視界良好、決死の作戦
「とにかく、彼は自分の秘密を守ろうとしているの。もしかしたら彼は、秘密を守る為に私と対立するつもりなのかもしれない。なぜなら私の旅の目的は、まさしく千年前に起きた事件の真実を知ることだから。
そうしたら凄く私は不利なの。私には彼に好かれている以外のアドバンテージがない。物理的な戦いになったら勝てるけど、そういう話じゃないの。
旅の存続が問題なの。私は記憶がなくて非常識な存在で、一人では到底旅を続けられない。彼に見捨てられたら何もできないの。私は博士の為に、真実に辿り着かなくちゃいけないのに」
「……『一人で』って、ちょっと待ってよ。俺だって旅の仲間だよ?」
「あなたじゃ駄目なの。あなたは期間限定の仲間だから」
ダレンはたまらず空を仰いだ。空が綺麗だった。
「ダレン、お願い。私が彼に色仕掛けをするから、協力して。どうしても私は事件の真実が知りたいの。命に代えても。……お願い」
「俺、良い人になりたいんだけど」
「私達二人のわだかまりを解消してほしいの。それって悪いこと? 良いことだと私は思うんだけど」
「そう。そうかな。——君は、俺が君を好きなことを知ってそう言っているのかな」
……レイは答えず、ただ黒い瞳でダレンをじっと見つめた。その瞳を見たダレンは——不意に「しくじった」と悟った。しくじっていたことを悟った。あえて何も答えないことが答えであり、同時に魔性の女らしい仕草でもあった。
ダレンはそんな彼女の深淵を見て、やっと悟った。自分は十五歳の秋から今まで、途方もない幻想を信じ続けていたのだと。彼女のこんな一面など、予想だにしていなかった。これではまるで——計算高い魔女ではないか。突然に、目の前の彼女が底知れなく見えた。
だが、失望はしなかった。
ダレンは思考した。心の中に白い自分と黒い自分が居て、何が「ダレン・レッドグレイヴ」として正解かを議論している。やがて白と黒は手を取り合い、一つの答えを出した。
「……協力するよ。俺も彼の秘密を明かしてみたい。もしかしたら千年の恋も冷めるような秘密があるかもしれないからね」
「そうこなくっちゃ」
ダレンはくしゃりと苦笑した。本当にこの人は。
「そろそろ船室に戻ろう。寒くなってきた」
「ちゃんと汗を拭いて、着替えてから寝てね。風邪をひいちゃうよ」
ここに風邪の追い打ちが来るのは、色んな意味で辛いな。ダレンはそう思いながら、すぐ側の巨大ナナフシを見た。
真新しい太い鎖に繋がれた、幾重もの魔法がかけられた檻。その中に、巨大ナナフシが居る。
「ナナフシー」
それはナナフシらしからぬ鳴き声を上げたが、それ以上こちらに何かをしてくる様子はない。ちゃんと拘束魔法が効いているようだ。
ダレンはナナフシから視線を外し、船室へと続く階段を降りた。波が船体に当たっては砕ける、重苦しい音が響いている。ダレンは船室の毛布の中に埋もれると、浅くぬるい眠りについた。
陰気な寝苦しさと、船酔いの感覚。暗いまどろみに沈んだ意識を、ざわめきと波音が呼び覚ました。
「起きろ、ダレン!」
ダレンがうっすらと目を開くと、そこにはクラブとレイが居た。再び波音が聞こえ、ダレンは飛び起きた。何かがおかしい。
「船底に穴が空いたんだ。荷物を纏めろ、甲板に上がるぞ!」
驚いている余裕はない。ダレンは頷き、船室に散らばった荷物をかき集めた。身体の背面がぐっしょりと濡れていて不快だ。既に船室にはかかとまで浸るぐらいの海水が入り込んでおり、枕代わりにしていた本は残念なことになっていたが、一応持っていくことにした。
「あー、みんなびしょ濡れだ」
甲板に上がると、クラブはそんなことを言った。ざっと見た感じ、自分達も含めて逃げ遅れた人間は居ないようだった。しかし船の操縦をしていた船長以外の誰もが、うなじからかかとにかけて濡れていた。
「どっっどどどどうしましょう船長! このままだと船が沈んじゃいますよ〜〜!!」
「落ち着け、馬鹿野郎! 今上陸できそうな島を探してる!!」
「そんなもの都合良くありませんよ〜〜っっ!! もうダメだ……みんなここで死んじゃうんだ」
船長の周りでちょこまかと騒いでいた船員が、突然糸が切れたように後ろへと倒れた。他の船員達が駆け寄って彼を受け止めると、船長は激しく叱咤した。
「お前ら、それでも船乗りか! さっさと桶を持て! 船底の水を掬って捨てろ! 生きたきゃ最後まで足掻くんだ!!」
「はい!!」
船員達は気合の入った返事をし、倒れた船員を支えていた手を一斉に離した。再び倒れゆく船員が床と衝突する直前、クラブが一瞬だけ彼に浮遊魔法をかけた。そして無事に横たえられた船員を尻目に、船員達は駆け出すと、瞬く間に船底から甲板へ続く等間隔の隊列を組んだ。クラブがやれやれと言わんばかりのため息をつき、ダレンは少し意外に思った。
「こういうとき、真っ先に騒ぐのは君かと思ってた」
「馬鹿言うなよ。今回に関しては俺のせいじゃないし……なってしまったものは仕方ないから。悔いが残らないように、出来ることは全部やる」
クラブは二人の方を向くと、顎でしゃくって促した。二人はもちろんその意味を理解し、三人は隊列の穴を埋めるべく駆け出した。
「やるぞ」
現在、早朝。空はホリゾンブルーで視界は良好。大海原の真ん中で、決死のバケツリレーが始まった。




