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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第三章 クローザー・クローバー編
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孤島の中の孤島


 レイはそれから島中を回り、紋章を探して見つけては描き直した。しかしこの島はそこそこ広い。その全てをくまなく探し、複雑な紋章を描き直す作業は歯がゆいほどに遅々として進まなかった。どんどん深くなる夜の闇と、どこか遠くから隙間風のように聞こえてくる耽溺の声、未知の恐怖に怯える中では焦りも心細さも増して、感覚も鈍くなっていった。

 恐らくはそのせいだっただろう。


「——あっ……!」


 切り立った崖を歩いていたレイは、道を踏み外して落下してしまった。持っていた木椀が宙を舞い、青色を撒き散らす。やがて強い衝撃が背中で弾け、レイは大きく咳き込んだ。

 胸を押さえて起き上がり、周囲を見回すとそこは小さな半月状の砂地だった。幸運なことに、この砂地以外の崖の下は全て海で、レイは間一髪のところで助かったようだった。しかし不幸なことに、この砂地からどこかに繋がるような道はなかった。完全に孤立した、孤島の中の孤島だった。


(でも、魔法を使えば崖の上に戻れる)


 レイはそう思い、いつもの魔法陣を出そうとした。しかし光と共に現れたそれはすぐに砕け、レイは理解できず放心した。


(なんで、なんで……!?)


 レイはハッと我に返り、慌てて何度も魔法陣を出そうとしたが、上手くいかなかった。そういえばさっきの戦いでは魔法を使わなかった。自分は、いつから魔法が使えなくなっていた?

 何度も何度も魔法を使おうと試み、疲弊していく。認めたくない。背後で寄せては返す波は、満潮になればこの砂地を飲み込むだろう。座った足にへばりつく濡れた砂がその証拠だ。レイは人生だか旅だかの、何かわからないものの終わりに恐怖していた。

 しかし無情にも、レイの祈りは天に届かなかった。


「……助けて、クラブ……」


 魔法を使おうとし続けて一時間ほど。疲労が限界に達したレイは、その場に倒れ込んだ。三半規管の調子が狂い、世界が歪んで回っている。


(やっぱり私は、一人じゃ……)


 ——何も出来ないんだ。もしこの場に正気のクラブが居れば、レイの理解の及ばないような策を考え、レイを救ってくれただろう。それは、二年程の時をかけてレイに刷り込まれた劣等感だった。


(誰かの手を借りないと、利用しないと、何にもできない)


 利用しきれなかったダレンの顔が浮かぶ。ファム・ファタールぶろうとして必死に伸ばした手をすり抜けて、別の女性に心酔してしまった彼。いっそそれでよかったのだろう。そう思った。


「——ッ」


 ふとレイの背後から小さく息を吐く音が聞こえた。慌ててレイが起き上がり、振り返ると、そこには老爺が倒れていた。さっぱりと切り揃えられた白髪に年季の入った顔立ちと髭……レイは目を見開いた。なんとそこに居たのは、かつてフローラと共に現れ、自分を斬りつけたアンドロイドの執事だった。

 どうしてこんなところに彼が? レイは考えようとしたが、無駄だと悟った。彼がなぜここに居るのかを考えても、助けるかどうかを悩んでも、もう仕方がない。

 雨が降ってきた。潮が満ちてきて、砂地は沈み始めていた。



 一方でその一時間前、クラブ達は阿鼻叫喚の中に居た。


「なっななななんで俺達ナナフシにしがみついてたの!? イヤーーッッ!! 殺される!! 助けてーー!!」

「うるさい! 静かに! 剣がぶれる!!」


 レイが崖から落ちる直前、岩に描かれた七つ目の紋章を描き直した瞬間、クラブ達は正気を取り戻した。そして今の今まで自分達がナナフシにしがみついていたことに驚き、青ざめてナナフシを見上げると、ナナフシは豹変してクラブ達に襲いかかってきた。船員達は散り散りに逃げ、現在ダレンがナナフシに応戦している。


「クラブ! 本当に魔法が使えないの!? ちょっとでも足止めとかできたりしない!?」

「無理無理! 今まで気づかなかったけど、本当にこの場所魔力が薄くて……! うがーっ、荊魔法!」


 クラブがやけくそで放った荊の魔法は、ナナフシの足元にタンポポを一輪咲かせるのみに終わった。最早荊ですらなかった。

 ここは魔力がとにかく薄い。縮小魔法や軽量化魔法といったローコストな魔法なら使えるが、それ以上の魔法だと不発か失敗に終わるのだ。浮遊魔法はもちろん、防護魔法や荊の魔法といった魔法も使えない。

 高名な魔術師達が作ったナナフシの檻が、島への上陸後もしばらくナナフシを捕らえていたことを思うと、多少術者の技術によって誤魔化すことはできるのだろう。しかし、ペーペーのヒラ冒険者であるクラブ程度では、今のこの状況はどうしようもなかった。

 ダレンは嘆息して剣を振るった。ナナフシの脚に向かった刃は、容易く跳躍によって避けられた。ナナフシダンスに煽られる。どう見てもこのナナフシは意地悪で、慈母でもなんでもなかった。できればあのちょっとエッチなセーターは斬りたくないので、脚だか首だかを斬らせてほしい。首を斬るには空を飛ぶ必要がある。それには浮遊魔法か、あるいは……


「……そうか」


 ダレンは妙案を思いついた。この作戦なら、ナナフシの首を切れるかもしれない。


「クラブ、レイが空を飛ぶときに使ってる魔法は使える?」

「え、まあ、あれぐらいなら……もしかして空を飛ぶつもりなのか?」

「いいや、違う。あの人間の足や物体が触れられる魔法陣を——」


 ダレンの語った作戦にクラブは驚き、信じられないものを見る目でダレンを見た。戸惑い、怖がりながら。しかしダレンの真剣な眼差しに射抜かれると、クラブは気圧されたように浅く何度も頷いた。


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