取るに足らない悪蟲の罪
——不老不死ということは、スラムの捨て子と同じということだった。
百年前、クラブが森の中で目を覚ましたとき、世界には既に文明があった。もちろんクラブはどの文明の出身でもなかった。しかし、そんな人間は当時、この世に存在する筈がなかったのだ。
クラブには戸籍がなかった。戸籍がないということは、スラムの捨て子と同じということだった。
スラムの捨て子が、まともな居場所を見つけられる訳がなかった。クラブは最初、流れ着いた国のスラムに住み着いて日々を過ごしていた。しかし人攫いに攫われて奴隷になり、過酷な労働に苦しんだ。
そしてそこから逃げ出した後は、またスラムに住み着いた。やがてスラムよりも牢屋の方が安全でマシだろう、という考えに行き着いたが、罪を犯す勇気は持てず、ただただスラムの片隅で誰にも見つからないよう祈りながら過ごした。
そんな生活が終わったのはほんの数年前、冒険者というあぶれ者の受け皿のような職業にありついてからだった。何もかもが遅かった。下流階級の職業とはいえ、奴隷やホームレスよりマシな身分になったことにより、受ける扱いも生活も以前よりはるかに良くなった。しかしその頃にはクラブはもう、沢山の軽蔑を身に受けてきて、人並みの幸せは絶対に手に入れられないどころか、非現実的すぎて想像するだけで恐ろしく感じるぐらいになっていた。何もかもが手遅れだった、筈だった。
だけど、出会ってしまった。
『クラブ。私、あなたが居ないとダメみたい。ごめんね』
——そんなことを言ってくれる少女に、狂わずにいれる筈がなかった!
自分の中の幸せに対する恐怖すら優しく撫で上げて、抱きしめたら抱きしめ返してくれるような少女に、醜い独占欲を抱かない筈がなかった。
クラブは記憶喪失の彼女に、この世界の常識を教えなかった。買い物の方法も街の歩き方も教えなかった。彼女が万引きをしたとき、心の中でほくそ笑んだ。
明かりを灯す魔法を教えたが、より詳しいコツは教えなかった。初歩の初歩だけ教えて、彼女が自分より魔法が上手くならないようにした。ライアンが空を飛ぶ魔法を彼女に教えたときは、激怒した。
『なあ嬢ちゃん、仕事探してるんだろ? うちで働かないか?』
二人でローレアのレストランで食事を食べていたとき、どこから噂を聞きつけたのか、店の主人がレイに雇用を持ちかけた。それをレイが受け入れるより先に、クラブが遮って断った。
髪を綺麗に結んだ若い女子の店員。本を読む汚れ一つない丸メガネの男性。周りには「ちゃんとした人」が沢山居た。
『そうですね、考えておきます』
『あぁいや、兄ちゃんじゃなくて嬢ちゃん——』
『行こう、レイ』
クラブはレイの手を引いて店を去った。それから二度とその店には行かなかった。
(——そう、レイにはちゃんとした働き口を得るチャンスがあったんだ)
レイが犬の散歩などという仕事ですらない仕事をしていたのは、それしかできなかったからではなかったのだ。クラブと違い、レイにはちゃんとした場所で雇われるチャンスがあった。全部、クラブが彼女の可能性を奪ったのだ。
(俺は彼女を離したくなかった。ずっと井の中の蛙で居てほしかった。だから正しい社会のサイクルから遠ざけ、彼女が俺に依存するように仕向けた。彼女には生きていく上で肝心なこと、必要なことを教えてこなかった。そうでもしないと彼女に愛される自信がなかった)
それは、クラブの犯してきた数々の罪の中の一つだった。醜くて浅ましいが、一番重い訳ではない罪。
償う勇気を持てるのは、その罪だけだった。
(ちゃんと償わなきゃ……せめて、それだけでも)
たった一つの罪でも、情けなくても、自分の為でも。
償わないよりはマシなのだ。
「……戻らなきゃ」
「最もだけど、ロープは?」
「悪いけど探して持ってきて! 借りってことにしていいから!」
クラブはそう言うと全力で駆け出した。呼び止める隙もなく、ダレンは体良くバックアップを押し付けられてしまった。あの様子だと他に何か策があるのだろう。
(もしかして俺、自分から貧乏くじ引いちゃった?)
面倒臭い二人に迫られ、振り回されて。取り立てようもない借りを無駄に積み上げてしまった気がする。はてさて、今後どうやって請求していこうか。ダレンはため息をついて、空を仰いだ。




