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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第三章 クローザー・クローバー編
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だから俺は失恋した


 蛇がレイの胸に噛みついた。動きが止まって、ようやくそれがマムシだとわかった。ダレンの頭が真っ白になる。


「大丈夫」


 しかしレイはマムシの首を握り潰した。容赦なく蛇の命を奪ったレイに、ダレンは唖然とした。遅れて心配がやってきたが、ダレンがそれを口にする前にレイは胸から何かを取り出した。


「胸パッドのお陰で助かった」

「胸パッド!?」


 通りでいつもより胸が大きいと——ダレンは下品な思考を振り払った。しかし、攻撃は止まない。


「レイ、後ろ!!」


 レイの背後にあった池から、一匹のウナギが飛び出した。どう見ても魔物なそれはレイの肩に噛みつき、その表情を歪ませた。今度こそダメか!


「肩パッドのお陰で助かった」

「肩パッドはいらないでしょ!」


 肩パッドはアプローチに必要ない筈。しかしレイは素肌に馴染んでいた肩パッドを取り外し、土の上に放り投げた。


「思い出した。なんで私は肩パッドを着けていたのか。クラブは強い人が好きなんだよ。ちょっとM気質だから」

「君の口からM気質とか聞きたくなかったなぁ」


 なんだか物凄い勢いで幻想が壊れていっている。しかし、それが女性というものかもしれない。好きな人の前で猫を被り、そうでもない人の前では奔放。


「だけどね、そうでもない男の底力は凄いよ」


 やけっぱちの八つ当たりが牙を剥くから。ダレンは自分達を取り囲む、魑魅魍魎に向けて剣を抜いた。

 そして電光石火。二人は目にも止まらぬ速さで、襲い来るモノ達を蹴散らした。



「精のつきそうなものが集まったね」


 森の拓けた場所で焚き木に火をつけ、鍋にマムシとウナギを放り込み、レイはそう言った。どうやら彼女はセクシー悩殺セーターではなく、セクシー悩殺ドリンクで色仕掛けをする方向にシフトしたらしい。なんでも、この方が早いとかの理由で。

 猫のように奔放というのはよく聞く例えだが、今の彼女は猫というよりカオスのようである。正真正銘魔物だったらしいマムシとウナギからピンクだの水色だのの液体が染み出し、鍋の中にマーブル模様を描いていく。彼女は今、カオスドリンクを作ろうとしている。

 ダレンはそんな彼女を眺めながら、違和感のようなものを察知していた。


(……焦ってる)


 それはもう、ずっと前から。物静かなイメージの彼女が積極的に話しかけてきた時点で、何かがおかしかったのだ。無理矢理作ったような感情の起伏も、安いお色気営業も、躊躇いのない殺生も、声も表情も行動も、何もかも彼女らしくなくて不自然だった。「クリスティー」として懸命に振る舞う熱竜のように不器用で空回りしていた。そのおかしさの原因には、大きな「焦り」がある気がした。


「レイ、クラブは……何を隠してると思う?」


 ……レイの動きがぴたりと止まった。彼女は鍋に視線を向けたまま、一度、二度、瞬きをした。そして段々眉間に皺が寄っていき、泣きそうに眉が下がっていった。


「……クラブは……」


 口を開いたまままた固まる。喉が渇いて、言葉を発せないような。


「……わからない。……わかりたくないから……言えない」


 彼女の頬に汗が伝い、ぽたりと落ちた。苦しげに目を閉じるその姿に、ダレンは同情した。隠しているものの正体をうっすらとわかりつつも、あえてそれを追求しないという防衛本能。言葉にすれば、良くも悪くも膠着した状況の全てが変わってしまう。それは、とても可哀想なことだった。

 ダレンは既に、レイとクラブから旅の目的や事情を聞かされていた。ノースゴッズを発ってドリームヒルズに向かう道中、気になって色々と質問をしたのだ。しかし……


「悪いけど、俺じゃあ彼の隠し事は見当もつかない。だけど、君の旅の目的は千年前の真実を知ることなんだから、それから逃げてはいけないよ。互いに隠して逃げるような関係は、健全とは言えない」


 レイは俯いたまま、何も答えなかった。その姿には痛ましいほどの強い絆を感じさせた。ダレンはクラブの恐ろしい隠し事よりも、そのことの方が苦しく切なかった。なぜなら、恋する自分に勝ち目がない、つけいる隙がないという最後の宣告のようだったから。


(本当に、勝ち目がないんだな)


 色仕掛けの協力を持ちかけられるぐらいだ。自分は彼女の眼中にもないのだろう。

 ダレンがレイに惚れた理由は……ただ、恋愛経験が少なかったからだ。あの頃のダレンは貧しくみすぼらしく、異性どころかほとんどの人間に疎まれてきた。身なりだけでなく精神も鬱屈し、幼馴染であるジョージの好意すらも跳ね除け、きつく接したぐらいだった。このまま誰と愛し愛されるでもなく、どこか知らない戦地で沈むのだと思っていた。

 しかし突如として自分の目の前に、季節外れの花嵐のような美しい少女が現れた。そして彼女と言葉を交わしてしまった。それだけでダレンは天に昇るほど嬉しく、その思い出を今際の際の慰め——灰色の人生のせめてもの彩りにして、死んでしまいたいと思ったぐらいなのに、あまつさえその少女は汚らしい自分の髪をためらわず手に取った。

 最早その喜びを語るのに言語というものは窮屈すぎた。それでもあえて言い表すと、無味だった食事が美味しく感じられ、世界が高名な画家の描いた絵のように、数歩進むごとに足を止めて何時間も鑑賞したくなる程に美しく見え、もう一度彼女に相見えるまで死ぬまいと思ったぐらいだった。そして、実際に死ぬことなくダレンは騎士団長の立場まで上り詰めた。


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