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3/19

王太子と見た夕日

 サイレスにエスコートされ馬車を降りたシルフィアは見慣れた門の前に立った。

「では行きましょうか」

 サイレスに声をかけ門をくぐると、入った瞬間からまず薔薇の香が漂って来る。左右に黄色と白色の薔薇が大輪の花を咲かせる季節なのだ。大きく息を吸い込むと一気に心が落ちついた。

 サイレスの腕に手をかけ歩いていると、数人の貴族と思われる人たちがこちらを見ているのに気付いた。昨日の今日だから皆興味津々といった感じである。それを気にすることなく歩くサイレスと同じようにシルフィアも気にしないように横を歩く。

 それでもただでさえ静かな園内では聞きたくなくても聞こえてしまう。

「ねえ、あれってもしかしてクレメンタール王国の王太子殿下かしら?」

「本当だったわね」

「それにしても直ぐに乗り換えるなんてさすがよね」

「ベンソン王子とは比較にもならないもの。しかもいずれ王妃になるのよ。当然よ」

「でももう一緒に出掛けるだなんて凄い度胸ね」

「公爵家だもの。気にしないのよ」

「でも婚約は白紙になったのかしら?何だか早過ぎない?」

「確かに。ところで、あの子爵家の娘って顔は可愛いらしいのよ。惹かれるのも仕方ないかも」

「しっ!聞こえるわよ」

「でも本当のことじゃない。だからといって王子妃が子爵家ってのはどうなのかは別問題よ」

「それはそうよ。あんまり良い噂も聞かないんでしょ?」

「やっぱりあのままベンソン王子と婚約していてくれた方が良かったんじゃない?」

「そうかも。でもベンソン王子とあの子とこのまま婚約ってなるかしら?王妃殿下が許さないんじゃない?」

「大々的に言ってしまったんだでしょ?しょうがないわよ。それか側妃にして伯爵家とかから王子妃を新たに選ぶかしかないわよ」

「そうなったらうちの娘にも関係してくるわね」

「うちもよ。でも側妃にぞっこんの王子と結婚させるのはちょっとねえ」

「確かに。娘が可哀想だわ。困ったものね。ベンソン王子には」

 聞こえない聞こえない。知らない人たちの話に惑わせれてはいけない。シルフィアは平然と見えるように歩いた。サイレスが歩幅を合わせてくれるので歩きやすいのもあって、花に集中しようと努力した。

「気にすることはない。オレから婚約を飛ばして結婚を申し込んだんだ。オレはシルフィアといられて嬉しいからそのことだけを考えていてくれ」

「かしこまりました」

 シルフィアは思わず一瞬ギュッとサイレスの腕を掴んだ。不思議なもので、それで体がほぐれてきてあちこちから聞こえる声が気にならなくなった。

 二人で園内を歩き、季節の花を楽しむ。何気ない時間だがシルフィアは一人で来る時より楽しく感じていた。護衛はいたがいつもは一人で来ていた植物公園。そんな場所で、花の美しさや空を舞う蝶の可愛らしさなどを話しながら楽しむということが新鮮に感じられたのだ。

 友人たちとは違う、何か胸がくすぐったいようなさわさわする感触を感じながらサイレスと歩く。こんな気持ちは初めてで、今自分がどんな表情をしているのかわからず時々俯くと、その度にサイレスがシルフィアのの名を呼ぶ。そして笑いかけてくるのだ。それでまた俯いてしまう、の繰り返し。

 自分はどうしたのかと思いながらも園内は美しく、そして最後にシルフィアが一番好きな場所までやって来た。そこはムスカリの花畑で、青白紫の花が一面に咲いている。小さなもこもことした花で、小さな葡萄の房ようだ。

「この花の花言葉って不思議なんです。絶望とか失意とか負の言葉の他に、明るい未来とか寛大な愛とか真逆の言葉もあるんですよ。でもきっと、絶望の後には明るい未来が待っているってことかなって思って、それで花自体も可愛いのもあるんですけど好きなんです。

 決して主役にならない花ですけど、寄せ植えにあると他の花を引き立てるんです。私はそんな風な生き方が良いんです。実は本当は表に立つのは苦手なんです。でも立場上そうも行かなくて」

「そうだろうな」

「子どもの頃から公爵家令嬢ってだけで注目を浴びたんです。母に堂々としていなさいって言われて何とか子どもが参加するお茶会などはこなしていたんですけど、どうにも緊張するし足が震えるのを堪えてました。

 ある日、母にできないことがあるから緊張するのだろうから、上手くやろうしなくてもできるように毎日練習したら自然とできるようになるって言われたんです。それでたくさん練習してマナーとか堂々と見えるようにとか、体に覚えさせてできるようになったんです。その過程で友人もできて、色々と怖くなくなってきたところにベンソン王子殿下との婚約の話が決まったんです。

 王子妃になれば嫌でも表に立たなければならない。更にマナーの練習もして色々な知識を身に着ける為勉強もしました。そうしないと表に立てないと思って。

 王妃殿下からは余裕を持った話し方や身のこなし方も習いました。王妃殿下は可愛がってくださったし、王太子妃殿下にも可愛がってもらいました。ベンソン王子殿下は王太子殿下と比べられて嫌だというので色々と問題を起こしましたが、きっとそんな私も嫌だったんだろうなと思います。時として王妃殿下と一緒に苦言を呈してましたから」

 ムスカリの花の香が漂う中、サイレスに知っておいて欲しいと思いシルフィアは言い募る。

「私は張りぼてです。本当は直ぐに緊張するし、表に立ちたくない。こんな私に王妃が務まるでしょうか?とても不安です。今日一緒に過ごしてダメだと思ったらこの話はなかったことにしてください」

 絡まっていた手がほどかれ、やっぱりダメだったかと思った瞬間肩を抱き寄せられる。

「そんなことか。誰だって苦手なことはある。それにシルフィアは張りぼてじゃない。克服する為にたくさんのことを学ぶなんて誰にでもできることではないんだ。大抵途中で投げ出したり、それ相応の状態を維持して過ごしていくものだ。

 シルフィアはよく頑張っている。昨日の舞踏会でも、あんなに言われているのに気丈に立っていた。けれどよく見れば、扇を持っていない方の手が震えているのがわかった。オレはそれが怒りからではなく、緊張と恐れから来るものなんじゃないかって思った。この女性は精一杯立ち向かおうとしているんだって。

 周りの様子からも、どう考えても理不尽なことを言われているように見えたし、ベンソン王子の噂は隣国まで聞こえていたからな。

 あの時間の色々なことでシルフィアに惹かれたんだけど、あの瞬間、直ぐに抱きしめて震えているのを止めてあげたいって思った。だけどいきなりそんなことはできないだろ?だから割って入って結婚を申し込んだってわけだ。

 シルフィアは王妃に相応しい。だからなれる。もちろんオレの隣でな」

 肩から伝わる温もりと一緒に、サイレスの言葉はシルフィアの心を温めてくれる。思わず涙が込み上げそうになるのを必死に堪えた。

「ありがとうございます。そんな風におっしゃってくださって少し心が落ち着きました」

「そうか。シルフィアの良いところを見つけられなかったベンソン王子に感謝だな。オレはこの国でシルフィアに出会って、シルフィアが隣に並んでいる姿が目に浮かんだんだ。シルフィアにオレの隣にいて欲しい。一緒に国を守り作っていきたいと思わせてくれた唯一の女性だ」

 そう言って直ぐ近くで見たサイレスの笑顔は穏やかでいて明るかった。こんな風に笑いかけられると嬉しくて、シルフィアはくすりと笑った。

「はい。そう言っていただけるなら、サイレス様のお側におります」

「良いね。初めてシルフィアから名前を呼んでくれた。もう一回呼んでくれ」

「サイレス様」

「良いね。愛しい女性に名前を呼ばれるのは」

 サイレスの言葉にシルフィアは俯いた。

「ダメだ。俯くな。オレを見てろ」

「もう。無理です。まだ慣れません!」

「それは残念だ。だが時間はたくさんあるからな。明るい未来なんだろ?」

 そう言ってサイレスはムスカリを見た。

「そうですね。そうなることを祈っております」

 二人は顔を見合わせて笑いあうとムスカリの花壇から離れ馬車へと戻った。


「街中も面白かったが他にシルフィアが好きな場所はあるのか?」

 植物公園の後,、市場や街中を案内したり、途中市場の側のカフェで軽食を摂ったり、屋台で飴細工を楽しんだりした後にサイレスにこう聞かれたのだ。

「そうですね。では海岸に行きませんか?」

「海岸か。いいな。天気も良いし」

「実はここから歩いて直ぐなんです。少し磯の香りがしませんか?」

「確かに。するな。では行こう」

 そう言ってサイレスは絡んだ腕を外すとシルフィアの指に指を絡めてきた。不思議に思いサイレスを見上げるとどうした?というような顔をして見られる。

「そうか。マフィージ王国はしないんだな。クレメンタール王国の庶民たちは恋人や夫婦はこうやって手を繋ぐんだ。見て知ってはいたが初めてしてみたけど良いものだな」

 そう言ってぎゅっと指が絡まる。サイレスの大きな手に驚くと同時に心臓を握られたのかと思ってしまった。

「あ、あの、こういうのしたことがなくて・・・・・」

「オレもだ。街で見かけていいなと思っていたから今シルフィアとできて嬉しい」

 サイレスがシルフィアの手をひき歩いていく。シルフィアはそれに慌てて付いて行く。直ぐに歩幅が合い隣に並ぶとサイレスがぶんぶんと繋がった手を振ってくる。それをすれ違う人々が見てくるがシルフィアは気にならなかった。それより繋がった手がサイレスに包まれているようで少し落ち着かない。

 剣を持つのかごつごつとして長い指が絡まり、手だけのはずなのに全身を包まれているような感覚に襲われ心臓が煩い。

「楽しいな」

「そ、そうですね」

「早くクレメンタール王国でもこうやって歩きたい。待ち遠しいな」

「そ、そうですね」

 シルフィアは相槌をうつので精一杯だった。どうしたのか?と思うくらい腰のあたりもざわざわする。

「きゃっ!」

 シルフィアは突然人差し指の先を指で掻かれ声をあげてしまった。

「可愛いな。指って意外と敏感らしい。くすぐったいだろ?」

「も、もう止めてくださいね。ビックリしますから」

「どうしようかな。可愛いからまたしたくなるかもしれない」

「ダメです!次したら手を離します」

 シルフィアは背の高いサイレスを見上げて怒ると、サイレスはまた可愛いと言って笑った。

「もう!はい、海に着きますよ」

 効果を感じられずとにかくと今度はシルフィアがサイレスをひっぱり角を曲がると海に出た。青く輝く美しい海にしばし目を細めるとシルフィアは階段を下りて靴を脱ぎ、繋いでいない方の手で持つと砂浜へと歩いて行った。

「綺麗だな。クレメンタール王国で見る海とはまた違って美しい。少し青色が薄い」

「この辺りは浅瀬なんです。もう少ししたら海水浴でたくさんの人が集まりますよ」

「なるほどな。少し話そうか」

 そう言ってサイレスがハンカチを砂浜に敷いてくれる。シルフィアは砂だから払えば直ぐ落ちるのにと思いながらもありがたく座った。

「オレがシルフィアを選んだのにはいくつか理由がある。一番に一目惚れしたってのが大前提だ。オレの好みだった。少し低めの背に華奢な体。小さくてぷっくりした唇。抱きしめたら潰してしまうんじゃないかって思った。あと、輝く紫の目は強い意思を感じた。

 いい年して何が一目惚れだって友人たちに言われそうだが、それくらい強い印象を持った。実は事件が起こる前から見ていたんだ。声をかけたいなって。マフィージ王国の王族たちと一緒に挨拶を受けただろ?あの時からだ。シルフィアたちは一番に挨拶に来た。ということは高位貴族だ。しかもシルフィアは家族と一緒で婚約者がいないようだった。

 それなら王太子妃にしても誰も何も言わないんじゃないか?ってこっそり思っていたんだ。実際アーロン王太子に聞いたら筆頭公爵家だっていうから問題ないなって。そう思っていたらアーロン王太子がベンソン王子の婚約者だっていうだろ。ガッカリしたよ。

 でも何となく目が離せなくて、それでしばらくして声をかけてみようかと思ったら事件が起こった。ベンソン王子が婚約破棄だ!って言った時は嬉しかったな。破談になったってな。あんな大勢の前で罵られて辛い思いをしているシルフィアには申し訳ないが、障害がなくなった、絶好の機会だとオレは喜んでしまった。

 それから話している内容に興味を持った。王族相手でも引かない姿勢も良かった。言っていただろ?『何でも聞き入れる臣下の方が忠義に欠けるといい加減ご理解されてくださいませ』って。オレもそう思ってた。無駄な批判は受け付けないが、反対意見は貴重なものだ。そこから生まれる案もあるからな。何でもはいはい言うことを聞くばかりの人間は、逆に腹の中で何を考えているのかわからない。

 それにそんな国は発展しない。良いと思う案を言い合うことこそ前進する。それは臣下だけではなく庶民もだ。意見を求めたら言ってくれた方が良い。どうしてもこちらから理解できないことがあるから本人たちに聞く方が良いだろ?

 後は凛とした立ち姿。立っている姿に自信を感じた。シルフィアはさっき堂々としているように見えるようにしているって言ってただろ?オレからしたら充分堂々としていた。見えるようにっていうのじゃなくて実際に見えたんだ。頼もしさを感じたよ。こんな女性が隣にいてくれたらもっと頑張れるなって」

 サイレスがシルフィアの手を取り、その甲に口付ける。シルフィアは一瞬びくりとなったが、そっとその手を握り返した。

「あの時はああ見えて精一杯だったんです。もう決着をつけたくて。こちらから何度も白紙を申し出ていたのですが、陛下と王妃殿下が中々通してくださらなくて。でもあんな状態で言われたらはっきりさせられるって思って、とにかく白紙に持って行こうと必死だったんです。堂々としているように見えたなら、日頃の練習のおかげですね」

 シルフィアはそう言って笑った。

「そうか。努力することは凄いことだ。シルフィアがこれまでやってきたことは無駄ではない。王妃になる為に必要なことだ。クレメンタール王国の王太子妃として、後は歴史や風習を覚えてくれれば大丈夫だ」

「簡単におっしゃいますね。覚えるまでお待ちください」

「そう言うが直ぐに覚えそうだな」

 シルフィアは柔らかく繋がれた手に安心感を覚え、こういうのは良いなと感じていた。心も繋がってきた気がすると凪いだ海を見つめた。

「知っておいて欲しいことがある」

「はい」

「オレが王太子になれた理由とオレの現在の立ち位置だ。

 オレには兄がいる。オレの母親は王妃で兄の母親は側妃。二人とも同じ侯爵家の出身だ。父と年齢の見合った高位貴族の女性がまずオレの母親だった。母方の祖父は財務大臣をしていて、前国王の側近だったのもあって15歳で婚約して19歳で結婚した。

 しかし一年経っても妊娠しなかったから臣下から側妃を入宮した方が良いという意見が出て、悩んだ父上は候補の中から1人側妃を娶った。側妃は直ぐに妊娠して兄上が生まれた。その三年後オレが生まれたんだ。その他に妹が二人。母上が生んだ妹が第二王女になる。

 フローラと言って今18歳だ。好奇心旺盛な妹だよ。シルフィアと絶対仲良くなれる。

 まあ、それで、色々なしがらみがあって臣下たちも兄とオレのどちらが王太子になるかで揉めたんだよ。父上も迷った。だから中々決まらなくて、王太子の位は空席のまま最近まできたんだ。王妃の産んだ第二王子と側妃の産んだ第一王子って微妙だろ?しかもどちらも侯爵家出身。明確な差はない。

 だから父上は後継に相応しい方を選ぶ為に審査すると言い出したんだ。同じ金額を国庫から捻出して渡し、それを使ってやったことが国益に適う方。父が良いと判断したことをした方を立太子するって。

 オレは兄が王太子になるだろうって思ってたんだ。やっぱり生まれた順番が有利に働くだろうって。母上もそう思っていた。物静かな人でね、権力闘争とかに興味がない。そんなことになって命を狙われるくらいなら初めから望まない方が良いって考え方だ。だけど、何があるかわからないからと一応オレに帝王学を学ばせた。だから勉強と剣術の稽古さえしていればあとは自由だった。

 時間がある時は城下に行っていた。貴族の友人もいるが、庶民の友人もいる。路地裏の庶民向けの食堂にも行くし、最近は庶民向けの飲み屋にも行く。面白い話が結構手に入るんだよ。店主もオレが来ても特別扱いしないし、客たちも気さくに話してくれて楽しいんだ。

 侍従長には怒られたが母上は止めなかったし、父上も知っているが止めなかった。隠れた場所に護衛を付けてくれたくらいだよ。だから一人の人間として城下で楽しんでいた。

 一人で街を散策したり、屋台で買い食いしたり。15歳からそんなことをしていた。オレの髪の色は曾祖父と同じで赤いから目立って直ぐに気づかれる。だから開き直って堂々と歩き回っていた。

 それを良しとしない貴族たちもいたが、王太子になるわけじゃないから良いだろって思っていたんだけど、まあ父上が言い出したからね。期間は半年。大切な国庫のお金を使うんだから良い政策にしないとなって思って審査開始日まで色々考えたんだ。

 やるからには本気で真剣に国民と向き合いたいだろ?税金を使うんだからどんなことをしたら喜ぶかな?って思って、とりあえずまず王都民の意見を聞きたかった。

 だから開始日初日から3日かけて庶民に意見を聞いて回った。何が足りないか、どんなことをしたら生活が楽になるか。まあ金をくれってのが多かったんだけど、一時的なものでは根本的解決にはならないしな。長期的目線で考えて多かった意見の中で橋の建設を選んだ。

 王都の真ん中に川が流れているんだ。川といっても大きなものではない。川幅は最大で30m程だ。橋はあるが足りないという意見が多かった。それにどれも馬車が通れる幅の橋だから、徒歩と荷車が通れる程の橋があると向こう岸に行くのが安全で楽だというんだよ。

 ということで橋を3本建設することにした。半年での完成は無理だろうけど、結果が見える状態なら行けるなって思って、飲み屋で知り合った建設業の人たちに声をかけて案を出してもらって、直ぐに初めてもらった。もの凄い乗り気になってくれて、話し合っている時は楽しかったよ。

 人と手押し荷車しか通らないから設計が楽なのもあって、どんどん話が進んで行ったんだ。計算したら予算が足りなかったから、オレが任されている領地で稼いだオレの収入からも出した。それでも少し足りないから、それぞれの社名を橋の名前にしても良いってことにした。

 これが業者たちに喜ばれてな、宣伝になるって言って予算を減らしてくれたんだよ。しかも競い合って予定より装飾された橋が作られていったんだ。

 オレにとっては予想外のことが多かったが、王都民はとても喜んでくれたよ。仕事が休みの日に近くの橋の建設現場に手伝いに来る者もたくさんいて、予想より早く進んで結果半年経つ頃にはほぼ完成していた。

 今は皆喜んで使ってくれているからやって良かったと思っている。馬車と歩行者の接触事故も減ったし、直ぐには無理だがもっと増やす予定だ。

 ということをしたら、父上がオレを選んだんだ。兄上の政策も悪くなかったが、ちょっと他国で問題を起こして、まあそれもあってオレになったんだけど、納得していない貴族もいるのが実情だ。

 側妃の実家と親交のある家門は兄上がなるだろうと期待していた分反動が大きくて、貴族会議をしてもオレの意見に反対するものがいる。それが本当に反対なのか、オレが王太子になったこと自体に納得をしていなくて、とにかく反対したくて言っているのか見極めるのが結構大変なんだよ。

 反対意見も聞いてよりよいものを国民に提供できれば良いんだが、どこまで本気かわからないこともある。そんな貴族たちにもオレが王太子で良かったと思わせないとならない。

 そんな中結婚を勧めてくる臣下たちが増えてきた。執務室まで娘の絵姿を持ってやってくる者もいる。オレとしては王太子としての基盤がもっと整ってからと思っていたから全部断っていたんだよ。

 だけど、シルフィアに会ってしまった。もうこれは運命だって思った。シルフィアとの結婚を反対する者たちが出て来るだろうが、父上と母上と妹と、何よりオレが側にいて守るから、安心して嫁いできて欲しい。

 といったところだな。長くなってしまった。すまない」

 そう言って苦笑するサイレスの手をシルフィアはぎゅっと握る。

「いいえ。事前に知れて良かったです。それで対応も変わりますし、何を言われても折れないようにします。私はサイレス様のお力になれるよう努めるだけです」

 サイレスがぎゅっと握り返してくるのに心が温かくなる。

「頼もしいのは良いが頑張り過ぎないでくれ。オレの妃で隣国の公爵家令嬢に手をかけるようなことはないと思うが、違うところで色々あることは予想できる。

 勝手にオレの妃候補に名乗りを上げている家門もあるし、兄上は今後結婚をすることも許されていないから、そっち方面でも色々あるかもしれない。

 大変な場所に来てもらうことになるが、どうしてもオレはシルフィアが良い」

 そう言ってサイレスが繋がっていない方の手でシルフィアの髪を一房持つと口付けをした。シルフィアは今度は逃げずにサイレスの目を見て笑いかける。

「大丈夫だとは言い切れませんが、サイレス様のお側にいたいので安心なさってください」

 するとサイレスが繋がった手を引き寄せ、シルフィアの手の甲に口付けをする。

「あぁ、もっと触れたい!でもまだ婚約もしていないからこれ以上は我慢する。ちょっと待って。シルフィアが可愛いしいい匂いがするし、はあ。ホントちょっと待って。ちょっとだけ許して」

「え?」

 サイレスが首を傾げるシルフィアの手の甲に口付けし、そのまま吸いつかれる感触がしたかと思うと、シルフィアは腰がざわりとするのを感じて手を引こうとしたが許してくれない。やっとサイレスの唇が離れた手の甲には赤い痕が付いていた。

「よし。今日はこれで我慢。直ぐに消えないようにしたから痛かった?」

「いえ、痛くはないですけど・・・・・」

「けど?言いたいことがあるなら言って」

「これはいつ消えるのですか?」

 シルフィアは真っ赤になって俯いた。

「明日には消えるだろう。次に会った時にまた付けさせて」

「わ、わかりました」

 早鐘を打つ心臓を宥めるように呼吸をすると海を見つめる。サイレスをこれ以上見るのは恥ずかしい。こんな状態で慣れる日が来るのだろうか?とシルフィアは自分に問いかけた。冷静に見えるようで、実際はそうではないのだ。戸惑いとそれ以上の胸の高鳴りを感じ、サイレスの顔を見たいのにそれができない。どう対処して良いのかさっぱりわからないのだ。

 全てが初めてのことばかりで、かと言って落ち着かないというわけではなく、ずっとこうしていたいと心が躍ってしまうのだ。でもそんな姿を見せれば王太子の婚約者として冷静さを欠いてしまう。矛盾する心に揺られながら海を見つめることしかできなかった。

「綺麗だな」

「ええ。綺麗な夕日です」

「そうだな。だが今オレが言ったのはシルフィアのことだ」

「え・・・」

「シルフィアは可愛い。だが、夕日に照らされた横顔が綺麗だと今思った」

「あ、ありがとうございます。申し訳ございません。言われたことがありませんので。でも、その二つは違うのですか?」

「ん?そうだな、違うな。可愛いのは容姿も性格も、かな。綺麗だと言ったのは、今見ていて思ったことをそのまま口に出してしまった。難しいが、昨日思った可愛いと、今思った綺麗は同じようでいてなんか違うんだよな。どちらにしても、誉め言葉だ。そのまま受け入れて欲しい。

 そうだ。クレメンタール王国の海で見る夕日も綺麗だぞ。だが残念なことに、クレメンタール王国の王都は内陸にあるから海が見えない。でも海に面したオレの領地があるから今度一緒に行こう」

「はい。楽しみです」

 より高鳴る胸は早くサイレスの側に行きたいとシルフィアを掻き立てる。それでも浮かれてはいられない。サイレスの隣に立つための手順と準備をしなければならない。

 シルフィアが良いと言ってくれたサイレスの思いに添いたい。自分だって側にいたいのだ。そんな気持ちを抑えながら、夕日が沈むまで二人で海を眺め続けた。

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