涼風の吹くその場所
そして翌日、俺達は日が上りきらないうちにのそりと洞窟から這い出た。雨は上がっていた。
ランタンの蝋燭は夜の間にダレンが何度か挿げ替えたらしく、短い蝋燭が未だに燃えていたので俺はそれを吹き消そうとした。しかしダレンがそれを止め、枯れ木の枝を集めてくると、そこに火を移し替えて焚き火にした。
鍋を焚き火の上に据えたダレンが、俺の許容を超える塩を振りかけていくのをぼんやりと眺める。しかしただ眺めているだけではいけないと思い、俺はやにわに立ち上がって朝の体操を始めた。キビキビと動き、一晩経っても未だに心に残るネガティブを吹き飛ばそうとしていると、再び暑苦しい声が遠くから響いてきた。
「団長殿ーーーッッ!!!!」
俺は体操をしながら空を見上げた。ケサランパサランのような白色のシマエナガが、森中の動物達を追い払うほどの大声を撒き散らしながら近づいてきている。とんだシマコへの風評被害だ。俺がシマコの嘴の下をジト目で見ると、絶叫するペンダントは不意に声を詰まらせた。
「なんだその奇ッ怪な……強風に吹かれながら朝の体操を行う死にかけのナナフシのような踊りは!」
「朝の体操だよ」
誰が死にかけのナナフシだ。死にかけのナナフシでもな、生きていく為の希望を持とうと頑張っているんだよ。
「いや、そんなことはどうでもいい。ウルフェン、レイは見つかったか?」
「フン、何故貴様などに……いや、答えてやろう。あの黒髪の女は現在——」
その答えに俺達は目を見開いた。ごくりと唾を飲み込む。俺とダレンは顔を見合わせると、急いで出来上がった朝食を掻き込んだ。
一刻も早く、レイのところに辿り着かなければならない。
俺達は朝食を平らげるや否や洞窟を発ち、ひたすらに歩き続けた。殺人的な暑さに汗だくになりながら、一生懸命に早足で歩いた。目的地の寸前に辿り着いたのは夕方のことで、目に見えない境界線を一歩踏み越えた瞬間——涼風が俺達の身体を包んだ。
「アルーヴ村……」
異界の境目、そのかろうじて外に位置する小さな村。巡り巡って、当初の目的地であったそこに俺達は辿り着いていた。
「本当にここにレイが居るのか?」
薄手の上着を羽織りながら俺が言う。大きな太陽が海に沈む様を見通せる、台地と台地の狭間に位置する列村。村人の失踪事件が多発しているというそこは、既に人の気配など少しもないように見えた。
(いや、違う……)
俺は近くの家の前に立ち、窓から中を覗き込んだ。カーテンが閉めきられていて何も見えない。俺は振り向き、ずらりと並んだ他の家々の窓をそれぞれ見た。やはり、どの家もカーテンが閉じられている。
「すみません、どなたかいらっしゃいませんか」
俺は扉の前で声を張り上げた。反応は返ってこない。
「村人達の失踪事件を解決しに来ました。聖テオドア騎士団の者です」
追ってダレンがそう叫ぶと、しばらくの静寂を経て、家の中でコトリと動く音がした。そしてそっと扉が開かれ、痩せこけた老婆が姿を現した。
「……本物の、騎士様……ですか……?」
俺は努めて人の良い笑みを浮かべた。隣に立つダレンもまたお得意の笑顔を炸裂させたのだろう。老婆はほっとした顔をして、俺達を家の中に招き入れてくれた。
家の中に踏み入ると、じゃり、という音が靴の裏で鳴った。砂利を塗り固めたような床は靴を脱がない文化を伺わせ、家具の脚は擦り傷だらけで角が丸くなっている。田舎の家特有の広々としつつも殺風景な室内を進む。
腰の曲がった老婆の背に続き、リビングに案内されると、そこには数人の家族と思しき人々が居た。
「ば、婆さん! そいつらあの怪物じゃねえよな!?」
「多分、大丈夫です。奴は一体。つまり一人の人間にしか化けられません。二人居るということは、どちらも本物の人間ということでしょう」
その理論はやや粗がある気がしたが、家族と思しき人々はそれで安心したようだった。なんだか危うげで心配だが、事実として俺達は怪物ではないのだから、信用が得られた幸運を嬉しく思おう。
「改めまして、お初にお目にかかります。私は聖テオドア騎士団が団長、ダレン・レッドグレイヴと申します。この度はご報告頂いた村人達の失踪事件について、解決するべく参りました」
うやうやしく頭を下げるその姿は、相変わらず腹立つぐらいに様になっている。十九歳の癖に。
「事情をお聞かせ願えませんか?」
アルーヴ村に居る筈のレイの所在が気になるが、筋を通す為にはまずは失踪事件のことからだろう。会話はダレンに任せることにし、俺はせめてもの雰囲気作りとして、彼の隣で真剣な表情の置物になることにした。




