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王太子と結婚

「シルフィア様。お美しいです」

「本当に、お美しいです」

 エメとルーラが目を潤ませている。

 今シルフィアがいるのは聖堂の控室だ。エメとルーラが朝から準備をしてくれた。

「ありがとう。二人のおかげね。これからもよろしくね」

「もちろんでございます!」

「よろしくお願いいたします!」

 二人の元気な声を聞きながらシルフィアは立ち上がった。そろそろ時間である。

「ではこちらを」

 エメが渡してくれたブーケが試作品より重く感じるのは気のせいではないだろう。

 王太子妃になる。その重責が押し寄せてくる。改めて大変なことだと実感し、それと同時に期待に応えたい気持ちが溢れてきた。

 盗難事件の後、侍従長だったカリオロは王家所領に異動になった。やったことを考えればまだ罰は軽い方だろう。しかしサイレスは敢えて罰を軽くしたらしい。カリオロの罰を重くすれば、従った侍女たちにも罰を与えねばならくなるからだ。侍女たちは侍従長の指示に従わざるを得なかっただけと判断したそうだ。それで引き締まって仕事ができるならそれで良いと考えたと言っていた。

 ブーリッツ侯爵は当主の座を息子に譲った。これからは領地で夫人と一緒に隠居生活をするそうだ。それにはアリータも連れて行くらしい。

 本来であれば、シルフィアが乗っている予定だった馬車を襲撃させただけでも重罪だが、ブーリッツ侯爵家を取り潰しにしないために、まだ年若い息子に当主を譲るという条件で終わらせた。しかし、しっかり罰金として、5年間領地の収益のうち2割を国に納めなけらばならない。

 新当主の仕事は大変なことになるだろう。家門の信頼回復もしなけらばならないのだから。

 ハイレイ伯爵に関しては、これから裁判に向けて着々と準備が進んで行く。ハイレイ伯爵家は元々子どもがいないこともあって、そのまま取り潰しになると聞いた。そして王家の直轄地としてしばらく運営され、いずれば誰かの手に渡すそうだ。王家が領地を持ちすぎるのも良くないらしい。

 サイレスが決まる度に報告してくれるのだが、初めは決定前にシルフィアに確認を取りに来ていた。被害にあったのはシルフィアとエメだからと。しかし、シルフィアは直ぐに全てをサイレスに任せた。

 シルフィアはまだクレメンタール王国の人間ではないからだ。クレメンタール王国の法律や、サイレスの采配で決めて欲しいと伝えた。それでシルフィアは良いと判断したのだ。

 そして嬉しいことに、最近ではシルフィアが王城内を歩いていると声をかけてくれる人か増えてきた。地道にシルフィアが話しかけていたからと、今回の事件でシルフィアを知るきっかけになったのだろう。

 オルゴールなども全て戻って来ていて、今も前と変わらない場所に展示してある。それを聞いたシルフィアはエメたちを連れて見に行った。

 どれも素晴らしい物ばかりで戻ってきて良かったと心の底から思った。ハイレイ伯爵家の資産は全て押さえられ、置物の買取時の資金になった。残りは家令の采配で借金の返済や、使用人たちの退職金に充てられるとのことだ

 そして夫人は遠方の聖堂預りとなったそうだ。王城内から盗まなくても、自邸には先代が集めたものなど、たくさんの宝飾品があったらしく、それらを売って事業回復をすれば良かったものの、自分のものは手放したくなったのか、人のものに目を付ける辺り同情の余地はない。

 連日新聞に載り王都民たちにも知れ渡るようになったものの、事件は順調に片付いていて、人々の噂にはなっているがそれも時期治まるだろう。

 3日前に家族や友人たちがクレメンタール王国に到着した。王太子夫妻も次の日には到着し、一度サイレスを交えて簡単な晩餐会が開かれた。

 久しぶりに会った大切な人たちは相変わらずの様子で、シルフィアとサイレスの結婚を改めて祝福してくれた。

 昨夜は陛下御一家とも正餐を摂り、終始和やかな時間を過ごした。マフィージ王国の王太子妃であるミューレアとはこれまで以上に関係を深めようと、定期的に手紙のやりとりをする約束を交わした。

 少しでも母国の役に立ちたい。そして何よりクレメンタール王国の役に立ちたい。結婚式には近隣諸国の王族が招かれている。今日の夜の舞踏会でいよいよ外交開始だ。中にはマフィージ王国にいた頃に会ったことがある王族もいるので、良好な関係を築けるようにしたい。

「さあシルフィア様参りましょう」

「そうね。二人ともこれから一緒に歩いて行きましょう」

 優しい二人の笑みに温かい気持ちになる。式場の扉の前で待つサイレスの元までついて来てくれた後、二人は王城に戻り、王太子宮にシルフィアの荷物を移動させる。あの部屋ともお別れだ。気に入っていた第一王女の絵と離れるのは寂しいと言ったら、それを耳にした第一王女が客室用の絵を別に準備するから王太子宮に移動させても良いと言ってくれたそうだ。

 そんな第一王女と側妃は今朝王都に戻り式に出席してくれるそうだ。

 ゆっくりと歩を進める。前を歩くエメの後ろ姿を見ながらシルフィアはこれからの事を見据えた。少しずつで構わないからクレメンタール王国の人たちに受け入れてもらう。

 そしてシルフィア自身がクレメンタール王国の人間になるのだ。これからはクレメンタール王国民のことを一番に考えて行く。それがシルフィアに与えられた新しい使命だ。

 サイレスと支え合いながら険しい道を進む。

 大切な人たちを守るために。新しい未来を創るために。

 シルフィアは足を止めた。

「シルフィア。今日も美しいな」

 眩しい笑顔にシルフィアは微笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。サイレス様も今日も素敵です」

「急に緊張してきた。本当にシルフィアと結婚するんだと思うと、何だろうな。嬉しいし、ちょっと照れくさいし。

 でもやっぱり、一番は幸せだなって思う」

 サイレスの率直な言葉はいつもシルフィアの心を掴んでくる。感情に直接触れられたようで、抗うことができない。自分でも信じられない程好きだという気持ちでいっぱいで、それを外に出さないようにしようとしても堪えられず、とめどなく溢れ出し辺りが埋め尽くされて行く。

「私も幸せです。これからよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしく頼む。必ず幸せにするから。オレの全てをかけて」

「私も、全てをかけてサイレス様を愛します」

 しばし見つめ合う。自然と笑みが浮かび頬が赤くなるのがわかった。

「では行こうか」

「はい」

 シルフィアはサイレスの左腕に腕を絡めた。

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