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王城決戦

 エメに淹れてもらったお茶を飲みながら何気ない会話をしている時だった。慌てたようなノックの音がしてエメが扉を開けると、見知った顔の侍女が青い顔をして立っていた。

「どうしたの?」

「恐れ入ります!ルーラが大変なことになっています!」

「え!ルーラが?」

「はい。今日発生した盗難事件について調べていた捜査隊に囲まれています!」

「今行くわ!」

 シルフィアはカチャンとカップが音を立てるのも気に留めずに、エメを促し急いで現場へと向かった。


 事件が起こったエントランスには遠巻きにルーラと捜査隊を見ている人たちで溢れかえっているようで、シルフィアはそれを掻き分けルーラの元へと急いだ。

 確かにルーラは捜査隊に囲まれ俯いているようだ。

「どうしたの?ルーラ」

 やっとの思いでルーラの側に行くと、涙を流しながらルーラがシルフィアを見た。

「シルフィア様を犯人にしようとしている人がいると思って捜査隊に言いに来たんです。シルフィア様はそんなことをされる方ではないって」

「ルーラ・・・・」

 シルフィアがルーラの手を取ると、ルーラは静かに泣き始めた。

「ありがとう。信じてくれて。でもダメよ。捜査隊に任せないと」

「わかっているんです。でも、でも、シルフィア様の大切なウエディングドレスにまで触って探すなんて許せなくて・・・・」

「そんなこと気にしなくても大丈夫よ。ちょっとくらい触られても汚れたりしないわ」

「それでも、許せなくて。シルフィア様は優しすぎるんですよ。もっと怒ってください。あんなに部屋をあちこち触られて。許されるわけがありません。シルフィア様はサイレス殿下の婚約者です。それなのに、誰の指示でシルフィア様のところにあの人たちが来たのかと思って、捜査隊に聞きに来たんです・・・・」

 ルーラの秘められた強い思いにシルフィアはルーラを抱きしめた。ルーラはシルフィアの為にこんな無茶をしたのだ。ルーラがシルフィアの側で働くことを嬉しく思っていることはわかっていた。プロレン夫人の講義の時も、誰よりも怒っていたのはルーラだった。

 シルフィアを思い心配し、一生懸命仕えていてくれていた。けれどシルフィアは同じだけの思いをルーラに寄せていただろうか?ルーラはシルフィアの為にこんなに怒ってくれているのに。エメにばかり頼ってしまっていなかったか?これでは一番近くにいるルーラを不安にさせるだけ。信頼は一番側から繋がるのだから。

「ごめんね。ルーラ。心配をかけたわ。それから怒ってくれてありがとう」

「シルフィア様が謝られることは何もありません」

「いいえ。それに私は優しくなんてないわ。全てのことを流していただけなの。揉めるのを避けた私が悪いのよ。言わないといけないことははっきりと言わないといけなかったの。

 さあ、ルーラ顔を上げて。もう泣かないで。私は大丈夫だから」

 シルフィアが言うと、ルーラは顔を上げて頷き、袖で涙を拭うと凛とした表情でシルフィアを見つめてくる。

 シルフィアは捜査隊に向き直ると問いかけた。

「皆さんは私が盗んだと考えているのかしら?」

「いいえ、そのようなことは決して」

「ですが、先程侍従長のカリオロが来て、侍女たちに命じて私の部屋の捜索をしていったわ」

「それはこちらの侍女から聞きました。私たちはそのようなことは命じておりません」

「じゃあ侍従長が勝手にしたことなの?」

「そうです。聞いて驚きました。他に無くなっている物がないか確認し、再度現場の捜査に来たところです」

 ハキハキと答える捜査隊は4人いて、全員が口ごもることなく答えている。

「では、私ではなく、私が連れてきた侍女のエメを疑っているの?」

「そういったこともございません」

「でも、侍従長はエメの部屋の捜索もさせていたわよ」

「こちらではそのようなことは指示しておりませんし、それに、もし捜索をするのであれば、私たちが立ち会わなければ何の効力もありません」

 やはりかとシルフィアは思った。使用人だけで捜索に来るのはどう考えてもおかしい。捜査隊が捜索しなければ意味がないのだ。捜査権を持たない人間が勝手にした捜索では証拠が出たとしても疑わしいと裁判官は捉えるだろう。いくらでも捏造ができるのだから。

「そう。それを聞いて安心したわ。クレメンタール王国の捜査隊が誠実なことがわかりました」

 そう言ってシルフィアは辺りを見回した。誰もが興味深々と言った様子でシルフィアを見ている。シルフィアは覚悟を決めて捜査隊に尋ねた。

「無くなった物はいくらくらいの物かしら?」

「相場で良ろしければ」

「それで構わないわ」

「一回目の金の鳥の置物は80万グレン。次の女性像は30万グレン。その次の馬の像は70万グレン。今回のオルゴールに関しては値をつけるのは難しいです」

「それはガーナット国王陛下からいただいたものだからかしら?」

「そうです。一つしかない品なので。しかしながら、使われていた宝石の価値だけで言えば、オルゴールから外し、宝石をバラバラにして売れば130万グレンほどでしょうか」

「そう」

 どれもそれなりに高価ではあるが、お金のある貴族や商人なら買える値段のものばかりだ。売ればお金を手にすることはできるが、シルフィアやエメが盗んでまで欲しい金額ではない。

「どれも私なら買える値段のものばかりね。買えないのは最後のオルゴールだけ。他は珍しいかもしれないけれど、オルゴールと違って普通に売っているものよね?」

「そうですね。クレメンタール王国で直ぐに買えなくても、同じものが欲しければ商人に言って取り寄せてもらえば買えるものです」

 その声に周囲がざわざわとし始めた。マフィージ王国の筆頭公爵家の娘であるシルフィアが盗んでまで欲しいものではないと誰もが気付いたのだろう。

 しかしそこに一人の男性が近づいて来た。

「恐れながら申し上げますが、あなたが買えたとしても、お付きの侍女は買えませんよね?そのようなお金があることをひけらかして黙らせようとする言動はいかがなものでしょうか?」

 中年男性の顔には見覚えがあった。貴族年鑑で覚えた顔で、ブーリッツ侯爵家の当主。つまりアリータの父親だ。

「初めまして。シルフィアです。ブーリッツ侯爵ですね」

「これはこれは。覚えていただけているとは思いませんでしたよ」 

 その顔はシルフィアを笑顔で見ながらも、実に目は笑っていない。

「貴族家の当主と主要な商家の当主の顔は全て覚えました。貴族年鑑に書かれている絵姿のままの方ですね」

 その言葉にブーリッツ侯爵が眉を顰めた。貴族年鑑に描かれている絵姿は、公爵家の当主とは違って小さく、特徴は捉えているものの、そのままの顔だと言われると嫌な気持ちになる出来だった。

 シルフィアが分かったのも、特徴的な鷲鼻と目の形で認識したからだ。そこへ更に人が加わる。慇懃に礼をした男性は伯爵家の当主だったはず。確か名前は・・・・。

「あなたはハイレイ伯爵ですね。内務次官をされている」

「いやあ、素晴らしい。私なんぞの名前と顔も覚えていただいているとは。さすがマフィージ王国筆頭公爵家のご令嬢です。記憶力はよろしいようで」

 嫌味な男だとシルフィアは冷静に男を見た。

「侍従長に捜索を指示したのは私なんですよ」

 ブーリッツ侯爵が事もなげに言う。

「では、あなたの指示で侍従長が動いたということですね?捜査隊に確認もせずに」

「そうは言いましても急ぎませんと。売られてしまえばそれまでですからね。正直捜査隊は行動が遅い。私は3回目の盗難事件があった時に調べるべきだと言ったんですがね。それをしなかった為にガーナット国王陛下からいただいたオルゴールがなくなってしまいました」

「あくまでも私が盗んだとお考えで?」

「あなたが犯人だとは思っておりませんよ。お付きの侍女を疑っております」

 横でエメが息を飲むのが分かった。

「エメはそのようなことはしません」

 シルフィアの言葉ににやにやと笑いながらハイレイ伯爵が話し始める。

「我々も何も根拠がなく疑っているわけではありませんよ。いえね、やはり今までこのような事件はなかったのですから、さすがにおかしいと思いましてね、そちらの侍女の休日を調べたんですよ」

 シルフィアは黙って話を促した。

「そうしましたらね、なくなった日と侍女の休日が全て同じ日なんですよ。しかも他の侍女に確認したら、毎回大きな鞄を持って出かけるというじゃありませんか。それで疑うなという方がおかしいですよ」

「たったそれだけで」

 小さく呟いたシルフィアの声が聞こえたのかブーリッツ侯爵が一歩前に出てきた。

「たった、なんて言葉では収まりませんよ。国宝ではないとはいえ、王城から高価な物が盗まれたんです。私もハイレイ伯爵からあなたの侍女が疑わしいと聞いた時には驚きましたよ。

 マフィージ王国筆頭公爵家の令嬢のお付きの侍女に窃盗の疑いがあるなんてと。他国に来て何をしているのかと思いましたね。母国の顔に泥を塗るような行動は到底理解できませんよ」

 敢えてシルフィアをサイレスの婚約者と言わないのは認めていないのか、まだ諦めていないのかのどちらかだろう。

「エメはそんなことしないわ。決めつけるのは止めてくださる?」

「そうはおっしゃいましてもね。今朝無くなったことが判明したんですけど、昨日もそちらの侍女は休日でしたよね?4回も同じなんてことは普通に考えるとあり得ませんよ」

「そうね。でも、エメはそんなことしないわ。エメが毎回大きな鞄を持って出かけるのは本を買うためよ」

「でも、その時に持って出て、どこかで盗んだ置物を売って、その後本屋で買い物をすれば問題ないでしょう?ハイレイ伯爵が言うには、その侍女を銀行で見かけたと証言している者もいるというではありませんか」

「それはそうでしょうね。銀行にお金を下ろしに行くのだから。だってエメの給金を払っているのはまだ我が家ですもの。お金を下ろしに行くのは当たり前だわ」

「それでも月一回で充分でしょう。その侍女を見かけたと言っている人間は一人や二人ではないというではありませんか」

 やれやれと言った風にブーリッツ侯爵が肩をすくめる。

「エメの場合は毎回行くでしょうね。たくさんお金が必要だから」

「侍女の給金でそんなに行くわけがないではありませんか。それにそんなに必要なら、お金を部屋で保管しておけばいいのです。部屋には鍵もついてますし。毎回銀行に行く必要はないのではありませんか?」

 あれこれと言って来るブーリッツ侯爵が煩わしい。どうやってもエメを犯人にしたいのだろう。後ろでハイレイ伯爵がにまにまと笑っているのも薄気味悪い。

「でも、エメは必要な分しかお金を所持しないの。だから毎回銀行に行くわね」

「そんなに庇わなくてもよろしいのでは?行動を考えても侍女が城から持ち出して売って、お金を預けて、代わりに本を買って怪しまれないようにする。誰もがそう思うのではありませんか?」

 周囲の人たちは静まり返りシルフィアとブーリッツ侯爵のやり取りを見ている。シルフィアはエメを犯人と決めつけるブーリッツ侯爵に怒りを覚えた。

 今の状況だけならブーリッツ侯爵の言い分を信じる人が出て来る可能性はある。しかしエメはそんなことはしない。ならば犯人がエメが犯人と思われるように仕向けているのだ。それで私腹を肥やしている。

「エメ。エメのクレメンタール王国にある口座は誰が作ったもの?」

「シルフィア様のお母様であるブレーセン公爵夫人です」

 また辺りが騒めき出した。

「エメ。昨日は何冊本を買ったの?」

「はい。古書店の分を合わせて20冊です」

「そう。それは手元にある?」

「3冊だけ。そのうち1冊は先程シルフィア様にお渡しした本です」

「残りは?」

「本屋の店員さんが後日城に届けてくれます」

「それが何だと言うのですか?本を20冊買ったからと言って、犯人ではない証拠にはなりませんよ」

 シルフィアは聞こえないふりをした。

「エメ。さっき私に渡してくれた古書はいくらだった?」

「10万グレンです」

 騒めきが大きくなった。侍女の給金で10万グレンもする本をポンと買えるわけがないからだ。

「そんな高価な古書を侍女が買えるわけがないでしょう。それこそ盗んだものを売らないと買えない値段ですよ」

 それでもシルフィアはそれを無視してエメに問いかけた。

「あの古書は高いの?」

「そうですね。私が所蔵している中では高い方に入りますが、一番高いというわけではございません」

「一番高い本はいくら?」

「マフィージ王国にいた頃に入手した本で、約25万グレンです」

「たかが侍女がそんな高い本を買えるわけがないでしょう!」

 ブーリッツ侯爵が信じられないという顔でエメを見ている。後ろにいたハイレイ伯爵も驚いたような顔でエメを見ていた。

「その本はいつ買ったの?」

「シルフィア様とサイレス殿下のご婚約が決まったあとです。私がシルフィア様に付いて行くとブレーセン公爵夫人にお伝えしたら、好きな本を買ってくださるとおっしゃって、その時に2冊買っていただきました。あともう一冊高い古書がありますが、それは自分で貯めたお金で2年前に買いました」

「買ってもらったものは数に入れないでくださいよ。今回話しているのはその侍女が買った本の金額が高いということです」

「エメ。高いと思った?」

「確かに高いですが買える値段でした。昨日買った本は、以前マフィージ王国で見かけましたが、その時はお金が足らず買えませんでした。希少価値が高く、更に人気のある本なので直ぐに売れてしまったらしく、とても残念に思っておりました所、昨日見かけたので是非とも入手したいと思い、銀行でお金を下ろして買いました」

「買える値段だと!!いくら公爵家の令嬢の侍女だとはいえおかしい!何か裏があるはずだ!」

 もはや錯乱状態のようにブーリッツ侯爵がわめいている。

「先程も言いましたけど、エメの口座を作ったのは私の母です。慣れ親しんだ国を離れ、家族とも中々会えなくなるというのに、娘の嫁ぎ先に付いて行くというエメに、我が家がまとまったお金をエメに渡しました。いつでも好きに使えるようにと。

 それから、マフィージ王国にいた時もとてもよく働いてくれたエメを私の家族は皆気に入っておりましたので、エメの夢にも力を貸したいという意味もあってお金を渡してあります」

「はい。公爵ご夫妻には大変気を使っていただいて、感謝しきれません」

「だから何だというのだね」

「エメ、この一か月半でたくさん本を買ったようだけど、いくらお金が残ってる?」

「そうですね。クレメンタール王国の王都にある、一番地価が高い通りは難しくても、その1本裏に入った通りにある洋品店なら2店舗楽に買えます」

 辺りが息を飲み静まり返った。ブーリッツ侯爵も驚きを隠せないようで、侍女が持つには多すぎるという言葉では収まらない金額に、口が開いたままになっている。ハイレイ伯爵も同様で、もしかしたらハイレイ伯爵よりエメの方が資産があるかもしれない。

「あまり言いたくなかったんですけどね。お金目当てで近づいて来る男性とかいたら困りますので」

「そうね。本当は私もエメには隠しておくように勧めたんだけど、お金のことで疑われるくらいならはっきりさせた方が良いかと思って」

「構いませんよ。私はシルフィア様の侍女を辞めるつもりはありませんし、結婚をするつもりもありませんので。それに、私のお金は私が正当にいただいたものですから、私が有意義に使わせていただきます」

 そう言ってエメはにっこりと笑った。シルフィアもそれを見てくすりと笑うとブーリッツ侯爵を見た。

「ということで、エメはお金に全く困っていないんです。だから、盗みという危険を冒してまでお金を得る必要はありません。エメの夢は何?」

「私が監修した貸本屋を経営することです。もちろん、そちらを始めてもシルフィア様の侍女を辞めるつもりはありませんが」

 エメはシルフィアが渡した髪飾りを外すとシルフィアに渡して来た。

「そうね、これもあったわね」

「それが何だと言うのです!」

「これは私がクレメンタール王国に来てから、エメとルーラに渡した髪飾りです。2人に3個ずつ渡したもので、これを1つ売れば、5万グレンにはなるわね」

 エメがシルフィアの手から髪飾りを受け取りまた髪に着けている。

「売りませんよ。シルフィア様からいただいたものですから」

「それはわかっているわよ」

 ルーラを見ると、そんなに高いものと思っていなかったのか驚いた表情をしている。ルーラと違ってエメは公爵家で高級宝飾品を見慣れているので価値が直ぐにわかったのだろう。

「だからと言って、疑いが晴れるわけではありません!お金があるからなんだと言うのです!さすが公爵家のご令嬢だ。金が正義だとでも言いたげですな!しかしながら、金で人の心は買えませんよ!

 それに、世の中には金があっても、手癖が悪い人間もいるんですよ。ご存じないかもしれませんが」

 シルフィアはブーリッツ侯爵を見た。とうとう手癖とまで言い始めた。自分の思い通りの展開にならずイライラしているのがわかる。ここでエメが捕まれば、主であるシルフィアも無傷ではない。サイレスの婚約者を辞退すると思っているのだろう。

「ブーリッツ侯爵、失礼ではありませんか?あなたは初め、エメがお金欲しさで盗んだという趣旨の発言をされましたよね?それがないとなると、手癖が悪いなどと。

 私の侍女に対しての無礼な発言は慎んでいただきたいです。それよりも、あなたが謝罪をするのが先ではありませんか?」

「何故私が謝罪をしなくてはならないのですか!!おかしいですよ!そもそもそんな大金を侍女に渡すなんて!」

「疑うなら銀行で残金がわかる書類を出してもらいますか?こちらはそれでも構いませんよ。それに、ブレーセン公爵家はそれくらいの待遇でエメを送り出したのです。私の為に」

 シルフィアは当然と言わんばかりに言い切った。それにどよめきが起きる。

「そ、そんな・・・・。いや、それでも、」

 まだブーリッツ侯爵が言い募ろうとすると遮るように声が聞こえた。

「はい、そこまで」

 サイレスがいつの間にかシルフィアの方に向かって歩いて来ていた。そしてシルフィアの横に立つ。

「ったく、何をしているんだ?侯爵、今、折角の機会を逃したんだぞ。さて、オレがエメが窃盗犯ではないことについて補足をしよう。ロベリオ。例の書類を」

「サイレス殿下。私が読み上げましょう」

 ロベリオが書類を片手に捜査隊を背に話し始めた。

「実は、エメが外出する時には護衛が付いております。シルフィア様にもエメにも伝えておりません」

 シルフィアはロベリオの言葉に驚いた。エメも気づいてなかったようで驚いた顔をしている。

「サイレス殿下が、慣れない土地で出掛けて迷子になったり、困ったりしたら助けられるようにと手配された護衛で、近衛騎士や王国軍を使うわけにはいきませんので、我が国に慣れるまでだからと、王妃殿下のご実家の騎士をしばらくお借りする形で護衛としてつけております。

 エメの休日に城門に待機させ、出掛けたら離れた場所から後を付いて行くという形です。予めエメの容姿については伝えてありましたし、使用人が城門を出入りする時は記名をしますのでそれを見ても判断できますからね。何かあれば直ぐに対応できるように、毎回報告書も書かせています」

 そこでロベリオは周囲を見回した。そこで目が合ったブーリッツ侯爵が目を見開いている。

「一度目の休日。10時頃に城を出たエメは歩いて城下まで向かい、まず銀行に寄りました。その後、本屋で2時間過ごした後、近くのカフェに寄り、鞄から出した本を片手に焼き菓子を食べながら休憩。その後は直ぐに城に戻っています。この本は本屋で買ったものでしょう。満面の笑みの店主がエメが店を出る時に見送りに出てきたそうですから。戻った時間は3時頃です。

 二度目の休日は一度目と同じ行動です。そして三度目の休日も同様。しかし、昨日の休日は少し違います。

 カフェに行ったところまでは同じですが、カフェを出たところで迷子に遭遇し、その子を駐屯所まで連れて行っています。駐屯所の場所はカフェの店員に聞いたようですね。

 その為いつもと違う道を通って戻ることになったことによって古書店を見つけたのでしょう。入ってしばらくして出てきたエメは急いだように銀行へ向かったと書かれています。そして銀行から出てきたエメは、同じく足早で古書店に戻り、本を手にして出てきてそのまま帰りました。戻った時間は4時と書かれていますね。ですから、疑わしい点は何もありません。いかがですか?ブーリッツ侯爵」

「そ、それなら仕方ない。ハイレイ!どういうことだね!この侍女が犯人だと言ってきたのはおまえだろう!私に嘘の情報を教えたのか!」

 ハイレイ伯爵がまさかと言った顔をしてサイレスを見ている。その目は怯えていて、声も出ないようだ。

「どういうことだと聞いているんだ!私は!」

 頭に血が上っているのか、ブーリッツ侯爵の怒りは凄まじい。ハイレイ伯爵の襟元を掴んで睨んでいる。もしハイレイ伯爵の言葉を鵜呑みにしてこのような行動をしたのなら、衆人環視の前で恥をかかされたようなものだ。しかし同情はしない。自分に都合がいい話に飛びついただけなのだから。

 そこに捜査隊の制服を着た男性が二人駆け込んで来た。

「サイレス殿下!無事盗品を回収しました!」

「ご苦労だった」

 静寂の中、落ち着いたサイレスの声が響くと、周囲の人たちがどういうことだと囁いているのが聞こえる。

「一回目の盗難事件の後、こんなことになるんじゃないかとオレの勘が働いたんだよ。だから表向きの捜査隊とは別に、オレの指示で動く捜査隊を極秘で作った。もちろん陛下や王国軍司令官などとも相談して決めたことだ。

 王都内では売れないだろうと王都に隣接する各領地にある宝飾店などを探させたら、案の定似たものがあると報告が上がって、ロベリオを確認に行かせたら本物だった。店主は盗品とは知らずに買ったと言っていて、それは事実だろうと捜査隊が判断をしたから、店主に売りに来た人間の特徴を聞き、更に捜査隊の一人を店員として店に待機させた。

 3個目の置物がなくなった日の翌日、店主が言っていた通りの特徴を持った人間が店にやって来た。王城に飾られていた置物を手にしてな。店主には同じ人間が売りに来たらそのまま買い取るように言ってあったから、その人間は疑いもせずに金を手にして帰って行った。もちろん、店にいた捜査隊はその人間の後をつけた」

 そこでサイレスは言葉を切った。

「2個目は別の店で発見した。ところで、今、捜査隊が昨日盗まれたオルゴールを見つけた場所はわかるか?ハイレイ伯爵」

 ハイレイ伯爵の体は震え、歯もガチガチと音を立てている。

「言えないようだからオレが言おう。ハイレイ。お前の邸に捜査隊が入っている。ちょっと泳がせたら、とうとう国の信頼に関わるものに手を出したな」

「ハイレイ!!」

 ブーリッツ侯爵が驚いたようにハイレイ伯爵を見た。

「隣の領地の宝飾品を扱う店に売りに来たのは、ハイレイ、おまえの家の家令だな。去年始めた事業が上手く行かず利子の返済に困っていたところ、オレが隣国の公爵家の令嬢と結婚すると知り今回の策を練ったんだろ?儲けたいわけではなく、金を返す為の金額だけで良いと。

 また運よくエメが大きな鞄で出掛けるもんだから、続けざまに二個目三個目と盗んだんだろうが。

 しかし、盗むだけではなく、何の罪もないエメに罪を被せようとするとは呆れた性根の人間だな」

「わ、私は知りません!あいつが勝手にやったことです!!」

「と言っているが、家令は何と言っている?」

「売りに行ったことを認めています。邸にある宝飾品を売るように伯爵や伯爵夫人に進言したものの中々聞き入れてもらえず、ある日伯爵がこれを隣の領地で売ってくるようにと置物を渡して来たそうです。

 金の鳥の置物など邸内で見たことはないと不審に思いながらも、どこかに隠し持っていたものかもしれないと指示に従ったと言っています。

 先代は他の貴族にお金を貸していたそうで、それでお金の代わりに受け取ったものかもしれないとも思ったそうです」

「嘘だ!私は知らない!知らないんだ!!」

「見苦しいぞ。ハイレイ」

「私は悪くない!そもそも、侍女がそんな大金を持っているのがおかしいんだ!!侍女なんぞが私より金を持っているのはおかしいだろ!!」

 ハイレイ伯爵がエメに掴みかかろうとするのを捜査隊が遮った。そしてのままその場にねじ伏せる。ハイレイ伯爵はおかしい!と叫び続け、それを人々は静かに見ていた。

「ブーリッツ侯爵。言いたいことはないか?」

 サイレスが静かに問う。それにブーリッツ侯爵は項垂れた。

「疑って悪かった。ハイレイ伯爵の話を聞いて、それをそのまま信じてしまった」

 その声は弱々しく小さい。

「それで謝ったと思っているのか?

 ハイレイも性根が腐っているが、おまえもだな。自分の欲望の為に、確認もせず他者を悪者にするとは」

「私はハイレイの話を信じただけです!」

「おまえに捜査権はない。勝手に侍従長にシルフィアの部屋やエメの部屋を捜索させたそうだな。捜査隊がおまえの話を聞き入れず、シルフィアの部屋を捜索しなかったのは、疑わしい人間が他にいたからだ。ハイレイの話を聞いておかしいとは思はなかったか?ハイレイとおまえは元々親しい間柄ではなかったはずだ。

 それに、おまえの話を鵜吞みにするような捜査隊の隊員はいない。聞いた話も全て自分たちで確認を取ってから行動する。

 正に愚行だな。そんなに娘を王太子妃にしたかったか?その為なら他の人間を傷つけて良いと思っているのか?」

「・・・・・そもそも殿下が娘を選んでくれていたらこんなことにはならなかったんです」

「次はオレのせいか?何事も人のせいにすれば楽だしな。責任を取らず誰かに任せ、楽をして得を手にする。美味しいところは自分のもの。そうではないものは他人に押し付ける。 

 おまえがそんな考え方だから、娘が選ばれなかったんだろ?引き際は肝心だぞ」

 サイレスの言葉に両膝をついたブーリッツ侯爵はシルフィアを見上げた。

「シルフィア様。申し訳ございませんでした。侍女にも疑いを持ち、誤った見解で糾弾したことをお詫び申し上げます」

 そう言って頭を下げたブーリッツ侯爵の肩は震えていた。それが後悔からくるものなのか、恥辱からくるものなのかはわからない。もしかしたら怒りかもしれないが、このまま反省してもらうしかない。

「置物の回収にかかった費用は全て、ハイレイ伯爵家が払うことと捜査隊長には進言してある。

 それから、勝手に行動したカリオロにも罰を与える。ブーリッツ侯爵に言われたことをそのまま行動に移すようでは、王城の侍従長に相応しいとは言えない。それこそ、いくら握らせた?金で事を動かそうとしたのはおまえだろ?

 シルフィアがマフィージ王国からここまで来る道中もおまえの領地では細心の注意を払った。できるだけ直轄地を通り、他の貴族の領地は通らない。万が一のことがあってはならないからな。それくらい、オレはおまえを警戒していたんだ。娘を王太子妃にする為に何かしでかす可能性があるとな。

 実際シルフィアの馬車を装った方にはおまえの領地を出る直前不審な連中が襲い掛かって来た。全てその場で対処しそいつらは投獄中だ。誰に雇われたかを調べている途中なんだが、何人も介しているからまだ辿り着けていない。

 そいつらは危害を加えるようには言われていない、怖がらせて国に帰らせる予定だったと言っているそうだ。それも怪しいものだな。ケガをさせなかったとしても、金品は盗んだかもしれないな。何人も人を介しているなから、そいつらの手に入る金は少ないだろうし。こんなことを考えるのはこの国でおまえしかいない。

 それだけに留まらず嘘を教える人間を作法の講師として寄こしたり、それでも上手く行かないと焦っていたところにハイレイから話を聞いて乗ったんだろ?」

 ブーリッツ侯爵はもはや動くこともできないようだ。

「蟄居せよ」

 ブーリッツ侯爵の体を抱えて立ち上がらせた捜査隊が去って行く。それに合わせて押さえつけられていたハイレイ伯爵も後ろ手に縛られ連れて行かれた。

「みんな、騒がせて悪かった!ということで、解散!持ち場に戻ってくれ!」

 サイレスの言葉に皆が頭を下げて去って行く。それを見送りながらシルフィアは安堵の息をついた。

「サイレス様。ありがとうございます」

「当然のことをしただけだ。それにしても、こんな公然とシルフィアに食って掛かるとは思わなかった。ブーリッツ侯爵も絡んで来たからやっかいなことになったな。

 すまない。今日捜査隊がハイレイ伯爵のところに捜査に入るからと安心していた。まさか侍従長に部屋を捜索させるとは思わなくて。嫌な気持ちにさせたな。エメも悪かった」

「私は大丈夫です。サイレス様は信じてくださると思っておりましたので」

「私もです。調べていただいても何も出てきませんので」

「それでも、罪をなすりつけられるところだったんだから間に合って良かったよ」

 そう言ってサイレスはシルフィアの頬を撫でた。

「申し訳ございませんでした。私が事を荒立ててしまいました」

 ルーラががばりと頭を下げた。そんなルーラの肩に手を置くと、シルフィアは笑いかけた。

「良いのよ。大勢の前ではっきりさせることができたから。もしサイレス様の捜査が遅れていたら変な噂を流されていたかもしれないもの」

「ありがとうございます。でも、無謀なことをしてしまいました。反論の材料があったから良かったようなもので、下手をするとより悪印象を持たれたかもしれません。今後勝手な行動はしませんので、どうかこのままシルフィア様の侍女を務めさせてください」

「もちろんよ。ルーラは私の代わりに怒ってくれただけ。カリオロが捜索に来た時に、はっきりと断らなかった私がいけなかったの。ちゃんと誰の指示で来たのか聞けばよかったわ。

 この国の人たちによく思われたくて何でも受け止めていただけ。本当の意味で良く思われるためには、時には自分の意見もはっきりと言わないとね。私も反省しないと」

「今回の事を念頭に、しっかり反省いたします。捜査隊にも迷惑をかけてしまいましたし」

「そうね。その道の専門家に任せるのが一番良いわ。ルーラが私の大切な侍女として働いてくれているのと同じように」

「シルフィア様」

「だってそうでしょ?捜査隊は私の侍女なんてできっこないもの」

「ふふ。そうですね。絶対にできませんね」

 やっとルーラの顔に笑顔が戻るとエメも安心したようにその姿を見ている。

「エメ。あなたの名前が変に噂をされるかもしれないわ。貴重品は私の部屋に置いておいた方が良いんじゃない?」

「大丈夫ですよ。巧みに隠してありますから。それに、寮は女性しか入れません。しかも、王太子宮の関係者のみなので、おかしなことをしたら誰か直ぐわかるんじゃないですか?」

「なら安心ね。でも、絡まれたりしたら言うのよ。私が釘を刺しに行くから」

「その時はよろしくお願いします」

「エメなら速攻撃退しそうだな」

 そうだそうだとみんなで笑っていると、咳払いが聞こえ振り向くとロベリオが困った様に立っていた。

「さあ、後は捜査隊に任せてシルフィア様たちは部屋に戻ってください。サイレス殿下は仕事です。処罰の検討をしなくてはなりませんからね」

「わかったって。今行く。シルフィア。じゃあまた後で」

 名残惜し気にサイレスが去って行くのを見送りながら、シルフィアは頼もしい後姿に更に愛しさが増していくのを感じていた。

 

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