Side Story:「未来のアルバム」
雪は1週間ほど残ったままだった。
寒い日が続いていた。
(忙しくさせることで、悲しむ暇を与えない。葬儀屋の業務には、そういう役目もあるんだな)
秀は、溶け残った雪を見ながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。
いくつもの書類を書かせたり、手配に関する諸々な依頼をしてきたり、葬儀屋は、子供を亡くした父親や母親に早口で要求してくる。亡くした命を送り出すことと、今ある命を繋ぎ止めること。
(難しい職業だ)
だが、そんなことを考えられるうちは良い方だ。
葬儀が終わってみると、心が壊れてしまいそうな悲しみが、まだそこにあることに気づいてしまう。これからしばらくは、夢の中にまで居座る悲しみだ。
くるみと一緒に火葬した絵本は、くるみがまだお腹の中にいる時に澪が探してきたものだった。
「気が早いんじゃないのかな」
「素敵な絵本だったの。売り切れちゃったら困るでしょ?」
澪はそう言うと、声を出して読み聞かせるように絵本を読んでいた。
対抗して秀が読むこともあった。声を覚えてほしかったからだ。
そのおかげか、くるみは生まれて早い時期からその絵本がお気に入りとなった。寝る前には生まれる前と同じように、秀か澪に読み聞かせてもらうことが日課になった。
「お父さん」
澪が秀を呼ぶ。しかしハッとした表情で、「これからは、どう呼べばいいのかな」と言いながら下を向いた。
「今までどおり、お父さん、お母さんと呼び合うことにしよう。くるみだってその方が喜ぶと思うよ」
「そうね」
澪は誰が見ても数日ずっと泣き続けている顔をしていた。
だが、秀は澪が泣いている姿をあまり見ていない。澪は、秀が自分よりもずっと弱いことを知っていた。弱い秀のことを気遣っているのだ。
きっと、秀が会社に行って、一人でいるときに泣いているのだろう。
しばらくしたある日、澪はアルバムを開いていた。
やはり寒い日で、雪が少しちらついていた。
このアルバムは澪が子供の頃に作り始めたものだ。
小学校1年のクラス集合写真が1ページ目だ。
その後、秀と澪の写真が続き、お腹の大きい澪、生まれたばかりのくるみが産着を着せられている横で微笑む澪。
おぼつかない手つきでくるみを抱く秀、一人座りができるようになり、ハイハイを始め、つかまり立ちをし、そのうち女の子らしい服を着せられ、澪によく似た大きな瞳で国東の胡桃の木の下で二人並んでこちらを見ている、その折々の写真。秀が捨てようとした金色の懐中時計で遊んでいたりといった家族の写真が並ぶ。
ある時、
「どうして、もっと写りのいい写真を選ばないの?」と秀が聞くと、
「写りのいい写真を選んでるわよ」と澪は普通の顔で返してきた。
「いや、でも」と秀が言いかけると、澪は気づいて、
「私が見るアルバムだから、これでいいの」
「お父さんや、くるみが一番よく写っている写真を厳選してるんだから」
雪がちらついている。
澪は、何も言わずゆっくりとアルバムをめくっていた。
秀は澪の手をアルバムからそっと引き離し、少しだけ強めに握って自分の上着のポケットに入れた。
澪の表情がかすかに緩んだ。
そう見えただけかもしれない。
俯いたままだ。
「温めてあげたいだけだよ」秀が言う。
「生まれてくること」澪がつぶやく。
「え?」
「死んでいくこと。・・・矛盾してるね」
「そうだね」
「でも、生きていくことが真ん中にあると、意味がうまれるのかな?」
「今は、・・・まだ考えられないかな」
「そう、だよね。ごめんね」
澪は、デジタルの時代になっても気に入った写真は、印刷してアルバムにしまう。
このあと、アルバムには秀人の写真が加わり、翔太の写真が加わり、クリスマスパーティで、にこやかに笑う澪の両親と澪、ふざけ合う秀人と翔太が並んで写っている写真が加わっていく。
雪がちらついている。
ふたりとも。
まだ、そのことを知らない。




