扉を開かなくする魔法
「それと、いつからここに住んでいるのかも聞いたよ」
「それは有益そうな情報だな。いつからだって?」
「……うーん」
ダレンは言葉を詰まらせた。何か怪しい点でもあるのか?
「二十年前からだって」
「二十年前ぇ〜?」
「そう。この館は数百年前から代々誰かが住んできたもので、二十年前に空き家だったここをご主人が買ったらしいよ」
「……」
なんというか、怪しい。怪しいのだが、根本的に怪しかったのに今気がついたというか。
このドリームヒルズは、いつから「異界」だったんだ? クリスティーの主人が館を買った後から? 前から? それとも……最初から?
「この土地っていつから異界だったんだ?」
「さあ? 三百年前の文献で、当時既にここが異界だったことがわかっているけど、それ以前のことはそもそも文献が残っていなくてわからない」
三百年前の証拠があれば十分だ。三百年も二百年も百年も変わらない。あまりにも長すぎる年月だ。なぜ人々はこんな誰もが忌み嫌う土地に、館を作って代々住み続けた? 彼らはなぜ、何の為に、そんな酔狂なことをしたのか?
「何とも言えないね。とりあえず今日は遅いし、もう寝よう」
「夜中に襲われたりしないか? 全員同じ部屋で寝るのはどうだ」
「さっきも言ったけど、彼女に害意はないように見える。むしろ、露骨に警戒した行動を取る方が刺激してしまって危ないかもしれない。俺は自分の部屋で寝るよ」
そう言うとダレンは立ち上がり、部屋の扉に向かって歩いていった。
「おやすみ」
ゆっくりと扉が閉まり、俺は一人取り残された。
雨が激しく窓に叩きつけている。今しがた閉まった扉を眺める。俺はベッドの端まで転がっていくと、床に置いたザックを引き上げ、中から魔導書を取り出して開いた。
「……『扉を開かなくする魔法』」
俺は魔導書と杖を持って部屋を出た。俺の部屋の左隣、レイの部屋の扉をノックする。
「……クラブ?」
「クラブだよ。もしかして寝てた? 起こしちゃってごめんね。今から朝まで、この部屋の扉を外側から開けないようにしてもいいかな?」
「いいけど、どうして?」
微睡んだような彼女の声に、俺は迷った。無垢で無防備な声が愛おしくてたまらない。そんな彼女に対して、俺は……
「ちょっとね」
……そう濁すことにした。
「わかった」
了承が返ってきたので、俺は扉に杖をかざした。淡い光の粒が舞って、扉に溶け込んでいく。
全ての光が溶け込むのを見届けると、俺はダレンの部屋の扉の前に立った。
「ダレン、この部屋の扉を外側から開けないようにしてもいいか」
「まさか一晩中三つの魔法を維持するつもり?」
けっ、全部お見通しかよ。
「いいや、二つだ。自分の部屋の扉には何もしない。一晩中起きてりゃあそれで十分だろ」
「ふうん、そう。結構。俺の扉に魔法は要らないよ。君がそういうつもりなら、俺も一晩中起きてる」
急につっけんどんな感じになった。拗ねたのか? まだまだガキだなあ。
なんてことを言えば、扉越しの戦争が勃発するのは目に見えていた。なので俺は無言で立ち去り、自分の部屋の中へと戻った。
ベッドの上であぐらをかき、体の前で杖を持つ。壁掛けの燭台が橙の光を放ち、ごく狭い範囲を照らしている。雨と風の音がうるさい。夜と雨は俺のメンタルを不安定にさせる。
俺は燭台の炎を見つめた。ゆらゆらと揺れるその光だけが精神安定剤だ。俺は炎を見つめたまま、動かず、ひたすらに耐えた。やがて燭台の蝋燭が短くなって、何度かそれを替えているうちに、不意に窓の外の音が止んだ。俺は蝋燭を持ったまま振り返り、窓の外を見た。空は白みだしていて、雨と風は止んでいた。
それから俺は、完全に夜が明けるのを待った後、レイの部屋の扉をノックした。寝ぼけ眼を擦って出てきた彼女の姿に、俺はほっとする。
「おはよう、レイ。扉にかけた魔法を解いたよ。そろそろ起きるかな?」
「二度寝したい……」
「そう? それじゃあもうちょっとだけ魔法をかけておくね」
「……ううん、それなら起きる」
彼女は徐々に声をしっかりとさせて、半分閉じていた目を開いた。そして少し眩しそうに瞬きをすると、部屋の中へと戻っていった。これから朝の支度をするのだろう。俺も自慢のボサボサ頭を整えなければならない。
俺は自室の洗面所に立ち、鏡と相対した。金のツタ模様に囲まれた鏡面に、思っていたほどボサボサでない頭の俺が映っている。一晩中起きていたからそんなでもないのか。しかしそれでもボサボサはボサボサ。俺はザックから包みを取り出し、丁寧に表面の布を剥がした。そして露わになった木箱の蓋をそっと開け、中から櫛を取り出した。黒い櫛。レイの贈ってくれた、何よりも大切な櫛だった。




