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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第三章 クローザー・クローバー編
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審判のとき


「レイ! 大丈夫!?」

「ナナフシの、ナナフシの頭が降ってきて」

「そ、それはごめん。いやそんなことより、どうしてそこに!? 変な執事も居るし! どっどどど、どうしよ!?」


 崖から落ちそうなぐらいに身を乗り出して大慌てするクラブを見て、レイはほっと安心した。ちゃんとクラブが自分を心配してくれている。ということは、自分を助けてくれるのだ。


「クラブ、私を——」

「——レイ? そこに居るの?」


 助けを求めようとした次の瞬間、崖の上に現れたダレンの顔を見てレイは声が出なくなった。その顔を、心配そうなダレンの顔を見て、レイは全てを思い出した。

 ——そうだ、クラブは自分の敵かもしれないのだった。彼の秘密を暴く為に、自分はダレンを利用したのだった。

 そして、それは失敗に終わったのだった。


「あ……あ……」


 レイは自分と二人を隔てる崖が途方もなく高く、恥辱的なものに感じられた。わかっている。二人が自分よりナナフシを取ったのは、島の邪気のようなものに当てられていたから。事実、一通り紋章を描き終わったら二人は正気に戻って、こうして自分を迎えに来たではないか。だから自分はまだあの二人に裏切られていない。真の意味では裏切られていないのだ。

 しかし、これからは?


(こんな……こんなところを助けてもらったら、私はまた……)


 また、物事の主導権を失ってしまう。二人に対する優位性を失い、二人より劣った人間として、黙って二人の後ろに立つだけの自分に戻ってしまう。

 見捨てられたら何もできない自分に戻ってしまう。


「ダメ、違うの、大丈夫、一人で登れるから」

「どうしたの? 無理だよ、もう沈んじゃう! 俺が助けるから! ロープを取ってくるから待ってて!」

「クラブ!」


 レイの必死の制止はクラブの耳には届かなかった。クラブは走り去っていった。ダレンもまたレイを戸惑ったように一瞥すると、何やら頷いて去っていった。何を頷いたのか。レイは訳が分からず、悔しくて再び我武者羅に魔法陣の召喚に挑んだ。



 クラブとダレンは島の周縁部を駆けた。ロープの入ったザックをどこかに置いてきてしまったのだ。ナナフシと戦いながら移動してきた道筋を辿り、ザックを探さなければならないとクラブは思っていた。

 しかしダレンの目当てはそれだけではなかった。ロープを使ってレイを助けることは大事だが、それよりも先に、クラブのあることを正してやらないとならないと思っていた。


「ねえ、クラブ。いい加減に秘密をあの子に打ち明けた方がいいよ。あの子にやましいことがあるんでしょ」

「秘密?」


 それは今必要な話なのか。クラブは駆けながらそう思った。しかし、秘密とはなんだろう? ダレンが知る筈がないことは除外して……


「千年前のことだ」


 ——ひゅっと喉が鳴った。足を止め、振り返る。どうしてダレンが、そのことを?


「……違うよ? 君の秘密の存在に気づいたのは俺じゃない。気づいたのは——レイだ。幸いにもその内容については、想像できるけど想像したくないみたいで、わかってないフリを続けてる」

「そ、それって、ほとんどわかってるってこと?」

「そうとも言えるし、そうじゃないとも——」


 ——クラブはダレンの言葉を遮るように掴みかかった。ダレンは眉一つ動かさず、自身の胸に掴みかかっているとも、しがみついているともつかない男を眺めた。クラブは陶器のように青ざめた顔を上げて、震える指でダレンの服を強く握った。


「なあ……それって……それって、今から挽回できないか? なかったことにできないか? ダレン、一生のお願いだ。俺に協力してくれ。絶対に千年前のことだけはバレたくないんだ。そうじゃないとも言えるって、言おうとしたんだよな? じゃあ今からでも、それを気のせいにできるってことだよな? 頼む、ダレ——ッッ!!」


 ダレンはクラブの頬を平手打ちした。拳で殴らない代わりに、めいいっぱいの力を込めて打った。


「……別に俺を頼るのは構わないよ。その分君達の借りが増えるだけだ。俺は卑劣な男だから、弱みは握れるだけ握るし、利用できるだけ利用する。だけどね——」


 ダレンはクラブを見下した。一切の同情のない冷淡な顔で。


「——罪を償わない奴は許さない。彼女は君に見捨てられることに怯えているんだ。俺じゃダメなぐらい君に依存してるんだ。それは君が千年前の秘密を抱えてるから? それもあるだろうね。だけどきっと、それだけじゃない」

「な、何言ってんだよ……それだけじゃないって……」

「一つだけじゃない、だろ。君の秘密は、罪は一つだけじゃないだろ! もう一つあるんだ。わかってるだろ? ……懺悔するんだ、今すぐに!」


 恐ろしい形相でそう言い切るダレンに、クラブは声も出なくなった。今すぐ叫んで逃げ出したいのに、「そうしてはいけない」ということを突きつけられている。

 思わず逸らした目線の先に、クラブははっと息を呑むものを見つけた。引き寄せられるように歩いて行き、顔を寄せてそれを見る。それは、青い紋章だった。

 青くてらてらと光る線は、まだそれが描き直されたばかりだということを示している。クラブは先程までのことを思い出した。自分達が狂って騒いでいた間に、こんなことができたのは、一人しか居ない。


「レイ……」


 クラブはてっきり、レイは自分達が狂ってから今までずっと、ひたすら助けを待っていたのかと思っていた。おかしくなった自分達を見て逃げ出して、あの崖の下に落ちたきり上に登ることができず、ずっと誰かの助けを待っていたのかと思っていた。何も出来ず、可憐で無力な少女のように震えていたのかと思っていた。

 しかし、そうではなかった。彼女は自分一人で島を回り、この怪しげな紋章を見つけては描き直し、自分達を正気に戻してくれたのだ。孤独と恐れと焦りの中、必死に頑張ってくれたのだろう。

 クラブは振り返った。少し離れた所にダレンが立っていて、自分を見つめている。まるで、審判を行うかのように。


(……俺の、もう一つの罪……レイを苦しめてしまった罪……)


 クラブの脳内に忘れていた記憶が溢れ出した。それはあまりにも嫌で、蓋をしてしまった記憶の数々。クラブがある一つの罪を犯すに至るまでの記憶だった。


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