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王妃主催のお茶会に出席する

 あっという間に王妃主催のお茶会の日を迎えていた。

「シルフィア様。本日もお美しいです」

 エメが鏡の前に立つシルフィアを見ながら頷いている。

「とてもお美しいです。でも、本当に水色のドレスにしなくてもよろしかったのですか?」

 ルーラの問いにシルフィアは笑顔で頷いた。ルーラとエメは水色のドレスをサイレスの瞳の色に合わせようと選んでくれたのだが、シルフィアは違うドレスを自分で選んだ。

 若草色のドレスはドレープがたくさんあり、おとなし目の色合いの中に若々しさが感じられるデザインだ。胸元にはレースがあしらわれ、スカート部分の後ろ側にもレースが裾まで縫われている。首と耳の飾りはエメラルドで統一し、髪はハーフアップにして髪飾りに生花を使った。これはルーラが王太子宮に咲いている花を摘んできてくれたものだ。生花を使いたいというシルフィアの要望に応えてくれたのだ。その白い小花をいくつも髪にさしている。

 王城庭園で行われる王妃主催のお茶会なのだから、目立ち過ぎず、それでいて爽やかさを出したいと選んだ装いにした。

 そして、今日水色のドレスを着るつもりは初めからなかった。サイレスの色を着るのはサイレスの隣に立つ時。サイレスに見て欲しい時にしたいと二人に伝えた。それ以外で着れば主張が激しいと思われると判断したのだ。二人はシルフィアの意思を尊重し、シルフィアが選んだドレスに合うようにその他を揃えてくれたのだ。

「ありがとう、二人とも」

「シルフィア様の藍色の髪に、小花が映えて清楚さが増しましたね」

「今日のドレスには、大輪の花より小花がお似合いになられると思ったんですが、大正解でした」

 満面の笑みのルーラはシルフィアの専属侍女になったのが嬉しくてしょうがないらしい。侍女専門学校を上位の成績で卒業しながらも、王城勤めをせず、王家の領地にある城の侍女を選んだのには事情があるらしい。

 ルーラが言うには、家族との関係が上手く行っていないそうだ。父と義母。そして腹違いの弟。商家の家に生まれたものの、家にいるのを苦痛に感じていたそうだ。疎外感がずっとあったらしい。父親からの愛情も感じずられず、母方の祖父母に可愛がってもらっていたこともあって、祖父母が住んでいる別荘がある王家の所領に就職したそうだ。

 そもそも実家の商家は母親が継いだのだ。父はそこに婿入りしたのだが、ルーラが10歳の頃母が急逝した後、間もなく義母がやってきて、祖父母は他に継ぐ人間もいなかった為、そのまま父に経営を任せ隠居した。その際に、祖父は後々店を継ぐのはルーラとその時父親と約束を交わし、ルーラにもそのことを伝えていた。

 それからというもの、家を継ぐのは自分と思い勉強していたルーラだったが、父親と義母の態度から、将来を変更せざるを得ない状況になったそうだ。そして祖父母に相談し、違う将来を考え、そんな中目指したのが侍女だった。

 王妃が城下の視察に来たのに遭遇し、その時に後ろに控えていた侍女を見て、自分に合っているのは侍女ではないかと思ったそうだ。誰かを引き立たせる仕事の方が向いていると。

 侍女専門学校に行くと言ったルーラに父は満面の笑みで許可を出した。しかも通える距離にも関わらず寮に入るように言われ、ルーラはそのまま従ったのだ。

 ルーラが卒業する頃に、祖父の体調が悪くなり、ルーラは一旦祖父母の為にブルーラ領での就職を決めた。侍女であるのには変わりはないし、王家の所領の為、転属を願い出れば王城勤務になれると聞いていたからだ。そして、それを伝えた時、父はまた満面の笑みで了承した。まるでルーラが王都からいなくなることを歓迎してるかのように。

 そして、祖父母を看取り、そろそろ王城勤務に変更しようかと思っていたところに、サイレスから王太子妃専属侍女にと選ばれたのだ。王太子妃専属侍女になるということは、いずれ王妃専属侍女になるということだ。憧れの職務に就けることになり、ルーラは喜び勇んで王都へと戻ったらしい。

 久しぶりに会った父親は、王太子妃専属侍女に決まったルーラにこびへつらう姿勢を見せた。祖父母の葬儀にも来なかったくせにとルーラは怒りしか湧かなかったそうだ。任されていた店も傾き始めており、高給な王太子妃専属侍女になったルーラに家から通うように言ってきた。ルーラはそれを断り、親子関係を断絶することを宣言したそうだ。

 その為、ルーラはシルフィアに忠誠を誓い、天職だと言っていつも楽しそうに仕事をしてくれている。明るい性格のルーラは近衛騎士や他の侍女、文官とも屈託なく会話を交わしている。エメもそれに影響されて、積極的に他の王城勤務の人たちと交流するようになり、シルフィアはそれが嬉しかった。

 隣国までついて来てくれたエメに苦労はさせたくない。日々の生活が潤うようにとシルフィアは願っている。

「さて、そろそろ向かいましょう」

 シルフィアはフローラの元へと向かった。


 王妃主催のお茶会は王城にある庭園で行われ、招待された貴族の夫人や娘が出席する。人々が集まったあと、王女であるフローラが入場。最後に王妃が入場といった順番だ。シルフィアはフローラと一緒に入場するように言われている。その為、フローラと一緒に控室にいた。

「シルフィア姉様のドレス、素敵ね。とても似合っているわ。敢えてその色を選んでいるのがさすがって思っちゃう」

「ふふ。フローラのドレスも素敵ね。似合っているわ。花の精霊かと思うほどよ」

「ありがとう。でも、少し子どもっぽくない?」

「そんなことないわ。とても似合ってる」

 フローラはオレンジ色のドレスを着ていた。全体に黄色の糸で花模様の刺繍がされており、赤い髪がそのドレスによく映えている。桃色の唇も相まって、花の精霊のようだ。

「そろそろ時間ね。シルフィア姉様なら大丈夫だと思うけど、何か嫌なことを言われても放っておいてね。言って来る人たちなんてほとんどいないでしょうけど、いてもシルフィア姉様には敵わないから」

「ありがとう。そう言ってくれると自信が出るわ」

 シルフィアは呼びに来た侍女の後ろをフローラと歩いた。


 庭園へと繋がる扉が開くと一気にたくさんの視線が浴びせられるのを感じた。どんな人間が王太子の婚約者になったのか気になるのだろう。それは当たり前の心理で、シルフィアが逆の立場であっても視線を向ける。

 色とりどりのドレスを纏った人たちが向けて来る視線の中には、好意的ではないものが含まれているのを自然と感じた。それは今まで感じたことのない感覚で、一緒に歩くフローラをちらりと見ると、気にするなという視線を返された。

 所定の位置に立つと、いよいよ王妃の登場だ。刺さる視線を気にしないようにと意識しながら歩いて来る王妃を見つめた。

 そして全員の前に立った王妃に最上の礼をした。それは全員が行うもので、王族に向けての礼なので、先程フローラと一緒に歩いて来たシルフィアもされたのだ。しかし、中には最上の礼をしながらも視線をシルフィアに向け、品定めをするかのような人や、明らかに不満気な視線も含まれていたのだが。

「皆さん、今日はようこそ。楽しい時間を過ごしてくださいね。その前に紹介するわ。シルフィア、前に」

 王妃の言葉でシルフィアは王妃の前に立つと再度最上の礼をした。もちろん、それはプロレン夫人から習ったものではない。シルフィアがマフィージ王国で練習したもので、初めて王妃に会った時に完璧にできていると言われたのを信じたのだ。

 プロレン夫人から受けている指導はどこかおかしいと判断し、シルフィアの独断でやったことだ。ルーラもプロレン夫人が間違っていると言っていた。しかし今の主流が変わっているのかもしれないとも考えた。

 けれど、シルフィアは王妃とルーラの言葉を信じた。それはもちろん、プロレン夫人より二人が信用できるからだ。そんなプロレン夫人は会場のどこかにいるはず。明日会った時に怒られるかもしれなと思いながらも、従うことはできなかったと伝えるつもりだ。

「この度はお招きいただきありがたき幸せにございます」

「シルフィア。顔をあげなさい。そしてこちらへ」

 シルフィアが顔を上げると王妃に手を取られて隣に立たされた。それにざわめきが起こる。

「皆さん、サイレスの婚約者で、マフィージ王国筆頭公爵家の長女シルフィアよ。私の義娘になるのだからよろしくねお願いね」

「王妃殿下。おめでとうございます。結婚式が待ち遠しいですね」

 口火を切ったのはリーロットの隣に立つ女性だ。年齢からいってリーロットの母親だろう。その後もあちこちから祝辞が述べられる。

「皆さんありがとう。さあ、立ったままなのはそろそろ疲れたでしょう。シルフィアの紹介が終わったからお茶会を始めましょうか」

 王妃が席に着くと全員がそれぞれの席に座るのが見えた。王妃の机の周りはリーロットの母親やその他の夫人たちが座っている。シルフィアはフローラとリーロットに挟まれ、その他は同じ年代の令嬢たちだ。他の机にも世代ごとに席が決められているようだ。

「シルフィア様、今日のドレスも似合ってらっしゃるわ」

 リーロットが話し始めた。

「ありがとう。ねえ、私の最上の礼はちゃんとできていたかしら?」

「もちろんよ。完璧だったわ」

「それなら良かった」

 シルフィアは笑いかけた。

「シルフィア様、ご挨拶させてください」

 同じ机に座る他の令嬢たちが声をかけてくれる。皆高位貴族の令嬢らしく、穏やかに話し、シルフィアを歓迎してくれた。フローラが親し気にシルフィアに話しかけるので、王家からの信頼も厚いと感じたのか、しばらくすると他の席に座っていた令嬢たちも挨拶に来た。

 それに一人一人丁寧に挨拶を返し、しばし談笑を交わす。折角のお茶を楽しむ暇もない程で、概ね好意的に接してくれているのを感じ、シルフィアはこっそり安堵の息を吐いた。

 しかし、それも束の間。フローラが化粧直しで席を離れた隙に3人の令嬢がシルフィアを取り囲んだのだ。

「私が王太子妃になる予定でしたのに、隣国の貴族の娘だなんて、厚かましいにもほどがあると思いませんの?」

 そう言ったのは水色のドレスを着た令嬢だ。なるほど、これがリーロットたちが話していた人かとシルフィアは見上げた。立つことはしない。

「あなた失礼ね。いつものことだけど、一体何を言っているの?サイレス殿下がシルフィア様を妃にと望望まれたのよ。あなたは選ばれなかった。そんな簡単なことをいつまで経っても理解できないなんて、あなたの頭の中はどうなっているのかしら?それにあなたが王太子妃になる予定なんて一つもなかったわ。勝手なこと言わないで」

 言い返したのはシルフィアではなくリーロットだ。それに同じ机の他の令嬢たちも頷いている。

「あら、どんな言い方をしても厚かましいでしょ?マフィージ王国の王女ならともかく、ただの貴族の娘じゃない。どうやってサイレス殿下に言い寄ったのかしら?もしかしてサイレス殿下の部屋に忍び込んだの?」

「あなたねえ!」

 リーロットが冷たい視線を女性に向ける。

「だってそうでしょ?中々婚約者をお決めにならなかった慎重なサイレス殿下が急に婚約だなんて。マフィージ王国では既成事実を作って婚約へと持って行くのかと思うじゃない?」

 シルフィアは座ったまま女性を見上げると笑みを浮かべた。

「サイレス様の婚約者のシルフィアです。あなたはどなたですか?お名前がわからない事にはお話もできませんわ」

「私を知らないだなんて、この国の王太子妃になる資格がないんじゃなくって?」

「ごめんなさいね。当主の方のお顔と名前は全て覚えたんですけど、お子様のお顔までは覚えておりませんの。貴族年鑑にも載ってませんし。あなたは公爵家の関係者の方かしら?」

 相手がムッとしたのがわかった。どの公爵家にも娘はいない。敢えて関係者と言ったのは、遠縁なのか?と問うたのだ。もちろん目の前に立っている女性たちは誰も公爵家の縁戚ですらないのはわかっている。

「違うわよ!でも私を知らないだなんて!リーロットさんは私の事を教えてないのかしら?」

「何故私があなたのことををシルフィア様に教えないといけないのかしら?シルフィア様とは既に旧知の友のような関係だけど、同じ話をするならもっと有意義な話をするわ」

 冷たいリーロットに声にも動じず女性が目を吊り上げる。

「はっ!旧知の友ですって?ついこの間この国に来たばかりじゃないの。

 良いわ、教えてあげる。私はブーリッツ侯爵家の長女アリータよ。そして真のサイレス殿下の婚約者でもあるわ!」

「アリータさんよろしくね。でもおかしいわ。サイレス様から別に婚約者がいるだなんて聞いてないもの

「そうよ。勝手なことを言わないで。サイレス殿下が迷惑をしているっていつになったら気づくの?」

「あら。どこから見ても私の方が相応しいじゃない。今日だってそんな色のドレスを着て。サイレス殿下の婚約者なら私みたいにサイレス殿下の目の色のドレスにするべきだわ。あなたはそんな自信がないから着ていないんでしょ?」

 勝ち誇ったようにアリータが言う。案の定この水色のドレスはサイレスを意識したものだったらしい。

「私はサイレス様の隣に立つ時にのみサイレス様の色を身に着けることにしているの。その方がサイレス様がお喜びになられるから。赤いドレスもそうね。でも、サイレス様は何を着ても褒めてくださるけれど」

 暗に惚気てみせるとアリータの顔が真っ赤になった。サイレスが何を着ても喜ぶという言葉に反応したのだろう。寧ろアリータは浅はかにもサイレスの目の色を身に着けている自分に酔っていたのかもしれない。

「それに、このドレスはサイレス様が選んでくださったドレスなの」

 シルフィアの言葉に辺りが騒めいた。

 そうなのだ。今着ているシルフィアのドレスは、マフィージ王国で過ごしていた時にサイレスが見つけたものだ。洋品店の店頭に飾られていて、きっとシルフィアに似合うと言ってくれたのだ。試着をするとサイレスが似合うと褒めてくれ、そのまま買おうとしたのを止めたほどだ。シルフィアには少し丈が長かったのだ。

 その為後日、洋品店で採寸してもらい、シルフィアのサイズできちんと作ってもらったものを着ている。

「そうなの?シルフィアによく似合っていると思ったらサイレス殿下が選ばれたものなのね」

 リーロットが納得がいったと頷いている。

「何?自慢しているの?そんなの私には通用しないわよ。今の話だって本当かどうかなんて誰もわからないじゃない?あなたが勝手に言っているだけでしょ?そうなんでしょ?

 そんな妄想までして。恥ずかしくないのかしら?クレメンタール王国にはクレメンタール王国のやり方があるんですのよ。あなたはそれをわかっていないわ」

「わかっていないのはどちらかしら?みんな知っているわよ。あなたが第一王子と婚約したがっていたのを。よく恥ずかしくもなくサイレス殿下の婚約者は自分だなんて言えるわね」

 静かにリーロットが怒りを込めて言っている。すると別の女性も言い始めた。

「そうよ。学院時代もずっと第一王子に接近しようとしていたわ。サイレス殿下が王太子になった途端態度を変えるなんてねえ。見ているこちらが恥ずかしいわ」

 アリータの顔が更に赤くなっていく。側に立っている女性たちはどちらに付こうかとオロオロとしはじめていた。

「公爵家に娘がいなければ侯爵家から選ばれるの。侯爵家の中では私が適任だもの。当然じゃない」

「そんな決まりはないわ」

「あら、王妃殿下も側妃殿下だってそうでしょ?だから私が選ばれるのが当然なのよ。第一王子でも第二王子でも、王太子になった方に私が嫁ぐ。当たり前のことでしょ?」

 恥ずかしくもなくよくこんな話ができるものだとシルフィアはアリータを見つめた。侯爵家の娘は数名いる。今一緒に座っている中にもいて、既に皆婚約者がいる令嬢ばかりだ。もちろん、中にはサイレスの婚約が決まってから婚約者を決めた人もいるらしいが、誰一人、サイレスの婚約者にシルフィアがなることを反対していなかった。

 寧ろ、隣国の筆頭公爵家の娘と結婚するサイレスに好意的な発言をしていたほどで、やっとこれで貴族たちが落ち着くとか、マフィージ王国の筆頭公爵家の名はクレメンタール王国にも伝わるほどなので、その娘であるシルフィアに好意的な意見もあった。シルフィアの家はクレメンタール王国に色々輸出している為、その名を知っている人も多いのだ。

「そんなことを思っているのはあなただけ。よく見てご覧なさいな。ご友人も戸惑っているわよ」

 アリータが振り向くと一緒にいた女性たちが俯いた。

「この子たちはシルフィアさんを憐れんでいるのよ。サイレス殿下は直ぐにお気づきになって、私を選んでくれるわ」

「何に気付くのかしら?」

「王太子妃に相応しいのは私だってことをよ。当たり前じゃない。見なさいよ。私の方が美しいと思わない?それに、シルフィアさんは自国の王子に婚約破棄されたんですってね。

 あなたに魅力がないからそんなことになったんだわ。それを顧みずに隣国の王太子に近づくなんてはしたないって思わないのかしら?」

「誰がはしたないの?」

「もちろんシルフィアさんよ」

「私はそうは思わないわ。シルフィア姉様は魅力的で素晴らしいもの」

「そうそう。シルフィア姉様・・・」

 ハッとしてアリータが振り返ると、そこには鬼の形相のフローラが立っていた。

「フローラ王女殿下!」

「何?私がいない間に面白そうな話をしているじゃない?」

「お、おもしろ・・・・」

「だってそうでしょ?あなたと違って、私はシルフィア姉様を見つけたお兄様は見る目があると思ったわ。初めて会った時にそう思ったの。洗礼された身のこなし。堪能なクレメンタール語。知識量も見習いたいほどよ。

 マフィージ王国の王子が見る目がなくて良かったと思ったわ。やっぱりお兄様は凄いって改めて思ったの。それで、アリータさんは何を言いたいのかしら?

 私、いつも思っていたの。あなたって何がしたいのかしらって。だって王太子妃になるってことは、誰よりも国民のことを考える存在にならないといけないのよ。いずれ王妃になるんだから。

 でも、あたなの成績ってねえ。聞いた話では学院でも真ん中より下だったんですってね。他の侯爵家の令嬢の方が、あなたより成績も良くて、人から好かれていたって聞いているわ。

 ねえ。何故あなたって自分が選ばれるなんて思っているの?」

「そ、それは・・・」

 アリータはそう言ってシルフィアを見た。

「アリータさんは王太子妃になって何をなさりたいの?

 私は、サイレス様に婚約の話をされた時、正直怖かったわ。だって、いずれ王妃になるんですもの。とても大変なことよ。王子妃とは比べ物にならないほどなの。その重圧に耐えられるだろうかとも思ったし、私で務まるだろうかとも悩んだけれど、サイレス様が私が良いとおっしゃってくださったの。そして一緒にやって行こうって。

 だから決心したの。サイレス様をお支えするって。もちろん、それは公務もそうですけど、クレメンタール王国を良くして行こうという思いは、あなたよりあるつもりよ。それくらいの覚悟でサイレス様のお気持ちをお受けしたの」

「私だってそうよ!サイレス殿下を支えるのは私なの!」

「だったら臣下として支えなさい。お兄様の隣はあなたの場所ではないわ」

 辺りが静まり返る。それだけフローラの言葉は重い。ふと見た王妃はシルフィアを見て頷いた。

「私はサイレス様の寝室に無断で入ったことなどありません。マフィージ王国に滞在中に宿泊施設を訪れたこともありません。

 いつも護衛の方たちなどの人目のある所で会っていました。疚しいことは一つもありません。それを信じるか信じないかは、皆さんにお任せします。

 けれど、私はサイレス様の隣にあり続けるために、如何なる努力も惜しみません。そして、クレメンタール王国の人間になると決めました。もし、マフィージ王国とクレメンタール王国の間で争いが起こったとしても、私はクレメンタール王国と共にあります。

 あなたが、どのような考えで、王太子妃に自分は相応しいと思ってらっしゃるのかはわかりませんが、もし本当に王太子妃に相応しいのであれば、今の状況を理解できるのではありませんか?」

「な、何よ。私は私が相応しいと言っているんだから相応しいのよ。お父様も言っていたもの」

「お母様は来られてますか?」

「お母様はずっと領地にいるわ。それが何よ」

「いえ、侯爵夫人なら、今の状況を把握できるかと思ったのですが、いらっしゃらないならアリータさんの言動も頷けます」

「だから何なのよ!」

「あなたの発言は、ブーリッツ侯爵家の発言として捉えられるということを理解していますか?もう幼い子どもの言ったことと笑って済まされる年齢ではありませんよね?

 今、ブーリッツ侯爵家は、王太子殿下であるサイレス様のご意思を否定すると言っているのですよ?そして、私とサイレス様の婚約は陛下がお認めになったことでもあります。

 なので、陛下のご判断も否定しているのと同じです。この婚約にどれだけ不満があろうとも、陛下が決められたことに反するとういうことは、忠義に欠けると思いませんか?

 もちろん、議会などで活発に意見を交換されるのは重要なことですから、どんどん意見を言えば良いと思いますけど、ここは議会ではありません。王妃殿下主催のお茶会です。

 その場でそう言った発言をされるという意味を理解できないような方に、サイレス様の隣を譲るわけにはいきません」

 真っ直ぐアリータを見据えると、アリータが一歩下がったのがわかった。それでもシルフィアを見る目は怒りに燃えている。

「わ、私は陛下のご判断が間違っていると言ってはいません」

「では何をおっしゃているのですか?」

「陛下は、マフィージ王国の筆頭公爵家から持ち込まれた縁談を断れなかったのですわ!だからお認めになられたのです!」

「あなたがさきほど自分でおっしゃったことをもう忘れましたか?私は隣国の貴族の娘なだけなのでしょう?ただの隣国の貴族から縁談を持ち込まれても、陛下は断ることができる力をお持ちですよ」

「だったら何故あなたが選ばれたっていうのよ!本来は私が選ばれるはずだったのに、それをなくしてでもあなたを選ぶ理由がないわ!」

「そういったところではありませんか?」

「はあ?!」

「ですから、そういったところです。あなたに王太子妃は務まらないと判断されたのでしょう。ですから選ばれなかった。それだけです」

「だったらあなたは務まるっていうの!?完璧なわけ?誰だって初めは不慣れなものじゃない!まるで自分は何でもこなせるみたいで、厭味ったらしい性格ね!」

「少なくともあなたよりは務まると思いますよ。けれど、私は完璧ではありません。まだまだ勉強しなくてはならないことがたくさんあります。それでも、王太子妃になれるように努力をしますし、認めてもらえるようにも努力します。

 そして、何より、他者の話をきちんと理解して聞くという点ではあなたよりできるでしょうね。あなたは現状すら把握できていないようですので」

「現状なら把握しているわ!目の前にいるあなたが、私から王太子妃の座を奪ったってことでしょ!」

「いいえ、私はあなたから奪った覚えはありません。婚約者がいなかった王太子殿下の婚約者に選ばれただけです。そもそもあなたは選ばれていませんよね?」

 隣でフローラが肩を震わせている。

「選ばれる予定だったのよ!それをあなたが邪魔をしたんじゃない!」

 まだ食い下がるかとシルフィアは呆れを通り越して感心した。周囲に視線をやれば、アリータとシルフィアのやり取りを皆が見ているのがわかった。こんな大声で言えば、王妃の机にも丸聞こえであることに何故気づかないのだろうか?シルフィアに疚しいことはないので売られた喧嘩は買うだけだ。

 フローラは放っておいて良いと言っていたが、そんな問題では済まされない状態だ。小さく嫌味を言われるくらいを想像していたのだが、こんなに堂々と言って来るとはさすがに思わなかった。

 これは確かに厄介だ。リーロットやフローラが怒っても仕方がない。何故こんな思考になったのかと思うほどで、そもそも王妃のお茶会で相応しい話でもない。

 文句があるなら直接言って来れば良いと思っていたが、予想をはるかに越えるアリータの言動に、粛々と言い返すしかない。サイレスの隣を譲る気などそもそもないのだから。

 シルフィアが話を止めたことを好機とでも思ったのか、アリータが更に自分が選ばれるのが当然だとまた捲し立てて来る。そこへ来たのはリーロットの母親であるメリッサだ。

「あなた、先程から聞いていると何を言っているの?王妃殿下がお困りなのも気づかないのかしら?周りを見てご覧なさいな。誰もあなたに同意している人はいないわ。

 それにね、王妃殿下があなたのお父様に伝えたはずでしょ?婚約者は陛下がお決めになるって。サイレス殿下の婚約者として選ばれたのはシルフィアさんよ。いい加減控えなさい」

 穏やかな言い方ながらも声は冷たい。メリッサは王妃の最側近だ。他の侯爵家夫人より余程影響力がある。そんなメリッサに言われてはアリータも引くはずと思ったのだが、そうは行かないのがアリータのようだ。

 つかつかと王妃の元に歩いていくと最上の礼をした。

「王妃殿下にあられましては、本日もご機嫌麗しゅうございます。ブーリッツ侯爵家の長女である私からご進言致します。王太子殿下の婚約者に相応しいのは私でございます。どうか陛下にお伝えください。シルフィアさんとの婚約を破棄して私と婚約した方が良いと」

 どこからか図々しいという声が聞こえてくる。王妃はそんなアリータを見て小首を傾げると口を開いた。

「麗しくなんてないわ。だってあなたが台無しにしたのだもの。折角可愛い義娘を紹介できたのにこれはどんな茶番かしら?

 あなたは選ばれなかった。あなたは相応しくないと判断されたの。親子揃って一体いつになったらこんな簡単なことを理解できるのかしら?」

 さっとアリータの顔が青くなる。王妃の言葉を聞くまで何も思わなかったのだろうか?こんな状況把握能力では到底王太子妃は務まらない。

「王妃殿下、」

「もう良いわ。席に戻りなさい。今日は大目に見てあげる。シルフィアに感謝することね。シルフィアの覚悟をこの場にいる人が聞くことができたから、私はそれで満足だわ」

 王妃はそれだけを言うとカップを手にした。もう話さないという意思表示だ。リーロットが席を立ちアリータの元へと向かった。そして手を掴むと声も出せないアリータを席に誘導する。そのままそこに立ったままにするわけにはいかないからだ。

 誰かが場を動かさなくてはならない。リーロットはそれをわかっているのだ。アリータは座ると静かになった。そんなアリータを他所に、先程までアリータの味方のように付いていた令嬢二人がシルフィアに声をかけてきた。

 あなたたちも同じなんだけど、と思いながらもシルフィアは相手をした。これからこの国の社交界で上手くやって行く為には敵は少ない方が良い。

 表立ってアリータが異議を唱えたが、他にもシルフィアを認めていない人がいるのは、入って来た時の視線の数でわかっている。たった三人であんなに刺さるような視線を感じるものではない。

 それでも今回の事でそんな人は減るだろうとシルフィアは思った。明確に王妃が異議を認めなかったのだから。

 いくら人前に出ることを嫌う王妃でも、発言力がないわけではない。公務もしているし、舞踏会などで陛下の隣に立つのは王妃なのだ。王妃が認めた息子である王太子の婚約者。それだけで異議は唱えにくい。ましてや同じ机にいる令嬢たちを含め、多くの人たちがシルフィアを受け入れたのだ。ここで異を唱えるなど、無理な話なのだ。

 そもそも、お茶会の最初に王妃が義娘と呼んだことによって、それを理解しなくてはならない。そんな世界なのだ。

 シルフィアはその後、楽しく会話をしながら今回のことで得たものは大きかったと最後にフローラに囁いた。

 

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