王女たちとのお茶会
サイレスとの朝食を終えたシルフィアは、ルーラの案内で王城を見学していた。といっても、今の段階でシルフィアが入ることが出来る場所は限定される。
まず、城内の三階にある広い図書室に案内され、司書と挨拶を交わした。これからは図書室内の書物を自由に読んで良いそうだ。もちろん持ち出しも可能だ。
その後は庭園。庭園はいくつかあり、場所によって植えられている植物が違っていて面白い。一面花畑の前庭園の他に、緑の木々がバランス良く植えられ、木陰で休むことができるようになっている場所もあった。そちらも季節によっては薄桃色の花が咲き人気があるそうだ。
他にも、低木の間にガゼボがいくつか設置されている庭園もあり、そこでは王城勤務の人たちが談話していた。
ルーラによると、小さな会議などを行っている人たちもいるそうだ。軽食を口にしながら雑談的な打ち合わせなどもあるらしく、利用者は意外に多いらしい。天候のいい日が多いクレメンタール王国ならではの会議の仕方だなと、感心しながら歩き、シルフィアに気付いた人たちが立ってお辞儀をするのに手を振って応えた。
そんな風に午前を過ごし、忙しいサイレスとは別に軽食を食べると、シルフィアは迎えに来たフローラと共に、ジンジャール侯爵家と向かったのだった。
「ようこそシルフィア、フローラ」
出迎えてくれたのはリーロットと執事だ。
「ごめんなさいね。母は急ぎの用事が出来てしまって領地に昨日の夕方向かったの」
「それは大変ですね。またの機会にご挨拶できれば嬉しいです」
「ありがとう。母に伝えるわ。さあ、行きましょう」
リーロットの案内で庭園に向かう。ジンジャール侯爵家の庭園には色とりどりの花が咲き、さわさわと風に揺れ、シルフィアを歓迎してくれているようだ。
「綺麗ですね」
「シルフィア姉様。これ、全部食用花なのよ」
「えっ?!」
「リーロット説明してあげて。シルフィア姉様は食用花を昨日初めて食べたのよ」
「まあ!そうなのね。これらは全て食用花を観賞用と食用との両方で植えているのよ。母が大好きで、摘みたてが一番香りも味も良いと言って育てているの。この花たちは年中次々咲くから、我が家で消費する分にはこの庭園の分で充分なのよ。
もちろん使用人たちもここから摘んだ花びらを食べているの。みんな新鮮な花びらを食べているから、外食をした時に食べる花びらサラダでは物足りないって言っているわ」
そう言って優し気な微笑みを浮かべたリーロットは、側の食用花を一輪手折り、花びらを一枚シルフィアに渡して来た。シルフィアは花びらを口に入れるとその違いにあっと声を上げた。
「確かに摘みたての方が香りがふわっと口いっぱいに広がりますね」
「そうでしょう?だけど結構手入れが大変なの。美味しい食用花を作るにはね。維持できているのは庭師たちのおかげなのよ」
そんな話をしているうちにガゼボに着いた。美味しそうな菓子がいくつも用意されている。これは昼食を軽く済ませて良かったと思いながら席に着く。
「では、今日という日に感謝して始めましょうか」
リーロットが言うとお茶が注がれる。ふわりと良い香りがし、一口飲むと、スッキリとした味のお茶だった。どの菓子にも合いそうだ。
「さっきの続きなんだけどね。うちは二つ領地を持っているの。そのうちの小さい方の領地は食用花の産地でね、あ、昨日母が行った方じゃないわよ。それでね、母が嫁いできて初めて父とそこに行っ時に、摘みたてを食べて、なんて美味しいんだ、って思ったんだって。
あまりにも感動して、帰りの馬車で何とかして常に食べられないかと考えた結果、父に、私を愛しているなら庭園の一部を食用花の畑にして欲しいって言ったらしいわ。
最初父は驚いたらしいの。庭園の花の育て方と食用花の畑では手入れの仕方が全然違うから」
「そうなんですね」
「でもね。父が帰って来て、直ぐに当時一緒に住んでいた祖父母に了承をもらって、一部どころか、庭の半分を食用花の畑にしたの。どうせなら邸に住むみんなが食べられた方が良いって。庭師たちも領地に行って管理の仕方とかを勉強して、まあ今の庭になったって感じよ」
「凄く愛を感じるでしょ?私この話大好きなの。叔父はね、財務大臣をしているんだけど、昨日会ったでしょ?顔、怖くない?いっつも顔を顰めているから小さい時はちょっと怖かったのよ。
でもね、その話を聞いてから大好きになったわ。叔父様みたいな人と結婚したいって」
フローラが目を輝かせて庭の花たちを見る。
「素敵な話です。でも私は侯爵様のことは怖くなかったですよ。渋くて素敵なおじ様って思いました」
「それはもう大人だからよ。5歳までは会う度に泣いていたわ。リーロットからその話を聞いてからそんなことなくなって、会う度に抱きつくようになったんだけどね」
「そうそう。いつもフローラは泣いていたから、父がフローラの変わりように驚いていたのを思い出すわ。フローラもサイレスお兄様もうちで生まれたの。サイレスお兄様は父に抱かれても笑っていたらしいけど、フローラはもの凄く泣いていたわ」
「それは赤ちゃんの時じゃない!」
「その後も5歳まで泣いていたでしょ?だからあの話をしたんだもの。父を好きになって欲しくて。本当は優しいのよって」
「まあそうなんだけど。今は大好きな叔父様よ」
微笑ましい話に自然と笑みが零れる。
「シルフィア姉様はどんな子どもだったの?」
「普通ですよ。でも植物公園に行くのは好きでした。サイレス様とも行ったんです。初めてお会いした次の日に。素敵な思い出ができました」
シルフィアはあの日を思い出し何だか既に懐かしいと感じた。
「まあ素敵!恋人と植物公園だなんて!」
「そ、その時はまだ決まっていたわけでは」
「そんなのもう決まったも同然でしょ?」
「まあ、私と私の家族はお受けすることをサイレス様にはお伝えしてあったのですが、陛下や議会が認めてくれるかわかりませんでしたし」
「でもお父様は直ぐに返事を送ったって聞いたわよ。私たちに聞きもせずに」
「そ、そうなのですか?」
「ええ。お兄様から早馬を使った手紙が来て直ぐに返信を出したの」
「どうりで。まだサイレス様がマフィージ王国にいらっしゃるうちに許可が下りたとお聞きして驚いたのです」
「私も驚いたのよ。父からお兄様から婚約者を決めたって連絡が来たって聞いて。でも、帰国したお兄様から話を聞いて、会うのが楽しみになったのよ。
それに実際会ってみて直ぐに仲良くなれるって思ったわ。シルフィア姉様が来てくれて良かったわ。クレメンタール王国式の挨拶も完璧だったし、クレメンタール語も堪能なのが直ぐわかったしね。これは相当勉強してきたなあって嬉しかったの」
「そうね。それはあるわね。私も話を聞いて楽しみにしていたの。同じ年だし、仲良くなれたらいいなあって思って。でもまずはサイレスお兄様の婚約者が決まって良かったわ。一番がそれよね」
「そうそう。驚いたけど、やったー!って思ったの。国外から来てくれる!って。しかもお兄様が自分で選んだから安心だし。私のお姉様がシルフィア姉様で良かったわ」
「私も。シルフィアで良かったわ。サイレスお兄様はやっぱり見る目があるわね」
「私少し心配だったのよ。誰になるのかって。臣下に押されて決めてしまわないかとか。絶対にあの人は嫌だったの」
「私も嫌だったわよ。おかしいじゃない。いきなりねえ」
不思議な二人の会話にシルフィアは首を傾げる。この話の内容では他に婚約者候補がいたように思える。そんなシルフィアに二人はシルフィの手を握ってうなずいた。
「先に話しておくけど、勝手にお兄様の婚約者気取りのご令嬢様がいたのよ」
なんとも皮肉な表現だ。
「そうなの。サイレスお兄様も、陛下も王妃殿下もフローラだって、議会ですら誰もそんなこと言っていないのにね」
「そうなんですか?」
「いずれ会うと思うけどっていうか今度のお茶会に来るわね。ブーリッツ侯爵家のアリータっていうんだけど、自分が王太子妃に相応しいってずっと言っていたの。
公爵家には年齢が合う女性がいないから私に話が来るのに決まっているって。実際にお母様も侯爵家だし、同じ状態で王太子妃になったから。当時も公爵家に年齢が合う女性がいなくて、他国から選ぼうと思ったけど条件が合う姫君がいなくて、侯爵家の中から選んだのよ。
そういった経緯があるから、今回もそうなるだろうって、まあ臣下たちも思っていたのよ。
でもね、アリータは王太子妃になりたいだけなの。お兄様が好きなわけじゃないのよ。もちろん、王族が恋愛結婚できる可能性は低いけど」
「そうなの。サイレスお兄様と同じ年なんだけど、学院時代もサイレスお兄様には見向きもしなかったったのよ。それより第一王子殿下に接近しようとしていたわ。
お二方とも立場の関係で、どちらが王太子になるか決まっていなかったから婚約者が決まっていなかったのよ。
だけど、第一王子殿下が有力と判断したアリータとその家族はずっとあちらばかり見ていたの。何年も前から婚約の申し入れを第一王子のお母様の側妃殿下にしていてね、何度も断られていたの。今はまだ決められないって」
リーロットが眉間を寄せる。
「お父様は王太子を決めるまで、どちらにも婚約者を決めるつもりがなかったのよ。やっぱり王子妃と王太子妃じゃ全然違うもの。やらなければならないことが圧倒的に違うから」
フローラが優雅にシルフィアと同じ苺のタルトを食べている。サクサクのパイ生地とカスタードクリームのタルトは香ばしく、甘酸っぱい苺とよく合っている。
「臣下はみんなそれはわかっていたの。それでどちらになるかっていうので派閥、まではいかないけれど、どちらとも同じような距離感を保ちながら、どちらになっても良いように動いている感じだったわ。それでも僅かに差があって、第一王子よりと、サイレスお兄様よりになんとなくわかれていたわね。
うちは当然サイレスお兄様よ。あからさまにはしていないけど、お父様にしたら自分の甥が王太子になる方がいいじゃない?当然だけど。弟が家督を継いだ後は、父の仕事も引継ぐだろうから、それを考えてもね。
まあ、どの家もいつ選ばれても良いように教育しながらも、どちらにも付いていない。それより、選ばれる前に他の人と婚約すれば、戦線離脱できる、っていう家もあったわ。いつ立太子されるかわからないのよ?行き遅れになる前に決めておきたい、って感じの人も結構いたのよね」
「リーロットは決まっているの?」
「ええ。侯爵家の跡継ぎの方と3年前に婚約したわ。私はサイレスお兄様とは従妹だから結婚はないし、だからといって第一王子に嫁ぐわけにはいかないって立場だもの。生まれた時から候補に入っていないわ」
「そうなのね。今度お会いしたいわ」
「もちろん。紹介するわね。真面目な人よ。不器用ながらも好きだって伝えてくれるのが可愛いのよ」
リーロットはふふと笑いながら嬉しそうだ。
「生真面目で律儀ではあるけど、可愛いねえ。私にはそんな風に見えないわ」
「それはそうよ。私にだけ見せてくれる姿なんだから」
「はいはい。いつもこんな風に惚気を聞かされるの。半年前からはお兄様にも聞かされるし。私もいい加減相手を決めないと。っていうか、アリータよ」
「そうだったわ。それで、第一王子に散々婚約を迫っておいて、サイレスお兄様に決まったらくるりよ。発表したその日に婚約の申し入れをしてきたの。あれだけ婚約の申し入れをしていたんだから、そんなに第一王子が良いなら王子妃で良いってならないの?って思ったわ。
でも違うの。王太子妃になりたいだけ。させたいだけ。恥も外聞もないわ」
「そうそう。お母様が怒ったの。そんなの珍しいんだから。
あちらの母親はお母様主催のお茶会なのに、側妃のマリアナ様にばかり話しかけていたくらいでね。マリアナ様もちょっと困ってらしたわ。勝手に決められないしね。それにおかしいって言っている人が多かったのよ。
でももし王太子妃になったらいずれは王妃でしょ?だから声高に批難することもみんなできなかったの。
それに他にも候補はいたのよ。それを悉くけん制して、自分の関係者の家の息子の絵姿を送ってそっちにしろとかもやっていたの。
お母様はお友達からそんな話を聞いて知っていたから、お兄様に申し入れして来た時には怒っちゃって。その日に断りの返事を出していたわ。読んで直ぐよ。直ぐ。お父様に確認もしなかったの。
一緒にいた時だったから、私も聞いたのよ。念のためお父様に聞いたら?って。でもお母様はそんなものは必要ないって」
「そんなことがあったんですね」
「そうなの。一応アリータの取り巻きもいるんだけど、私の方が身分が上でしょ?公爵家の娘で王妃の姪だもの。だから取り巻きたちを一睨みしたらだいぶ減ったんだけどね。
でも気を付けて。直接危害を加えてくることはないと思うけど、色々嫌味なことを言われるかも」
「ありがとう。気を付けておくわ。取り巻きの方のお名前とか後で教えてくれませんか?」
「もちろん。ちゃんと書面にして渡す準備はしてあるの」
「リーロット、さすがね」
「私だってやる時はやるの。シルフィアにはあの人たちを蹴散らしてもらわないと」
「頑張ってみます」
「本当に、シルフィア姉様を選んだお兄様に感謝しているの。
シルフィア姉様。思っている以上に凄いから気を付けてね。まるで自分が王太子妃に決まったかのように振舞ってたんだから。お父様も何も言っていないのによ。
王宮主催の舞踏会ではさすがに表立って言わないんだけど、お母さま主催のお茶会であれなんだから、他所のお茶会にいったらもっとよ。未来の王妃、みたいに取り巻きたちに言わせていたのよ」
「本当に。学院時代も、同じ学年にサイレスお兄様がいらっしゃるのに、周りに第一王子に嫁ぐのは自分って言っていたらしいわ。笑っちゃうわよ。サイレスお兄様だってそんなことちゃんと知っているの。それなのに何で選ばれるなんて思えるのかしら?
でも、学院時代、第一王子も王太子になるのは自分だって取り巻きたちに言っていたから。案外お似合いだったのかもね。
それに引きかえサイレスお兄様はそんこと言わなかったわ。ご友人たちにもね。逆に第一王子を立てていたわよ。それに自分はその方が自由に過ごせるって言って、城下で庶民のご友人をたくさん作っていたわ」
「美味しいお店をたくさん知っているのよ。今度連れて行ってもらうと良いわ。ちょっと驚くと思う。私も連れて行ってもらったんだけど、始めは驚いたもの」
「頼んでみます。城下には行ってみたいと思っていたんです」
「落ち着いたら行ってみると良いわ。ああ、楽しみ!シルフィア姉様がアリータをぎゃふんと言わせるのが」
「私も!ちょっと前までひれ伏せ、みたいな感じだったものね。ほとんどの令嬢が引いてるのに気付いてないのかしら?って思っていたわ」
「そうよ。マリアナ様がお父様に相談までしたの。あまりにも言って来るから。それで、お父様が、行動を控えるようにって通達したのに、大人しくしていたのなんて少しだけ。
しばらくしたらまたマリアナ様に会いに来たりするの。マリアナ様の兄のボートン侯爵も一緒になってやっているから困ったものよ。マリアナ様は追い返したくても兄が来たら断りにくいでしょ?」
「最近ボートン侯爵は大人しくなったのに、アリータはねえ。見てる方が恥ずかしいわ。
『私が王太子妃になったらあなたを専属侍女にしてあげても良くってよ』」
リーロットが声色を変えて言う。
「それは何ですか?」
「アリータの真似よ。爵位の低い家の令嬢たちにこんな風に言うの。どの方も曖昧に笑ってたいわ。はいともいいえとも言えないから。
はいと言えば、第一王子派。いいえと言えば、もし本当にアリータが選ばれたら困る。そんな感じ。
陛下は成長してから決めるって言っていて、臣下たちも国民もそれを理解していたの。陛下のご意向を尊重するって。
それをブーリッツ侯爵家とボートン侯爵家だけが勝手に動いてたの。先手必勝とでも思っていたのかしら?例え王太子妃になれなくても、第一王子をお支え致します、の方がまだ良いわよ。第一王子が好きなんだなって思うから。
でも違った。王太子妃になれるならどちらでも良かったのよ。そんな人が王太子妃になるなんてごめんだわ」
「私もよ。誰か良い人いないかなって考えていたの。でもお兄様は自分で見つけたの。
シルフィア姉様をね。話を聞いた時は、隣国の公爵家の娘ってどんな感じかしら?ってちょっと思ったの。でもお兄様が選んだのだから間違いはないって思っていたの。
帰国したお兄様から話を聞いたら安心したわ。まあ、聞きすぎて途中からもう良いって思ったけど」
フローラが思い出したのか苦笑いしている。
「勝手に二人でお祝いまでしたの」
「そうそう。祝杯を上げたの。まあ、お茶だけど」
「ふふ。そうね。お茶でね。しかもここでよ。フローラが急に来て話があるって言うから緊張したの。何かあったのかな?って。そうしたら素晴らしい話でしょ?
遠巻きにいた使用人たちが何事?って振り向いていたわね。手を叩いて喜んでいたから」
「お兄様から話を聞いているだけでも好きになったけど、昨日会ってもっと好きになったわ」
「私も。完璧なクレメンタール王国の最上の礼の姿には既に王太子妃としての気品があったわ。さすがサイレスお兄様!って思ったの。フローラに頼んであの場に呼んでもらえて良かったわ。
お父様はダメだって言っていたの。でもフローラが良いって言うし、伯母様も良いっておっしゃってくれたからお父様が折れたのよ」
二人が楽しそうにシルフィアを見て来る。歓迎してくれているのが伝わってきて嬉しい反面、これからの社交界に少し不安を覚えた。
シルフィアはクレメンタール王国に来たばかり。フローラやリーロットが味方してくれているとはいえ、納得していない人たちも大勢いるのではと思ったのだ。そんな中、シルフィアは戦わなければならない。もちろん、その戦いには勝たなければ意味がない。
足元を見られ、軽んじられることのないようにしなくては、サイレスにも申し訳ないし、期待してくれている二人にも申し訳ない。
「先に聞けて良かったです。対応できますから」
「ふふ。心配はしていないわ。大丈夫。私たちもいるし」
「そうよ。お母様も黙ってないわ。それに、選んだはお兄様だもの。何か言われたりされたりしたら、お兄様に報告してね。守ってくれるから」
「うーん。それはそれで・・・・。私の戦いは私で解決したいと思うんです」
その言葉に二人はにんまりと笑う。
「そうよね!やっぱりシルフィアは凄いわ。そう言うと思ったの」
「でも、どうしようなくなったら相談してね。アリータが何かしてくるかもしれないから。まあ、だからってアリータが選ばれるわけじゃないんだけど」
「そこがわかっていないのがアリータなのよ。だからあんななんじゃない」
「確かに。でも、シルフィア姉様なら大丈夫。
ああ。安心したらお腹空いてきちゃった。ジンジャール侯爵家のお菓子は美味しいからいつも楽しみなのよ。もちろん王宮も美味しいわよ。王太子宮も。王太子宮の料理人は王宮から異動した人たちなの。ずっと王太子宮は使われてなかったからね。
もちろんどちらも補充もしたし、腕の良い料理人ばかりよ。でもね、ここはほら。新鮮な食用花が食べ放題でしょ?それを使ったお菓子がまた美味しいのよ」
「これが私のおすすめ。食用花を使ったジャム。これをビスケットに乗せて食べたら美味しいの。試してみて」
シルフィアは渡されたビスケットを口に入れた。すっと花の香りが鼻に抜け、優しい甘さのジャムに顔がほころぶ。
「美味しい・・・」
「そうでしょ?新鮮な花で作って直ぐ食べるから、香りも抜群に良いのよ。こっちの焼き菓子には、花を蜂蜜漬けにしたものが入っているの。これもまた美味しいのよ」
「フローラったら。でも、うちの料理人をもっと褒めてあげて。フローラが美味しそうに食べるから作り甲斐があるって言っているわ」
「あら、だったらもっと食べないとね」
「そうそう。食用花にお湯を注いで作るお茶も美味しいから後で出すわ」
「それも美味しいの。色も綺麗だし。花の色によってお茶の色が違うのも良いんだけど、色々な色の花を混ぜて淹れるとまた綺麗な色になるのよ。不思議なんだけど。配分によって色が変わるから、毎回楽しみなの。
食べる分には良いんだけど、お茶は摘みたてでしか味わえないしね。王都で飲むにはここに来るしかないのよ。鮮度が落ちた花びらだと味も色も悪くて飲めたものじゃないわ」
「それは楽しみですね。これだけ流通していると、産地は多いんですか?私がこちらへ来る前に勉強していた時に読んだ書物には載っていなかったのですが」
「そうねえ。王都より南の領地は産地にしているところが多いわ。でも、どの領地も主力品ではないのよ。それよりも収穫が多い作物があったり、畜産があったり」
首を傾げながらリーロットが教えてくれた。
「例えば、牧場の周りを食用花の畑にするの。見た目も綺麗なんだけど、柵がなくても、不思議なことに家畜が花の外には出ないのよ」
「え!それは不思議ですね」
「でしょ?それに、同じように、主力作物の周りを食用花の畑にすると、なんと害虫がつきにくいの」
「それはまた、凄いですね」
「だから、どの領地も食用花の恩恵を受けながら作物を育てたりして、更にその食用花で利益を出す。南の領地はみんなそんな感じね。だから特産品とか名産とかの扱いにならないの。
王都は国全体の真ん中より少し下だから、国の約半分が食用花の恩恵を受けていることになるわね。
王家の所領もあちこちにあるけど、南にある領地は同じようにしているわ。王都までが食用花が育つ環境なの。王都より北で育てようとしても、ちゃんと育たないから、北の領地は他の方法を使うしかないってわけ。
だからシルフィア姉様が知らなくても不思議じゃないわ。クレメンタール王国では普通の事だし。研究は一応しているんだけど、何故かはまだ解明できていないの。
だから、みんな精霊の気まぐれのおかげって思っているわ。本当は研究が進んで北でも育てられたら良いんだけど、わからないものはわからない。気まぐれって思うしかないわ」
不思議な現象にシルフィアはただ驚くしかなかった。マフィージ王国には同じような食用花はない。茶葉に香り付けで花びらを入れたり、料理の彩りとして育てられているだけ。それらで利益が多く出る領地はない。
美しい花は、不思議な花でもある。正に精霊の気まぐれだ。
「ところで、シルフィア姉様はお兄様のどこらへんが良いと思ったの?」
急な質問に、シルフィアは思わずむせそうになった。
「そうですね。私がマフィージ王国の第二王子の婚約者だったのはご存知でしょうか?」
「ええ。聞いたわ。舞踏会でお兄様の目の前で破談になったのよね?」
知っていてくれて良かった。知った上で歓迎してくれていることに安堵を覚える。
「はい。五年前に婚約しましたが、関係が良好だったのは初めの一年だけでした。その後は良好とは言えない状態が続き、第二王子殿下に恋人ができたので婚約が白紙になりました。
私も私の家族もそれを望んでいたので、婚約が白紙になったことには問題はありませんでした。
良かったと思い、自由になったと喜んで。ただ、五年間何をして来たのかとと虚無感を覚えました。
なんとも言えない思いで第二王子殿下とやり取りをしていた時に、サイレス様から声をかけられたのです。
『オレのところに来い』と。驚きました。隣国の王太子殿下にそのように言われるとはと。私は王族ではありません。何代か前には親戚関係がありましたが今はありませんし。ただの貴族の娘です。隣国で認めてもらえると思えませんでした。
ただ、サイレス様がとても輝いて見えました。一瞬で魅了されたのだと思います。父はこの話を受けると決め、翌日サイレス様にもそうお伝えしました。
その後何度か一緒に出掛け、お話をさせていただき、サイレス様のお人柄に惹かれました」
「うん、それで?」
「お側にいさせて欲しいと思いました」
「キャ~~~!素敵!『側にいてくれ』。『お側にいさせてください』。私も言われてみたいわ!」
フローラが興奮気味で頬に手を当てている。
「フローラは逆の立場でしょ?フローラ殿下を側で守らせてください、とか」
「良いのよ。どっちでも。それにしても見る目の無い王子で良かったわ。おかげでお兄様はシルフィア姉様と結婚できるんだもの。
お兄様がね、その時のことを話してくれたの。初めて見た時に一目惚れしたけど、第二王子の婚約者って聞いて諦めるしかなくて残念に思っていたら、目の前で破談になったのを見て、慌てて声をかけたって。会えば会うほど、話せば話すほどもっと好きになったって。
だからどんな人なの?って聞いたら、まあしゃべるしゃべる。いつもはそんなに会話なんてしないのに、聞いたことを後悔するくらい聞かされたわ」
「私もそれを聞いて笑っちゃったわ。そんなサイレスお兄様の姿が浮かばなくて」
二人の言葉にシルフィアは恥ずかしさを覚え、どんな伝え方をしたのかと俯いた。
「恥ずかしがらなくて良いのよ。私たちは喜んでいるんだから」
リーロットが優しく声をかけてくれる。
「そうよ。あんなお兄様なんて見たことないから面白かったわ。でも、それより良かったって思ったの。お兄様が良いと思う人と結婚できるんだもの。
ああ、私はどうしようかしら。降嫁予定ではあるんだけど、できれば良いと思った人のところに嫁ぎたいわ」
「フローラは好みが煩いものね」
「何よ。ちょっとくらい夢見てもいいじゃない」
「はいはい。その夢が、白馬に乗った、精悍な顔立ちの騎士だものね」
「もう、バカにして。でも、白馬なんていないのよ」
「そこなの?一番が。白馬より、精悍な顔立ちが一番って言っている方がわかるわ」
「違うのよ。白馬が似合う、精悍な顔立ちの人が良いの」
「そんなの物語の中だけよ。フローラは意外と夢見がちなところがあるから」
仲が良いのが伝わる掛け合いにシルフィアは段々和んで来た。
「あの、うちの領地には何頭か白馬がいますから、一頭献上しましょうか?」
「「えっ!!」」
二人が同時にシルフィアを見た。そんなに珍しいことだろうか?シルフィアは何頭も白馬を見てきただけに、不思議な感覚に襲われた。
「おかしなことですか?」
二人がぶんぶんと首を振る。
「良いの?っていうかいるの?」
「はい」
「真っ白な馬よ?」
「真っ白ですね」
「見たい!物語の中にしかいないと思っていたわ!」
フローラがまた興奮してきたようだ。
「うちはいくつか領地があるのですが、そのうちの一つが馬を育てています。馬車用だったり、軍馬だったり。育てた馬のほとんどは、王家に売るか、高位貴族に売っています。クレメンタール王国にはいないのですか?」
「いない!黒馬がほとんどよ!あとは茶色」
「黒馬も素敵ですよ」
「白馬がみたい!見たことがないの!」
「では、父に連絡しますね。希少価値が高いということはありませんので、直ぐに対応してくれると思います」
そう言った瞬間、フローラに手を握られた。
「ありがとう!本当にいるのね。白馬って」
うっとりとフローラが上を見上げる。
「私も見たいわ。でも、その馬をどうするの?誰に渡すの?」
「誰にも渡さないわよ!私の愛馬に加えるの」
「それだと白馬が似合う精悍な顔立ちの騎士がいないじゃない」
「そんなことより、私が白馬を愛でる方が優先よ!」
ああ、楽しみ、とフローラが呟いている。
「乗馬はされるのですか?」
「ええ。もちろん。クレメンタール王国では女性も乗馬を楽しむのが普通なんだけど、マフィージ王国は違うの?」
「いいえ。私も乗りますよ。領地にいる時は、遠乗りもしましたし。念のため乗馬服も持ってきたので良かったです」
「じゃあ今度一緒に馬に乗りましょう。風を切っているのは良いわよね」
リーロットが嬉しそうに言っている。
二人はその後も見事な掛け合いで会話を続け、フローラは話し過ぎて口が筋肉痛になっちゃうと笑っていた。二人との時間は楽しく、シルフィアも時折会話に入り、徐々に砕けて話せるようになってきたところで時間が来てしまった。
楽しい時間と言うは実に短く感じ、またの来訪を約束して、シルフィアはフローラと共に王城へと戻ったのだった。
「エメ。エメは白馬を見たことあるでしょ?」
「もちろん。邸にいましたしね」
「クレメンタール王国にはいないんですって。ルーラも見たことない?」
「ございません!というか実在しているのですか?物語の中だけだと思っておりました」
「そうなのね。うちにはいるのよ。フローラに贈ることにしたわ」
「まあ!是非私にも見せてください!」
「フローラに言っておくわね。そうなのね。いないのね。不思議だわ。エメ。お父様に手紙を書くわ」
「かしこまりました。直ぐにお持ちします」
シルフィアはペンを取ると、若くて大人しい白馬を送って欲しいと手紙をしたためた。




