止まった時計のカフェ
駅前の古いカフェには、壁に大きな掛け時計がかかっている。
誰も手を触れずとも、秒針は静かに回っていた――はずだった。
ある雨の日、私はそのカフェで本を読んでいた。
ふと時計を見ると、秒針がぴたりと止まっている。
不思議に思って周囲を見渡すと、店内の空気は変わらず、雨音も外の車の音も普通に聞こえる。
奥の席に座る年配の女性が、静かに微笑んだ。
「時計は止まっても、時間は流れているのよ」と彼女は言った。
「人は過ぎ去った時間に縛られるけれど、感じる心がある限り、時間はいつも今にあるの」
私はコーヒーカップを手に取り、熱さを指先で確かめる。
その温もりは、今この瞬間にしかないと教えてくれていた。
雨が上がり、外の景色が少し明るくなった。
時計は再び動き出したが、私はその日、一度も時計の針を気にしなかった。
大切なのは、秒針の動きではなく、この瞬間に感じる温かさだと気づいたから。