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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第三章 異界編
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一心不乱に駆けた先は天使


 翌朝、俺達は館を飛び出した。

 顔も洗わずに飛び出した。空に近いザックと杖と剣を二人して持つと、それ以外のものは置いて出た。一刻の猶予もなかった。

 俺は数分前、ベッドの上で目を覚ました。昨晩もまた一昨日の夜と同じように、一晩中起きて例の魔法を維持するつもりだった。心配をかけない為にレイには内緒で。しかし途中で眠ってしまったらしい。それを理解した瞬間、俺は飛び起きてレイの部屋の扉を開いた。……中には誰も居なかった。

 時刻は午前五時だった。俺はダレンの部屋に転がり込み、すっかり眠りこけている彼を起こした。明らかな異常事態に顔を見合わせた俺達は、示し合わせたように忍び足で方々探し回り、彼女がどこにも居ないことを確かめた。そして、二階の廊下を曲がった先の袋小路、そこにある窓が開いていることに気がついた。眼下の砂地はぬかるんでいて、深い足跡が続いていた。

 俺達は全てを理解した。そして館を飛び出すと、快晴の下を懸命に走った。レイを探さねばならなかった。


「俺のせいだ……」

「何言ってるの!」


 俺は青ざめていた。俺が昨晩、途中で眠ったばかりにレイを守りきれなかった。

 しかしダレンは叱咤して否定した。焦りと不安の滲む声は、いつか彼の弟のグレンが行方不明になったときのことを彷彿とさせた。だが……


「君がかけたのは扉を外側から開かなくする魔法。レイは自分から部屋の外に出て、何らかの理由で二階の窓から逃げ出したんだ。それは君の魔法の防げたところじゃないだろ」


 それでも今の彼はあのときと違って、俺を励ましてくれるような頼もしさがあった。あのときと俺達の立場は逆転していた。俺は魂の半分を失ったように焦っていて、今にも恐怖で震えだしそうだった。

 クリスティーは今頃俺達を探しているのだろうか。何の為に? 善意から? 悪意から? 俺はもう何もわからなくなっていた。

 館を出た後、俺達は開かれた窓の直下の砂地に残った足跡を辿りだした。砂地はやがて草原になったが、それでもなんとか地面の踏みしめられた跡は判別できた。しかし段々とそれも草に紛れて消えていき、俺達は闇雲に走り回る他なかった。

 俺はもっと前のことを思い出した。一年半前の冬のことだ。俺はあの頃彼女との生活にとてつもないプレッシャーを抱いていて、愚かにも彼女を突き放したのだ。それから仲直りをした俺が、今まで笑顔で彼女の隣に居られたのは、あのとき彼女が俺の心を氷解させ、自己肯定感から何かを愛する気持ちの全てに至るまでを育て上げてくれたからだ。何もかも彼女のお陰だった。彼女の隣こそが、唯一澄んだ空気を吸って吐ける場所だった。

 魂の半分を失ったように感じられるのは、本当に俺にとって彼女がそういう存在だったからだ。あのときよりもずっと苦しい気持ちが胸を圧迫して、俺は息も絶え絶えになった。


「大丈夫? 焦りは禁物だよ。ゆっくり行こう」

「ゆっくりしてレイに何かあったらどうするんだ!」


 俺は肺から空気を押し出して吠えた。全ての酸素を失って咳き込む。俺を見下ろすダレンの顔は、ビーチで足が攣った俺を見下ろしたときと寸分違わず同じだった。そのおかしさに笑いが漏れる。


「俺しか居ないのに『大丈夫?』なんて気遣うフリする必要ないだろ……ダレン……」


 ダレンはますます複雑な表情をした。その表情はいくら味わっても味の要素を分解できない滋味深いスープのようだった。あるいは全ての風景を反射して揺れる水面のように、俺は彼の表情の奥をちっとも見通すことができなかった。


「違うよ。焦って無駄に体力を使うより、確実に歩みを進める方が良いって言ったんだ。彼女の足は強靭だから。とてつもなく遠くに行っているかもしれない」


 確かにそうだ。俺は無意識にその言葉に甘えた。俺は彼に、彼の真意を「合理的思考」の一言で片付けることを許された。ぼんやりとした脳に生温い靄状の罪悪感が入り込んで停滞する。俺は差し出された水筒の水を煽った。ひんやりとした理性の雫が滴る。


「——団長殿ーーーッッ!!!!」


 不意に、ここに居る筈もない者の声が聞こえた。その声のする方を見た。


「え……?」


 それは空に居た。確かにこの場所、この気候の元に居る筈もない存在が居た。しかしその声と実体は結びつかない。それは一人と一匹だった。何もかもちぐはぐな二つが一匹の——雪玉のような体にふわふわの羽毛、黒豆を思わせるつぶらな瞳に薄く透き通る羽根をいたいけに広げた存在に集約されていた。


 ……つまりどういうことかというと、空を羽ばたくシマエナガからウルフェンの声がしていた。


「は? え? ん?」


 俺は全ての思考を吹き飛ばして放心した。


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