暗闇に揺れる未知のベール
さて、その後の俺達は貝拾いやヤシの実割りをして遊んだ。俺とレイが砂浜に上がると、ダレンはやっと俺達に加わって遊び始めた。まさかこいつ、俺が溺れないかを見張っていたのか?
貝拾いでは縞々の巻き貝や薄いメレンゲのような貝、ざらざらとしたシーグラスを拾った。粉砂糖をまぶした飴にも似たシーグラスをレイが口に含もうとしたので、俺達は慌ててそれを止めた。
レイはしげしげとシーグラスを眺めた。そして口の閉まった貝を拾い上げると、俺達にこう問いかけた。
「なんで昨日、扉を開かないようにしたの?」
「え〜っと……」
その問いに俺は、なんと答えるべきか迷った。それはクリスティーを怪しんだが故の行動だったのだが、結局のところ昨晩は何も起こらなかった。俺が思っていたよりもクリスティーが危険でないことがわかったのだ。ならば、レイを無駄に不安にさせる必要もない。
「部屋に鍵がなかったからね! そこの信用ならない灰色男が君の部屋に忍び込めないようにしたんだ」
「はぁ?」
「……そうなの」
彼女は呟き、海を見た。生温い風が俺達の身体を撫でていく。そろそろ夕方だろうと思われるのに、日はそれなりに高い位置に浮かんでいる。
俺の心はいつだって冬にある。晩夏の夕方、中々日の沈まない時間は異界に迷い込んだように感じられる。白昼夢のように白い空のなんと恐ろしいことか。逢魔が時とは、太陽という名の魔に見つからないようじっと隠れる時間なのだ。しかし今はそんな太陽と真正面から向き合っていて、少し頭がくらくらする。
ふと南の空を見上げると、霊峰のような入道雲が発生しているのが見えた。俺達は慌てて駆け出し、なだらかな丘を駆けて崖の上へと回り込み、館へと飛び込んだ。
「おかえりなさいませ」
と、タオルを持って出迎えたのはクリスティーだった。俺達は突然の雨の気配に慌ててしまい、濡れ鼠のまま館の玄関に入ってしまっていた。
「ご、ごめんなさい!」
「いえ、大丈夫ですよ」
咄嗟に濡れた頭を下げ、タオルを受け取ろうとしたそのとき、俺は違和感に気がついた。クリスティーが俯いている。
「どうしました?」
「あ……いえ……」
彼女は戸惑った風に顔を上げた。その顔色は悪く、眉は下がり、少し疲れているように見えた。
「なんでもありません。夕食は午後七時半にお呼びしますね。それまでお部屋でお寛ぎください」
彼女は力無く笑み、「拭き終わったタオルは靴棚に置いておいてください」と伝えると去っていった。俺達は顔を見合わせた。
しかし、見合わせた顔をすぐに背けあった。気にしていても仕方がない。俺達は館の外に出ると、互いに背を向けながら着替えた。そして各々の自室に戻ると、俺はベッドに転がって壁掛け時計を眺めた。針は七時を指している。
海水浴後特有の心地よい怠さが身体に満ちている。身体の熱が海水の冷たさと大気の暑さの汽水域にある。ふかふかのベッドの中、マーブル状の眠気が押し寄せ、俺はゆっくりと目を閉じた。
「……きて、起きて」
遠くから声が聞こえる。ダレンの声だ。俺は重い瞼を開き、ぼんやりとした視界がはっきりしてくるのを待った。するとそこには確かにダレンとレイが居て、ベッドの上の俺を見下ろしていた。
「どうしたの?」
「もう午後八時だ。何かがおかしい」
俺はむくりと起き上がった。頭が痛い。全身の血流が滞っていた感じがする。俺は壁掛け時計を見た。確かに八時だ。外の気配を探るべく耳を澄ますと、激しい雷雨の音が意識の中に入ってきた。これでは外の様子がわからない。
「クリスティーは?」
諦めて直接ダレンに問いかけると、彼は黙って首を振った。そして背を向けて歩き出したので、慌てて俺もベッドを降りてついていった。部屋を出ると、見渡す限りにざらついた闇が立ち込めていた。俺は仄かな窓明かりを頼りにレリーフの辺りまで進み、レリーフに魔力を込めた。しかし何も起きず、どうやらシャンデリアや壁掛けの燭台の蝋燭が全て燃え尽きているらしいことがわかった。
俺は自室に戻り、杖を持ってきた。そしてその先に明かりを灯し、頼りない光を吹き抜けに翳してみたが、一階の様子は窺えなかった。
「どういうことだ」
「さっきのクリスティーは体調が悪そうだった。寝込んでいるか、最悪どこかで倒れているかもしれない」
「そんな……」
俺達は眼下の暗闇を見下ろした。心にあるのは飯にありつけない心配や、視界がよろしくないことへの不安ではない。だが、クリスティーへの純粋な心配でもない。
俺達は慎重に動き出した。二階、一階の全ての扉を開いて回り、クリスティーの自室と思しき部屋もまた覗いたが、彼女の姿はどこにもなかった。
心に嫌なものが這い寄った。やっと解明できたと思えた未知の存在が、またしても未知のベールを被ってしまった。
彼女は一体どこに居るのか。俺達は詳しく館を探索することにした。




