人知れず、不信
俺達は物置の扉に手をかけた。軋む音を立てて開きゆく扉の中に、ゆっくりと俺の杖に灯った光が落ちて入り込んでいく。
朧げな光の中、立てかけられた額縁の中の瞳が俺を捉えた。色褪せて生気のなくなった瞳。俺は喉まで上がった悲鳴を飲み込み、肖像画から目を逸らした。
中は先程見たときと変わらず煩雑としていた。木箱や棚といった収納家具は整然と置かれているのだが、その木箱の上に謎の道具が積まれていたり、棚に置かれたものの一部が通路に飛び出していたり、大きすぎるピアノが通路を圧迫していたりと、空間に対して物が多すぎる感じが否めなかった。
「貸して」
と言って、ダレンが俺から杖を取り上げた。そして術者を離れ、明かりの消えた杖に再び彼が明かりを灯した。彼が先陣を切って部屋に入っていく。流石騎士団長、と野次を飛ばそうかと思ったが癪だったのでやめた。
俺とレイも彼の後に続いた。視線の先はもちろん床。蓋や落とし戸がないか、物を避けながら探していく。
俺は何個か木箱を退けた。ふと気になって蓋を開けてみたが、よくわからない反物や書類が入っていた。やはりどれも前の住人のもののようだ。
そうしているうちに、レイが小さな声を上げた。石レンガの床に四角形の溝がある。彼女が溝に指を入れ、蓋と思しき箇所を引き上げると、確かにそれは蓋だった。蓋の下には丁度人間が一人、ゆとりをもって入れそうな縦穴とハシゴがあった。
「どうする?」
俺の問いかけに、レイは視線で答えた。何か物言いたげな目で俺を見つめている。俺達はアイコンタクトをすることが多いが、果たして本当に相手の真意を理解できているのだろうか。少なくとも今の俺は、なぜ彼女がそのような目をするのかがわからなかった。なぜ「率先して降りたい」、なんて目をしているのか。正義感からなのだろうが、それ以上の何かがあるような気がした。
だが、しかし。この場でより深いクリスティーへの見立てを持っているのは俺とダレンだ。共謀してクリスティーに接近し、その正体を論じ合った。レイにはない疑念をも持っている。
「レイ、俺とダレンが下に降りるよ。レイはもう一度この部屋を探して、クリスティーが倒れていないかを確かめて。お願い」
俺がそう言うと、レイは首を横に振った。その仕草に俺は困ってしまった。もう随分引き返せないところまで来てしまった。彼女に不安を与えない、という決意がプレッシャーのように張り詰めている。
「……レイ、夕食は楽しみ?」
レイは目をぱちくりとさせた。そして真剣そうな顔をして、しっかりと頷いた。
「うん、変わった味はするけど……そういう郷土料理だと思うから、楽しみ」
……ああ、そんな風に思っているのか。ならば、絶対に。
「絶対に降りてきちゃダメだよ」
そう言って俺は、ハシゴを下った。既にハシゴを下ったダレンが杖を持って見上げている。それだけで階下に危険がないことがわかった。だが、それでも、ハシゴの途中で振り向いたときはドキッとした。オバケのように照らし出された室内には——赤に白の脂肪が這った、肉の塊が吊るされていた。
「うわぁっっ!!」
俺はハシゴから足を踏み外し、階下に落下した。といっても子供一人分の高さだ。床に尻を打ちつけ、俯いて静かに悶えたが、この程度ならせいぜい二日痛みが残るぐらいだろう。ダレンが動く気配はない。狼狽のステップを踏めよ、そこは。
ふと身体に冷気が染み入る。……冷気? 俺は顔を上げ、振り向き、再び部屋の中を見た。
天井から吊るされた肉の塊。筋張り、骨の飛び出した肉の塊。その側には、様々な野菜と白くふっくらとした塊が数個ずつ鈴なりに吊るされていた。部屋の奥の棚には、お待ちかねの料理が並べられていた。
——どう見ても食料庫だった。
「はああああぁぁ……」
「大丈夫? 腰とか抜けちゃった?」
抜けてないわい。「とか」って何だ。優しさを装った台詞の中に絶妙な棘を仕込むな。お前はレイが居るときと居ないときで俺への態度を使い分けているようだが、まだ彼女はハシゴの上で俺達を見てるぞ。
俺はハシゴの上に向かって手を振った。レイが心配した顔で俺達を見てくれているだろう、と思ったが、何やら不満そうな顔がそこにはあった。しかし彼女は何かを諦めたように踵を返すと、どこかへと去っていった。俺の言った通りに物置を探索してくれるのだろうか。そうしてくれるとありがたい。
「お手をどうぞ?」
「結構!」
俺は薄ら笑いするダレンの手を振り払って立ち上がった。やはりズキズキと尻が痛い。しかし動けないほどではない。
俺は吊るされた肉に歩み寄り、観察した。魔物の胴だ。一見牛の胴にも見えるが、異常に発達した背筋がそうではないことを示している。ちゃんと血抜きされているのだろう。血の臭いはさほどしなかったが、肉の断面の歪さから、素人仕事であることがわかった。




