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王太子との再会

 国境を越えクレメンタール王国に入ると護衛がいつの間にか増えていた。サイレスの指示らしく、国内を安全に移動できるようにとのことだった。それにしても仰々しい列に、行き交う人々が振り返る。

 こんな状況にも慣れなくてはならない。ただの公爵家の娘ではなくなるのだ。国民の目に慣れ、その目が温かいものなるようにしなければ、シルフィアの居場所はなくなってしまう。

 そんな思いを抱きながら馬車の窓から外を見る。窓の外には牧草地が広がり、時には色とりどりの花が咲く。何となく、マフィージ王国より色とりどりの街並みに感じた。

 それは次々に通る領地各所で同じ傾向が見られ、初めは国としてある程度の統一感を出しているのかと思っていたのだが、どうやらそれも違うようだ。何故なら、王都まで最短距離を選んでいるようではないからだ。

 シルフィアは国境を越えたら3日で着くと思っていたのだが、クレメンタール王国の地図を思い出すと、王家の所領を通りながら進んでいるようで、2日は遅れて着きそうだ。何故そんなことをしているのかわからないが、サイレスに言われてのことだろうと思うことにした。

 安全であるのには変わらないし、どこでも歓迎されるので問題はない。

 そんな道中を進むこと2日。朝から快調に走っていた馬車が急に止まる。周囲を見たが、普通の農地のようだ。前方に小さな街並みが見える。

「シルフィア様。この先しばらくすると、ブーリッツ侯爵領を通ります。目立ちますのでこちらの馬車にお乗り換えください。シルフィア様にはこちらの馬車と護衛のみで通り過ぎていただきます。3時間ほどですから、どうかよろしくお願いします」

 トールの指示でシルフィアが馬車から降りると、そこには簡素な馬車と、先程までと違う服を着た護衛たちの姿があった。

「どうしたの?」

「申し訳ございません。ブーリッツ侯爵領はあまり安全とは言えませんので、シルフィア様たちが通られると危険が及ぶかもしれませんので、商人を装っていただきます」

「商人なら危険はないの?」

「はい。そちらの方が危険はないかと。しばらくご辛抱ください」

 トールが言うのだから受け入れるしかないだろう。何やら訳ありのように感じるが、今は詮索する時ではない。王城に着いたらサイレスに聞けばわかるだろうと、エメを促し用意された馬車に乗り込む。きっとこれもサイレスの指示だと納得するしかない。

 ゆっくりと馬車が動き始め、荷物やトールたちが遠ざかる。

「どうしたんでしょう?そんな危険な領地なんですかね?」

「どうかしら?でもトールが言うということはそれなりに危険なのでしょう。窓のカーテンも閉じられているし」

 1時間ほど走ると馬車が止まり、何やら護衛が話しているのが聞こえた。聞き耳を立てると、王都にある商店の主の娘を乗せていて、馬車の中には、主に頼まれて仕入れた貴重品が一緒に乗っていると伝えている。

 どうやら検問のようだ。カーテンの隙間からエメが外を覗いている。サッとカーテンを元に戻すと、シーッと口に指を当てる。静かにしろということらしい。物音を立てずにじっと息を潜める。

 しばらくするとガタリと馬車が動き始め、シルフィアは安堵の息を吐いた。思っていた以上に何も悪いことはしていないのに、不安を感じていたようだ。

「ちょっと見たんですけど、護衛が何かの書類を見せていましたよ。あの服はこの領地の騎士じゃないでしょうか。そんな人たちが、検問所でもないのにただの商人の馬車を止めるなんて、やはり危険な場所かもしれませんね」

 エメが声を潜めて伝えてくれる。

「そう。でもおかしいわね。そんな危険な場所があるとは読んだ本には書かれてなかったわ」

「急に悪化したのかもしれませんよ」

「まあそうだけど。サイレス様に聞いてみましょう。というかサイレス様の元にちゃんと行けるかしら?」

「怖いこと言わないでくださいよ。大丈夫ですよ。護衛たちは信頼できそうでしたから」

「そうねえ。それは信頼しているの。でもまたおかしな検問を受けるかもしれないわ」

「別に悪いことをしてるわけではありませんから大丈夫ですよ。サイレス様からいただいた入国証もありますし」

「うん。悪い風には考えないようにしましょう」

 馬車は休むことなく進んで行く。そしてトールが言った3時間ほどで馬車が止まった。やっとここで休憩をするようだ。小さな村で、護衛に促され側の店に入るとお茶のいい香りがした。

「シルフィア様。ここは王家の所領なので安全です。しばらくお待ちください。今馬車を用意しておりますので」

「え?また馬車を乗り換えるの?」

「はい。次の馬車はサイレス殿下がシルフィア様の為に用意された馬車なので、乗り心地は良いですよ」

 自信満々に笑う護衛にシルフィアは笑みを返す。どうやら本当に危険な場所を通ったようだ。そうじゃなければ初めからサイレスの用意した馬車で迎えに来ただろう。

 不思議に思っていたのだ。サイレスの手紙に貸し馬車で来て欲しいと書かれていたことに。その為シルフィアは父と相談し、信頼できる貸し馬車屋の中で一番良い馬車を準備したのだ。荷物を乗せるために準備したものも同様だ。彼らは既に帰国の途に着いているかもしれない。

 1時間ほどするとトールと荷物を乗せた馬車が到着した。案の定、馬車も御者も全て変わっていた。

「お待たせしました。お荷物は全て安全に運びましたからご安心を。では行きましょうか」

 外に出ると、クレメンタール王国の紋章が入った馬車が待っていた。シルフィアがそれに乗り込むと馬車が動き始める。

「ふかふかな座席ですね」

 エメがポンポンと座席を叩いている。確かに乗り心地が良い。しかも新品であることが見るからに窺える。更に隅にある棚にはお菓子と果実水が入っていた。サイレスがシルフィアのことを考えて準備をしてくれたのだと思うと、熱い思いが湧き上がる。

「ねえ。私って結構愛されていると思わない?」

「何をおっしゃるのやら。結構どころかかなりでしょうに」

 エメがやれやれと肩をすくめる。それにシルフィアは笑って応える。

「あとどれくらいかかるのかしら。はあ。食べ物を贈り物に選ばなくて良かったわ」

「確かにそうですね。まあその時は私が食べてましたよ」

「ふふ。そうね。一緒に食べていたわね」

 二人で笑いながら話しているうちに次の宿泊地に着いたようだ。さて、あと何泊かかることやら。ここは王家のどの領地かしら?とシルフィアは周囲を見回すのだった。


 朝から晴天が続く中、シルフィアを乗せた馬車は昼頃によやく王都の門をくぐった。そして目の前に広がる光景にシルフィアは驚いた。

 あちこちに赤と白の旗が掲げられているのだ。これは本で読んで知っている。クレメンタール王国で祝い事があった時に王都民が掲げる旗だ。馬車がゆっくり走っているのを踏まえると、国民に今日シルフィアが来ることを事前に知らせてあったのだろう。シルフィアの馬車に気付いた人々が手を振ってくる。

 シルフィアはそれに応えるように手を振り返す。ワーっと歓声が上がり、思った以上に歓迎されているのかもしれないと感じた。

 サイレスは王都民に人気があると知っていたが、これほど喜ばれるとはとシルフィアは目頭が熱くなった。

 不安はまだまだあるが、少なくとも手を振っている人たちの顔は明るい。子どもも大人も大きく手を振ってくれる。シルフィアは手を振り続け、中心街と思われる場所を通る。そしてしばらくして人の姿がなくなり坂を上り始めたのでシルフィアは手を下ろした。

「大人気でしたね」

「そうだったら良いのだけど」

「早く街に行ってみたいですね」

「ええ。とても賑やかだったわね。楽しみだわ」

「シルフィア様。もう直ぐ城門です。今朝お伝えした通り、まず謁見の間にご案内します。ご準備ください」

 トールの声に、エメが鞄から櫛を出すとシルフィアの髪を梳く。ハーフアップにされた髪は今朝も整えたが、やはり国王陛下に謁見するとあっては気になってしまう。ドレスの乱れがないか確認するとエメが頷いた。

「本日もお美しいです。いよいよですね」

「ありがとう、エメ。一緒に頑張りましょう」

「はい!」

 エメの手を握ると握り返してくれる。ここまで一緒に来てくれた。そしてこれからも一緒にいてくれる力強い味方。シルフィアに付いて来て良かったと思ってもらえるようにしようとエメの目を見つめた。


 城門をくぐると広い庭園が続く。その景色に見惚れているうちに到着したようだ。

「シルフィア様。どうぞ」

 馬車の扉が開かれトールが手を差し出してくる。その手を取りシルフィアがそっと馬車を降りるとワッと歓声が上がった。驚き前を見るとたくさんの人々が立っていた。

「城で働いている者たちです。って、ああ、来ちゃいましたね」

「え?」

 シルフィアがトールを見るとトールがサッと手を放す。そして前を見ると、そこに人をかき分ける赤い髪が見えた。

「シルフィア!」

「サイレス様!」

 謁見の間にいると思っていたサイレスが目の前に立っている。

「迎えに来た。長旅だったろう?疲れていないか?喉は渇いていないか?」

「大丈夫ですよ」 

「やっとシルフィアに会えた」

 サイレスが晴れやかな笑顔を向けてくれる。

「ええ。お会いしたかったです」

 シルフィアも笑顔を返し見つめ合う。

「おい。謁見の間にいろって言っただろ。ロベリオは何をしているんだ」

「走ったらオレの方が早いに決まっているだろ?」

「王太子が城内を走るなよ」

「サイレス殿下!紹介してください!」

 口々に声が上がる。

「そうだな。みんな、待たせたな。オレの妃になるシルフィアだ。よろしく頼んだぞ」

 またしても歓声が上がる。そこに説明が簡潔過ぎると誰かが言っている。

「説明は一回張り出しただろ?」

「直接聞きたいです!!」

「わかったから落ち着け。マフィージ王国の筆頭公爵家、ブレーセン公爵の長女シルフィア嬢だ。美しいだろ?」

 またワッと歓声が上がる。

「ここにいるのは城で働く一部の者たちだ。シルフィアを歓迎してくれているから応えてあげて欲しい」

 サイレスの言葉にシルフィアは頷く。

「シルフィアと申します。皆さんの期待に応えられるよう努めますのでよろしくお願いいたします」 

「シルフィア様~~!」

 そんな女性の声が聞こえたと同時に口々にシルフィアの名が呼ばれる。それに手を振り応えると一層歓声が上がる。そんな人々の姿にシルフィアはまた少し安堵した。少なくともこの場にいる人たちからは歓迎されている。そのことを嬉しく思いサイレスを見上げる。

「来て良かったと必ず思わせるから」

 サイレスがシルフィアの手を取り、手の甲に口付ける。それに頬を染めると同時にまた歓声が上がる。

「さあ、行きますよ。陛下がお待ちです」

 そこに一人の文官が現れた。マフィージ王国でサイレスの側にいた男性だ。

「ロベリオと申します。改めてよろしくお願いいたします」

 丁寧に頭を下げるロベリオにシルフィアも同じく頭を下げる。

「では行くか」 

 サイレスが腕を出してくる。その腕に自分の腕をかけると、サイレスがゆっくり歩き始めた。シルフィアに合わせてくれているのだろう。落ち着いて見えるように心がけながら城内に入ると、サイレスの案内で広い廊下を進む。

「やっと会えたな。息災だったか」

「はい。サイレス様もお元気そうで良かったです」

「ああ。この日を待ち望んでいた」

「私もです」

 これ以上話すのは無理だった。城内に踏み入れて数歩。途端に緊張が押し寄せてきた。サイレスに会ったら話したいことがたくさんあったはずなのに口に出てこない。更にサイレスが隣にいると思うだけで心臓が早鐘を打ち、頬が熱くなる。

 気を抜けば俯きそうになる顔を何とか保つので必死だった。腕から伝わるサイレスの温もりに安堵を感じながらも、心がそわそわしてしまう。どうしてしまったのかと頭を抱えたくなるのを我慢してひたすら前を向く。

 醜態は晒せない。そう思えば思うほど緊張感が高まる。シルフィア、しっかりしなさい。そう言い聞かせる。

 第一印象は大切なのだ。忙しないとか、心許ないと思われてはいけない。この先もサイレスの隣を歩くには、正に今が勝負の時。グッと手に力が入ったのがわかった。

「シルフィア?緊張しているのか?」

 歩きながらサイレスが問うてきた。

「はい」

「そうか。緊張するなという方が難しいよな。でも、心配しなくても大丈夫だ。父も母もシルフィアに会うのを楽しみにしているから」

「はい」

「深呼吸しろ。緊張し過ぎだ」

「私がこんなでガッカリされましたか?」

「するわけがない。緊張してカチコチなシルフィアも可愛いなと思って見ている」

「・・・・・・。ありがとうございます」

「はは。なんだが新鮮だな。初めて二人で出掛けた時より緊張しているな」

「そうですね」

 前を向いて薄っすらと笑みを浮かべるのが精一杯だ。

「まあしょうがない。オレが付いているから任せておけ」

「はい」

 サイレスがシルフィアの頭を優しく撫でてくれる。それに前から来た侍女がはしゃいでいる声が聞こえた。恥ずかしい、と思いながら少し首を振る。気を引き締めて再度前を見た。

「オレの婚約者は頼もしいな」

「そうですか?」

「ああ。シルフィアを見つけた自分を褒めてやりたくなる」

「・・・・・。恥ずかしいです」

「まあそう言うな。これからはもっと言うつもりだから早く慣れるしかないぞ」

「・・・・・。かしこまりました」

「固い固い。まあこれからは、固くなっている暇がないくらい言い続けることにする。それなら直ぐにシルフィアも慣れるだろ?」

「お手柔らかにお願いします」

 シルフィアはやっとのことでそう答えた。

「楽しみだな。一緒に色んなところに行こうな」

「はい。楽しみです」

 隣から明るい笑い声が聞こえ、ああ、やっとサイレスの元に来たんだなとやっと実感が湧いて来たのだった。

 

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