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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第三章 異界編
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氷雪世界の贖罪


 ……そんなこんなでレイとした話は、あまり実りのあるものではなかった。聞きたいことが山ほどある「気がした」だけでは、具体的に何かを聞くことなどできなかった。しかし彼女と話しているうちに、言語化できない沢山の疑問が確かに胸の底で燻るのを感じた。それをこれから言語化し、聞き出せるように頑張るしかない。

 俺は考えるのをやめて、前方に目をやった。鷺のような熱竜の頭の向こうに、豆粒サイズの館が見える。……もう一仕事だ。俺は着陸の衝撃に備えて、身を低くした。



 館の前に降り立った俺達は、クリスティーの姿に戻った熱竜に案内されるままに館の中を進んだ。物置の梯子を下り、食料庫へ。道すがら、熱竜はぼそりぼそりと語った。


「私と風竜様は三百年前に廃墟となっていたこの館を乗っ取り、住み始めたのです。自分達が住み始めてから、ここは異界になったのです……」


 熱竜は食料庫の隅に置かれていた木箱を退けた。するとその下には蓋があり、それを退けると仄かに光の漏れる縦穴があった。


「風竜様が怖がられてしまいますので、剣を置いてお入りください」


 ダレンはその通りに剣を置いた。言葉もなく、俺達は縦穴を下る。霜色の光と冷気が幽霊のように身体に纏わりつき、身体の芯まで染み渡り、眩しさにぎゅっと目を細める。やがて俺達は床に降り立った。


「こんな中で氷を作っていたのか……」


 そこはさながら真夏の砂浜のように、真っ白に輝く霜と氷に全てを覆われた部屋だった。層の厚い氷は岩肌のような凹凸を作り、天井から垂れ下がる氷柱を水色の火が灯るランタンが目が痛いほどに照らしている。

 そんな部屋のあちこちでは数十人の人々が毛布に身を包んで身を寄せ合っている。そして、人々が自ずと避けた部屋の最奥には——しっかりと身を伸ばせば貿易船ほどの身の丈がありそうな、若草色の絵の具で抽象的に描いた橋のような、最早生命としての原形を留めていない竜のようなものが猫のように身を丸めて鎮座していた。

 いや、それは鎮座ではない。鎮座と言うには到底静かでなく、混沌としていた。呻きを上げ、豪雪地帯の風のように吠え、時折発作を起こすように手足のようなものをばたつかせていた。


(とても姿が変わっている)


 熱竜の姿を見たときもまさか、と思ったのだ。熱竜も風竜も、昔見たときとかなり姿が変わっている。狂気による変質だろうか。


「……なぜ熱の記憶により皆様がアルーヴ村に居るとわかっていながら、村を襲ったと思いますか」


 ふと、熱竜がそう呟いた。低く、微かに震えが入り混じる声で。振り向くと、熱竜は項垂れて拳を固く握り込んでいた。やがて顔の一部が溶け始める。


「あなた方を連れ戻す為ですよ。この部屋では備え付けの魔道具により氷を生み出す魔法以外の魔法は使えません。さあ、皆様……!」


 勢い良く上げた顔の半分は悍ましい色に溶け、もう半分は張り裂けそうな焦燥を浮かべていた。だが、俺達は戦う体勢を取ることもなく、ただ彼女を見守った。


「……いえ……なんでもありません」


 熱竜は再び項垂れた。心の底では観念しつつも、どうしても捨てきれない葛藤があったのだろう。途方もなく長い間、余程辛い思いをしてきたと見える。


「風竜様と私の苦しみは、一度人類が滅んだあの日から始まりました。五百年は続いたでしょうか。あの頃、世界はとても暑く、とても風が吹いていた()()()()?」

()()()()……」


 俺は熱竜の話を肯定した。確かにあの頃、気温は高くて70℃……いや、俺の誤ちによって90℃を超えたこともあった。風速は最大で50m/sを超えた。それを普通の水準に戻すのに、五百年はかかった気がする。


「常軌を逸した風速の熱風に吹かれ、私達は自他の境界もわからないほどに混ざり合いながら激しく飛ばされました。私にとっても風の強さは苦しいものではありましたが、風竜様は私以上に身を焼く熱に苦しみました。それで、気温と風が普通に戻る頃には、風竜様はもう……」


 風竜が一際大きな咆哮を上げた。レイは悲鳴を上げた村人達の前に立ち、俺とダレンは彼らを縦穴の梯子を登らせて逃した。最優先にすべきことが成し遂げられ、ほっとする。

 村人達が逃げる様子を、熱竜は黙って見守っていた。努力の全てが失われたような、身が引き裂かれるような表情で。


「熱……ええと、熱竜さん。こんなことを言うのは心苦しいのですが、あなたは……」

「……ええ、わかっています。この星が灼熱に包まれてから五百年間、この星が平穏を取り戻してから二百年と三百年間、私は常に風竜様のお側にあり続けました。かのお方の御心が快くなるよう、様々な方法を試しましたが、どれも上手くはいきませんでした。

 ……わかっているのです。全ては私がかのお方のお側に居たせいなのです。私がお側に居たことで、風竜様を千年もの間暑さで苦しめてしまった。

 風竜様、お許しくださいとは言いません。ただ……申し訳ありませんでした」


 熱竜は啜り泣きながらそう告白すると、懐からキラリと光る何かを取り出した。なんだろう——そう思うよりも早く、「待て!!」とダレンが叫び、彼女の手首を掴んだ。その手にはナイフが握られていた。


「早まっちゃいけません。この世で風竜様の事情を誰よりも理解しているのはあなたです。一番の理解者であるあなたが、死んでしまうなんてことはあってはならない。こんなことは風竜様の為にならない!」


 熱竜は声を震わせ、ナイフを取り落とし、堰を切ったように声を上げて泣き始めた。もちろん、こんなナイフ一つで竜が死ぬことなんてできない。俺は切なくて、たまらずレイの方を見た。しかし彼女の顔はどこか暗く、懐疑的で——背筋が冷える感じがした。

 まずい。舌が苦い。気づかず食べてしまった物の、苦い後味に今更気がついてしまったような。


 ……俺は何か、失言をしてしまったのか。


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