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15.発表会

「ね、ねぇ」

 これは翔太が自分に注意を向けさせるときの合図の言葉だ。

「アーパド」

 これはタブレット端末をもってきて欲しいとの意思表示だ。

 明日はいよいよ翔太の発表会だ。これから明日の発表会のダンス練習をするということらしい。

 学校でも何度も練習しているはずだが、やはり本番前には家族に見てもらいたいのだろう。

 僕はタブレット端末が十分に充電できていることを確かめると、翔太の元へ持っていった。翔太は僕よりも器用にタブレット端末を操作すると、お目当ての楽曲を探し出した。

 テンポの良いリズムにベース音が重なる。

 翔太はまっすぐに立って腕を組み、リズムに合わせて首だけを前後に振る。

 左手には本番さながらにオモチャの時計をつけている。

 歌が始まる。

 それと同時に、翔太は両手を前に突き出し、上下に振る。次に右を向いて同じ動作を繰り返し、同じように左を向いて同じ動作を繰り返す。

 それが終わると、腰を振りながら両腕を胸元で上下に何度もあわせるような動作をする。前回見たときよりも格段に上手になっている。

 健常な子供よりもゆっくりとではあるものの、翔太の小さな翼が羽ばたき始めたように感じた。

「ウォッチィ!」

 翔太は体をひねらせて時計を見る決めポーズをとった。

 僕と妻と、一緒に見ていた長男の秀人も目を細めている。

「上手!上手!」

 家族全員が声を出す。

 これなら明日の発表会も大丈夫だろう。


 発表会当日。

 翔太はすでに小学校へ行っていて、そこからバスで発表会会場まで移動する。僕らは直接、自宅から会場へ向かう。会場は車で20分ほどのところにある市営公民館の舞台だ。

 翔太の出演する演目は、3番目。

 1番目は障がいを持った中学生の楽器演奏だ。思った以上に上手で、実は彼らは何でも出来るのではないかと思わせる。

 2番目は別の小学校のやはり障がいを持った生徒たちによる演劇だ。彼らは発声もしっかりしていたので、シンプルなストーリーと相まって、分かりやすい劇に仕上がっていた。

 そして遂に3番目の翔太の演目だ。緞帳が上がり、翔太と同じ小学校の支援級の生徒たちが5人横並びに立っている。翔太の位置は真ん中だ。左手にはダンスの小道具であるオモチャの時計をつけている。

 翔太はやや緊張した顔をしているが、じっと音楽が始まるのを待っている様子が見て取れる。

 家での練習どおりに踊れば問題はないはずだ。僕は祈りをこめて、翔太に無言のエールを送る。翔太には翼がある。何でも出来る。僕は信じる。

 徐々に見ているこちらも緊張してくる。膝に置いた両手の平が汗ばんでくる。妻も同じ気持ちらしく、身じろぎもせずまっすぐに舞台を見つめている。

 そのうち音楽が始まった。

 テンポの良いリズムにベース音が重なる。

 そのとき、思いがけないことが起こった。本来はまっすぐに立って腕を組み、リズムに合わせて首だけを前後に振るはずだったのだが、なぜか翔太一人だけがしゃがみこんでしまったのだ。

 妻が、「翔太ったらどうしちゃったのかしら?」と不安そうな声を出す。

 たぶん、舞台から見えた観客の中に僕らを見つけられなかったとか、腕につけた小道具の時計の締め方がゆるいとか、そんなことを不満に感じたのかもしれない。

 そうだったとすると、もう翔太は意地でも動かなくなってしまう。あまり嬉しくない状況だ。

 案の定、歌が始まっても、翔太は何もせず、ただ一人しゃがみこんでいる。そのうち座り込んだままくるりと観客席に背を向けてしまった。

 周りの子供たちは、翔太がこうなってしまうことも織り込み済みというように、何事もなく踊っている。 ここで立ち上がって踊り始めれば、まだ単なる演出のようにしか見えないだろう。

 だが、翔太は歌が進みはじめても立ち上がるどころか、今度は床にうつぶせに寝そべってしまった。完全に機嫌を害したときの態度だ。

「ダンスのはずが死体のマネでもしてるのかな」

 僕が軽口をたたくと、妻も苦笑いをしている。

 結局、翔太は最後まで寝そべったまま、彼らの演目は終わってしまった。

 翔太は他のみんなに引きずられて舞台の袖へ戻っていった。

 観客は普通に拍手している。僕は妻と顔を見合わせ、笑うしかなかった。翔太の舞台は完全に失敗だった。

 だが、観客は誰も完全な演技を期待しているわけではない。健常者たちの舞台であれば違うのだろうが、障がいを持った子供たちの演技はやはりそれなりの目で見てしまうものだ。

 うまくいかなくて当たり前。だが、それではダメなのだ。翔太が将来一人で羽ばたくためには、それではダメなのだ。

 はたして、翔太の翼には大空へ羽ばたけるだけの力があるのだろうか。僕はまた気持ちが沈んでいく。

 人並みの幸せを手に入れることは難しい。

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