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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第三章 クローザー・クローバー編
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夕焼けの敗走


「二人共……おかしいよ! なんでそんな酷いことするの!!」

「な、何を言ってるの、クラブ……」

「何を言ってるも何もないよ! 絶対絶対おかしい! こんな……

 ——こんな美しい女性(ひと)を傷つけようとするなんて!!」


「……え?」


 レイは放心した。困惑のあまり、自分のことが好きな筈の彼が言った言葉が理解できなかったのである。

 彼は今、美しい女性(ひと)と言ったのか?


「ナ゛ ナ フ シ……」


 ……このナナフシを?

 レイはすぐ側のダレンを見上げた。互いに困惑顔を見せ合って、おかしさを分かり合おうとしたのだ。

 しかし、何かがおかしかった。ダレンの視線はレイではなく、はるか上に向いていた。はるか上の…ナナフシの顔に。

 ダレンは、ナナフシの全体を見た。スラっとした脚、マツバウンランのような胴体。とても、スレンダー。若草が陽気の中を揺れる、皐月の始まりを思わせるような姿に、ダレンは唇を震わせて——


「なんて美しい女性(ひと)なんだ……!!」


 そう叫んだ。


「ダレン!?」


 わっ、と歓声が上がり、遠くから船員達が駆け寄ってきた。口々に超巨大ナナフシの名を呼んで、喜色と耽溺に頬を染めて駆け寄ってきた。

 ナナフシの元に辿り着くと、彼らはナナフシの脚にしがみついたり、身体の下で転がったりした。心酔したような口説き文句や、崇拝の言葉を口にして騒いでいる。それを超巨大童貞を殺すセーターを着たナナフシは慈母のように優しい表情で見下ろしている。


「ありえない……」


 レイは膝をついた。自分はとんだ勘違いをしていた。


(恥ずかしい……)


 この上なく恥ずかしかった。クラブとダレンは自分なんかよりも……


(——スレンダーな女性(ひと)の方が好きだったんだ!!)


 レイはたまらずその場から逃げ出した。


(は、恥ずかしい! 恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしいーーーー!!)


 レイは心の中で叫んだ。頬を真っ赤に染めて、目をぐるぐるとさせて、走って、走って、走り続けた。スリーサイズ90-57-90の自分をもってしても勝てない相手が居た。もっともっと……もっともっと、痩せなければならない!


(そうしないと旅の目的を果たせない!!)


 レイは最早何の為にクラブをメロメロにさせたいのかわからなくなっていた。博士の為? 自分の為? いいや、千年前の真実を知ることもクラブを落とすことも、全ては自分の為だった。自分が独りよがりだったから、クラブは何も教えてくれなかったのか? 自分よりも超巨大ナナフシを選んだのか?

 レイは海岸沿いの岩場を走った。走って走って走り続けた。日がナナフシの背中のような地平線に沈みかけていた。段々と足が重くなっていった。そして息も絶え絶えになり、疲労のあまり転びかけたその瞬間、ふと気がついて足を止めた。岩に、奇妙なものがある。


「……紋、章?」


 それは、褪せた青の塗料で描かれた紋章だった。五芒星を背にした爬虫類の紋章なのだが、そうとわからないほどに極端なキュビズム的筆致で描かれており、レイは説明できない悍ましさを感じた。

 そういえばここまで走ってくる途中、視界の端に何度か青がちらついた気がする。無我夢中で走るあまり、気にも留めなかったのだが……

 レイは来た道を振り返った。そして薄い記憶を頼りに歩き出すと、しばらくして先程の紋章と同じものを見つけた。樹齢三百年を超えていそうな巨木の樹皮に、先程のものよりも一層褪せてボロボロになった模様が描かれている。


「そういえば……」


 レイは船に乗る前のことを思い出した。ダレンが船長と交渉し、自分達の乗船を快諾してもらった後のこと。ダレンの陰に隠れるようにして話を聞いていた自分に、船長があるものを差し出したのだ。

 レイはそれを懐から取り出した。無骨な青い石——ラピスラズリだろうか——を麻紐で結んだ航海守り。


『これは村に伝わる航海守りだ。何の為のお守りだったかは諸説あるんだが……海に出るもんは必ずこれを持てと、年寄りなんかが口酸っぱく言うんだ。だから嬢ちゃん、あんたも持ちな。数はないから、女が持った方がいい』


 レイの脳内に天啓とも言うべき閃きが走った。——航海守りと紋章の色は同じ色だ。であれば、この見るからに悍ましい紋章は、この島の恐ろしい何かを封じる為のものなのではないか? スレンダーなナナフシに一目惚れしたかのように見えたダレンやクラブや船員達は、恐ろしい何かの影響を受けてああなったのではないか?


(そうだ、冷静に考えたらおかしい。人間がナナフシに惚れるなんて)


 レイは手の中の航海守りをじっと見つめた。嫌な想像が脳裏を掠めたが、覚悟を決めることにした。レイはザックから木椀と水筒を取り出すと、航海守りを握りつぶして粉微塵にした。そしてそれを木椀に注ぎ入れると、真水と混ぜて練り合わせた。

 その瞬間に得体の知れない狂気がレイを襲うかと思われたが、そうはならなかった。レイは僅かな安心と確信を得たが、油断はできない。

 塗料にしたそれを指に取り、薄くなった模様をなぞる。目を凝らし、間違いのないように慎重に描く。そうして復元された紋章は、まるでそこだけ光の影響を受けていないように、日の暮れかけた暗がりの中でも真っ青によく見えた。


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