嬉しくはない。まるで布製の甲冑のようだ。立ち歩きすら楽ではない。ひたすら重く固く暑く動きづらい。

「えっと……ちょっと服が重いかなって……」

「あら。仮にも一国の姫でしょうに……ドレスの重さに慣れていないなんて、お可哀想に。でもね、式典ではもっと重い服を着て長丁場なんてざらにあるのよ?」

「そ、それはそうかもしれませんが、エリザヴェータ様のご用命に応じるには向かないのではないかと……」

「いいえ。今日からはこれで通してもらうわ。七日後にはお父様をお迎えするのだし、正装は大事よね?手始めに霜雲殿まで行って、リュドミラにこの書状を渡してきなさい。大至急」


 そしてまた使い走りに追われる時間が始まったが――……。

(も、ものすごく動きにくい……!足に布が絡まる!)

 脚運びがちっとも思うようにいかない。まるで砂に埋もれて藻掻いているような動きにくさだ。さしものアンゼリカも、この衣装替えには悪戦苦闘した。

(いやいや、エリザヴェータ様は私のために準備して下さったんだから!これは七日後のための演習!むしろ体力を伸ばすいい機会と思おう!寒い、じゃない涼しい冬への備えにもなるはず!)


 発想の逆転、何事も考えようである。それにエリザヴェータは、約束してくれたのだ。充分な働きを見せられたら、ペネロペのことを教えてくれると。炎帝の命令に応じる手がかりになるだろうと。

「——よし、頑張ろう!」

 アンゼリカは気合を入れ直し、一息に氷上へ滑り出した。



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