王太子へ思いを馳せる
クレメンタール王国へ行くまでの期間は、長いようでいてあっという間だった。シルフィアは勉強とダンスレッスン、作法の再教育も行った。
特に踵の高い靴でのダンスは思っていたより大変で、今までと重心のかけ方が変わったことで、体幹を鍛える為の訓練もさせられてしまった。
おかげでダンス自体が前より上達し、難曲でも踊れるようになっていた。先生から勧められ、ダンス教育の資格まで取ってしまったほどだ。
これで万が一のことがあっても生活に困らないと言ったシルフィアに、そんな恐ろしいことを言うのは止めて欲しいとイザークに言われてしまった。
それだけ真剣に取り組んだ結果だが、頑張れたのはひとえに、毎週送られて来るサイレスからの手紙があったから。
いつもシルフィアの体調を気遣う言葉から始まり、最後は愛を伝えてくれる。何度も読み返し、返事を書き、また読み返す。その繰り返しだ。
友人たちには雰囲気が変わったと言われ、眉間のしわが消えたとさえ喜ばれる始末。自分は一体どんな風だったのかと思ってしまった。
出立前夜、昼間は友人たちとしばしの別れを惜しんでお茶会をし、夜は家族と一緒に過ごしていた。
「いよいよ明日か。長いようで短かったな」
父がしみじみとワインを片手に呟く。
「ええ、そうね。でもこれからよ。マフィージ王国とクレメンタール王国の関係は、これからもっと良くなるから楽しみね」
母がそう付け加える。
「いつでも帰って来て良いと言ってやりたいが言えない。両国の関係を考えれば、そう簡単なことではないことを理解してくれ。でも、辛ければ帰って来い。父である私がおまえを守ろう」
「父上だけではありませんよ。姉上、僕はいつでも帰って来て欲しいです。嫌だったらさっさと離婚してくださいよ」
「イザーク。結婚前から離婚の話なんてしないの。まずあなたはあなたのことを頑張りなさい」
「私は遊びに行くわ。クレメンタール王国の美味しいお店に連れて行ってね」
優しい父と弟。厳しいながらも頼もしい母。そして可愛い妹。離れるのは辛いが、これからは自分の決めた道を進まなければならない。それでも戻る道が用意されていることに感謝し、それを踏まえて前へ進む。
「ありがとう。戻って来ないことを祈ってね。でも、時々遊びに帰ってくるわ」
「そうよ。それくらいの気持ちでいなさい。気負い過ぎてはダメよ。体が壊れちゃうわ。ちゃんと食事を摂って、よく眠って、そして職務をするのよ。体が資本。倒れるまで頑張らないこと。
息抜きもするのよ。エメ。頼んだわよ。一緒に買い物に行ったりして気晴らしをさせてちょうだい」
「かしこまりました。お任せください」
エメがぐっと拳を握って笑っている。旅立ちの準備は完璧らしい。そんなエメに母が書類を渡す。
「はい、これ。クレメンタール王国の銀行にエメの口座を作ったの。まとまったお金を入れておいたから、あなたもそれを使って適度に気晴らしをするのよ。あなただって慣れない土地で仕事をするのだから無理は禁物よ。休みはちゃんと取るように」
「ありがとうございます。でもこんなことをされたら、部屋が直ぐに本でいっぱいになってしまいます」
どっと室内に笑い声があがった。エメの本好きは邸中が知っている。本人が厳選していると言っている割には本だらけの部屋なのだ。
「良いじゃない。エメの貸本屋が開けるほど追加で入れておくから、素晴らしい貸本屋を作ると良いわ。エメなら安心してシルフィアを任せられるの。だから遠慮なく受け取りなさい」
「奥様・・・。ありがとうございます!立派に務めてみせます!」
「エメ。おまえも無理をしないように。おまえが倒れたらシルフィアが悲しむ。それに子爵も悲しむぞ。自慢の娘だと言っていたからな。それを忘れないように。もちろん私たちも悲しむ。エメが楽しく過ごして、シルフィアと共にあってくれれば嬉しい」
「旦那様。ありがとうございます。お任せください!」
エメの目に涙が浮かんでいる。エメだって家族と離れて暮らすのだ。時折休みの日に両親たちに会いに行っていたのを知っている。もうそれも簡単にできないのだ。
もちろん長期休暇を取っても良いのだが、それはまだ先になるだろう。とにかくシルフィアがクレメンタール王国に馴染まなければ、エメに長期休暇を取ってもらうことはできない。というか取ってもいいと言ってもエメのことだから取らないに違いない。
きっとシルフィアを心配して首を縦に振ることをしないだろう。そんな姿が容易に浮かぶ。
その後も家族と話し、別れを惜しむ。
昼間は友人たちから旅立ちの贈り物をもらった。
ルリバーナからは、ルリバーナの家の所領の特産品であるエメラルドを使った髪飾り。
リオナからは、リオナが刺繍をしたたくさんのハンカチ。更に、スカート部分全面に銀糸で美しい刺繍がされた水色のワンピース。余りにも美しいできで、ルリバーナと一緒に魅入ってしまった。
それらを家族に見せて自慢をする。私は家族だけではなく、友人にも恵まれている。離れても今まで通りの関係でいたい。手紙をたくさん書こう。そう改めて心に決める。
「さあ、もう寝ましょう。シルフィアが疲れてしまうわ。明日から4日も馬車の旅なのだから」
母の言葉に全員が名残惜しそうに立ち上がる。
「シルフィア。よく眠るのよ。エメ、あなたもよ。二人ともハーブティーを飲んでから寝なさい」
そう言って母が侍女に指示を出す。
「おやすみなさい」
それぞれが自分の部屋へと向かう。シルフィアもエメと共に部屋に向かうとハーブティーが運ばれて来た。それを二人で一緒に飲む。
「エメ。改めて、クレメンタール王国に付いて来てくれてありがとう。エメのおかげで安心して旅立てるわ」
「何をおっしゃいますか。私は感謝しております。シルフィア様のおかげで色々な経験ができます。だから新しい生活も楽しみにしているのです。
それに過分なお金をいただきました。旦那様方は私が持ち逃げすると思ってらっしゃないことが嬉しいです。それだけ信頼してくださっていると思うと俄然やる気が出てくるというものですよ」
シルフィアはくすりと笑った。
「そうね。本当に貸本屋を経営すると良いわ。ある程度溜まったら場所を探してみましょう」
「もう、シルフィア様まで。でも好きな本を気兼ねなく買うことができると思うと、これまで以上に興奮します」
エメがニヤリと笑う。ここまで来ると本中毒だ。しかしそのおかげでエメの知識量は凄い。恋物語から歴書、地学書など、あらゆる本を読むので、何か問いかけるとよく答えが返って来る。最近はシルフィアと一緒にクレメンタール王国についての本を読んでいた。
クレメンタール語も上達したらしく、これなら二人揃って困ることはないだろう。
「さあ、お休みくださいませ」
「ええ。エメもゆっくり眠るのよ。今夜は読書は禁止よ。もう寝てね」
「かしこまりました。直ぐに寝ます」
「そうしてちょうだい。じゃないと馬車に酔っちゃうわ」
ふふとエメが笑う。それを見てシルフィアにも笑みが浮かんだ。
エメが部屋を出て行くと、シルフィアは一人窓の外を見る。暗くてほとんど何も見えないが、三日月の明かりで僅かに庭が見える。
この景色ともお別れ。永遠ではないが、当分見ることはできないだろう。それは自分が決めたこと。カーテンを開け放ち月明かりを部屋に入れる。
朝日で目覚めよう。シルフィアは横になると、サイレスに会いたい。会ったら初めになんて言おうか。そんことを思いながら眠りについた。
「体に気をつけるんだぞ」
「姉上、いつでも帰って来てくださいよ」
「私は美味しいものを食べに行くからね」
「幸せになりなさい。あなたなら大丈夫よ」
家族一人一人を抱きしめると言葉をかけてくれる。
「みんなも体に気を付けて」
シルフィアは手を振ると馬車へ乗り込んだ。後にエメが続く。
御者に出立の合図を父がすると馬車が動き出した。窓から家族と使用人たちに再度手を振ると、目をハンカチで拭っている母の姿が見えた。シルフィアはそれにぐっと涙を抑える。自分は泣いてはいけない。心配をかけてしまう。だけど寂しいのは確かなのだ。それでも前を向くしかない。
邸の門を馬車がくぐる。いよいよクレメンタール王国へ向かうのだと実感した。
「シルフィア様」
大通りに出た頃、そっとエメがハンカチを差し出して来た。
「エメ。ありがとう」
知らずに目に涙が溜まっていたようだ。ありがたく涙を拭うとシルフィアは笑ってみせる。
「楽しみね。まずは国境のグランバール領ね。辺境伯様には事前に通る旨をお父様が伝えてくれているから安心ね」
「ええ。そこで一泊したらいよいよクレメンタール王国に入国です。入国証は私が預かっておりますのでご安心ください」
「ええ。それにしても、馬車が7台にもなるとは思わなかったわ」
「申し訳ございません。その内一台は私のです・・・」
「良いのよ。エメの荷物があるのはわかっていたもの。私の荷物が多すぎる気がすんだけど」
「いいえ、多すぎることはありません。少ないくらいです。王太子妃殿下が嫁いで来られた時は馬車が15台に侍女が2人ですよ」
「それはミューレア妃殿下が隣国の王女様だからよ。私は公爵家の娘なだけ」
「それはそうですが、だからと言って多すぎるなんてことはありません。それにグランバール領で最後の買い物をしますからもう一台増えます。それでもまだ多すぎるとは言えませんよ」
そうなのだ。グランバール領の特産品の絹糸で作られた生地を、クレメンタール王国の王妃殿下とサイレスの妹たちへの贈り物として買う予定になっている。国王陛下やサイレスにも贈り物を買ったが、それらは王都で購入していた。
グランバール領の絹糸で作られた生地は丈夫な上、美しい光沢があるので国内外で人気がある。きっと喜ばれるに違いないと母が決めた贈り物だ。グランバール領にしかない商店がある為、王都では買わず、その店でシルフィアが選ぶことになっている。
途中休憩を何度か挟みながらグランバール領へと向かう。護衛はなんとクレメンタール王国の近衛騎士で、わざわざ前日にマフィージ王国へ来てくれたのだ。初めはシルフィアの家の騎士を護衛に連れて行こうと思っていたのだが、サイレスから前もって護衛を用意するという連絡があったのでそちらにお願いすることになったのだ。
今回の護衛の隊長はトールといって、普段はサイレスの専属近衛騎士をしているらしい。そんな騎士に来てもらったことに驚いた。しかし、サイレスの手紙に絶対的に安心できる人間と書かれていたので、なるほどと思うと同時に、まさかサイレスの側近を送って来るとは思ってもみなかったシルフィアは恐縮してしまった。
しかしトールは快活な騎士で、言われなくても自分から志願しただろうと言ってくれたので安心して任せることにしたのだ。
「シルフィア様。もう直ぐグランバール領に着きます」
外からトールの声がする。窓の外を見れば、山の麓に街並みが見えていた。グランバール領に行くには低い山を越える必要があり、丁度今、続いていた上り道から下り道に変わるところだったようだ。
眼下には王都ほどではないが栄えた街並みが見える。さすが辺境伯領といったところか。きっと中心街は賑わっていることだろう。
そうして更に2時間弱。シルフィアたち一行はグランバール領の中心街の宿泊施設に到着した。日は暮れかかり、いそいそと帰りを急ぐ人々が行き交っている。
「この近くにバベッジ商店があるそうです。連絡してあるので行きましょう」
エメがきょろきょろと辺りを見回しながら言っている。バベッジ商店とは、シルフィアの目的の店だ。
「そうね。急ぎましょう」
トールが護衛に付くと言ってくれたのでトールを連れて店に向かう。そんな時だった。一人の男の子が小さな花束を持ってウロウロしている。その顔は不安そうだ。
シルフィアはそっと近づくと声をかけた。
「どうしたの?こんな時間に一人だと危ないわ」
びくりとした男の子はかがんだシルフィアを見て一気に涙をぽろぽろと流し始めた。
「まあ。迷子かしら。泣かないで」
シルフィアは鞄からリオナがくれたハンカチを取り出すと男の子の涙を拭う。年のころは4歳か5歳。着ている服は質が良さそうなので、ある程度裕福な家の子どものようだ。こんな時間に一人だなんておかしいと思い、男の子の頭を撫でる。
「あのね、ばあやにお花をあげようと思ってお花屋さんを見つけたから買いに来たの。そしたら一緒にいたばあやがいなくなってて、ひっく」
周囲を見ると、少し先に花屋が見えた。きっと花屋を見つけて走ってしまい、ばあやと呼ばれる人とはぐれたのだろう。幼い子どもは時に何をするかわからない。
昔、フランカと初めて買い物に行った時、横を歩いていたはずのフランカがいなくなっていたことがある。慌てて探そうと思ったら、すぐそこの店に何も言わずに入っていたのだ。それ以来、シルフィアはフランカと出かける時は手を繋ぐようにした。今でもフランカが腕にぶら下がって来るのを思い出し、懐かしいと同時に、きっとこの子のばあやは探し回っているに違いないと思った。
ふと見上げると騎士の駐屯所の看板が見える。男の子の手を取ると、シルフィアは歩き出した。
「泣かないで。駐屯所に行きましょう。そうすれば、ばあばに会えるわよ」
「ホント?」
男の子はシルフィアが渡したハンカチで涙を拭いながら見上げてきた。
「ええ。もう直ぐよ」
小さな手は温かく、紫の目は涙でキラキラしていた。
「お姉ちゃん、ぼくと同じ目の色だね」
「本当ね。さあ、そのおめめから涙をなくしましょう」
シルフィアが笑いかけると男の子が頷いた。
シルフィアと少年、エメとトールという不思議な一行が駐屯所に着くと、慌てて隊員が出てきた。
「アルベルト様!」
そう呼ばれた男の子は、グランバール領の領主である辺境伯の親族らしい。
「ありがとうございます!」
敬礼する隊員に男の子を預けると、男の子に手を振りシルフィアたちはバベッジ商店へと向かった。
「どうりで綺麗な服を着ているなと思いました。まさか辺境伯のご親族とは」
エメがぼそりとつぶやく。
「ええ。でもこんな風に子どもが自由に歩いても安全なんて素晴らしいわ。マフィージ王国内でも、領地によっては危険な場所もあるから」
「そうですね。私たちも安心して買い物ができるというものです。クレメンタール王国の王都も安全だと良いですね」
「安全ですよ。子どもたちが一人で買い物や学校に行ってますから」
「そうなんですね。じゃあ私も一人で買い物に行こうかしら」
「シルフィア様はダメです。護衛を必ずつけさせていただきます」
そんな話をしているうちにバベッジ商店にたどり着いた。
中から店主と思われる男性が出て来る。
「いらっしゃいませ。シルフィア様でらっしゃいますか?」
「ええ。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いいたします。当店をお選びいただきありがとうございます。クレメンタール王国の王太子妃殿下になられるそうで、おめでとうございます。グランバール領でも喜びの声が多数上がっていますよ。
こうやって隣国と良好な関係ができれば無用な戦いは起きませんからね。国境に住む私たちにとってはありがたい話です。おっと申し訳ありません。ご本人を目の前に」
「気にしないで。私もそうなることを願っているわ」
グランバール領はマフィージ王国の南西に位置し、領地の二方面がクレメンタール王国に接している。確かに両国間に問題が起こればグランバール領は戦地と化してしまう。王女がいないマフィージ王国にとって、シルフィアが隣国の王太子妃になることは願ってもないことだろう。領民もそれを肌で感じているのか、店内にいた他の店員や客からもお祝いの言葉をかけられる。
「王妃殿下と王女様方に贈るのだけど、おすすめはあるかしら?」
「ございますとも!ここではクレメンタール王国の話もよく耳にするのです。
まずは王妃殿下がお好きな色の生地をお持ちしましょう」
店主はにこにこと後ろの棚から生地を出してくる。深い緑色の生地は光沢が素晴らしく、さらりとした手触りは上質であることが誰でもわかる程だ。
「素敵な色ね。手触りも素晴らしいわ」
「ありがたいお言葉です。クレメンタール王国の王妃殿下は濃い色がお好きなそうで、特にこういった深い緑色は、よく舞踏会でお召しになられるそうです」
「まあ、そうなのね。ではこれを」
店主の巧みな話術で迷うことなく次々と生地を買うと、シルフィアたちは宿へと戻った。
「楽しかったわね。あんな素晴らしいお店だとついつい買ってしまうわ」
シルフィアは生地の素晴らしさに感動し、母とフランカ、更にルリバーナとリオナにも生地を選んで送ってもらうことにしたのだ。
「シルフィア様楽しそうでしたね。奥様たちも喜ばれますよ」
「さあ、お二人とも、夕食にしませんか?奥の席が空いているようです」
宿屋の店主と話していたトークが話しかけて来た。宿の一階は食事ができるようレストランが入っている。その奥に席が空いているらしい。
「じゃあ三人で食べましょう」
「いやいや、お二人でどうぞ。俺は護衛がありますので」
「あら、いいじゃない。クレメンタール王国のことも知りたいし一緒に食事を摂りましょう」
シルフィアが言うと悩んだ末にトールは応じてくれた。これで先にクレメンタール王国についてもっと知ることが出来る。
今夜の夕食時に護衛の誰かと一緒に食事をし、前もってクレメンタール王国の王族について聞いておいた方が良い。これはエメに言われていたことだ。シルフィアに誘われて断るのは困難だろうとエメが言うので誘ってみたのだが、何とか場を設けることができたようだ。
三人で席に着くとエメが色々と頼んでくれる。葡萄の果実水を飲みながら料理を待ち、トールに当たり障りのないことから聞いてみることにした。
「サイレス様はお元気かしら?」
「ええ。今頃シルフィア様がご到着されることを、首を長くして待っていますよ。本当は自分が迎えに行くと言い出したのを陛下が止めたんですよ」
「まあ!そんな、お忙しいのに」
「陛下が落ち着きのない男は嫌われるぞとおっしゃってですね、それで諦めたようです」
「ふふ。嫌いになったりしないわ」
「それは良かったです。サイレスも、おっと殿下もお喜びになられるでしょう」
「トールはいつもサイレス様の事名前で呼んでいるの?」
「いやあ、つい出てしまいましたね。そうなんです。直ぐにバレてしまうことですから言いますが、俺はサイレスの幼馴染みたいなもんなんですよ。だからついつい昔みたいに呼んでしまって。
あと、サイレスの横にいた男はロベリオと言って、子どもの頃からのお目付け役みたいなものですね。今はサイレスの秘書官です。
俺ら二人がサイレスの側近です。まあ他にもいますがね。俺らが一番の側近ですから、気兼ねなく何でもおっしゃてくださいね。サイレスが鬱陶しいとか、重いとか、何でもいいですよ」
サイレスには砕けて話せる側近がいるようだ。幼い二人が一緒に遊んでいる姿を想像し、シルフィアは笑みを浮かべた。
「わかったわ。何かあったらお願いね。ところで、さっき選んだ生地で王女様方は喜んでくださるかしら?」
「もちろんです。と言っても第二王女殿下しか王宮にはいませんが」
「そうなの?」
「はい。わけあって側妃殿下と第一王女殿下は王家の領地で暮らしてらっしゃいます」
「あら、私の聞いた話では側妃殿下だけが領地でお過ごしだと」
「ええそうなんです。初めはそうだったんですけど、先月第一王女殿下も母君であられる側妃殿下の元へ行かれました」
「まあ、そうなの。贈り物はどうしようかしら」
「王城から送りますので大丈夫ですよ」
そうか、第一王子一家は王宮にいない。新たな情報だ。他国で問題を起こした第一王子が幽閉されたとは聞いていた。そして王宮に居づらくなった母である側妃が王家の領地に引っ越したとも。
その話を聞いた時は、まだ第一王女は王宮にいたのだ。年頃の王女に縁談は多く、降嫁させるのだろうと聞いていたのだが、どうやら違うようだ。
「そうなのね。王宮が寂しくなったわね」
「まあ、そうですね。でも第一王女殿下は降嫁するくらいなら独り身が良いとおっしゃって出て行かれたので心配はいりませんよ」
「そうなの?」
「はい。降嫁するくらいなら王族のままが良いとおっしゃいましてね。領地でのんびり過ごすと行って出て行かれました。陛下もサイレスも止めたんですよ。それなら婿をもらおうかって。
でも第一王女殿下は独り身で良いと。好きに過ごしたいから婿もいらないとおっしゃって、陛下も最後は折れてましたよ」
「第一王女殿下は私と同じ思想ですね!」
「それはどうかしら?エメは趣味が過ぎるところがあるから。第一王女殿下は何か思うところがあったのかもしれないわ」
「まあ、色々と思うところはあったのでしょうね。元々社交とかがお好きな方ではありませんでしたから。毎日絵を描いてらっしゃると聞いてます」
「まあ、絵を描かれるのね」
「中々お上手らしく、絵の指導をした先生が絶賛されて、国外で偽名で売買されているとか」
「そうなのね。素晴らしいわ。いつかお会いできると良いのだけれど」
「それは大丈夫ですよ。結婚式には参列されますから」
「それなら良かったわ。サイレス様は可愛い妹たちとおっしゃってたからお会いしいたかったの」
「サイレスは王女殿下方を可愛がってますからね。お二人ともに誕生日には必ず贈り物をしてますよ」
「素敵ね。次の誕生日は私も一緒に選びたいわ」
「そう言っていただけるとサイレスが喜びますよ」
その後も和やかに食事が進み、シルフィアは新しい情報を手に入れた。と言ってもそんな大袈裟な話ではなく、例えば、王都にはサイレスが経営する庶民向けの食堂がある、とか、王妃の弟であるジンジャール侯爵の娘のリーロットが、シルフィアに会うのを楽しみにしている、とかだ。
要はサイレスの従妹で、シルフィアと同い年らしく、お茶会を開く準備を既に始めているらしい。
ある程度の情報は聞けたと思った頃食事が終わり散会となった。部屋の前まで送ってくれたトールに就寝の挨拶をするとエメと一緒に部屋に入る。
「あんな感じで良かったかしら?」
「ええ、今日はこれくらいでよろしかったかと」
「明日も聞くの?」
「もちろんです。少しずつ慣れていってもうちょっと詳しく聞きたいところですね」
「わかったわ。頑張ってみる」
湯浴みを済ませエメが退出すると、シルフィアはベッドに入った。
明日国境を越える。国外に出たことのないシルフィアにとって、楽しみと不安が入り混じる。クレメンタール王国の人たちはシルフィアを受け入れてくれるだろうか?
受け入れてもらえるように毎日努力しよう。少しずつで良い。急には無理でも徐々に認められるように頑張るしかない。
目を閉じるとサイレスの笑顔が浮かぶ。
早く会いたい。笑いかけて欲しい。
不安をサイレスの笑顔で打ち消し、シルフィアは眠りについた。