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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第三章 異界編
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タンクトップのシンデレラ


 二人でぞろぞろと階段を降りていくと、丁度クリスティーが食堂から出てくるところだった。俺達は彼女に駆け寄ると、ない手帳を見せびらかした。


「この館に泊まっている者です」

「存じておりますが……?」


 俺はない手帳を注視した後、懐にしまった。懐が0g重くなった。俺は彼女に向き直った。


「せっかくですし、少しお話をしませんか? なにぶんこの辺りは変わった土地ですから、そこでの暮らしにとても興味をそそられるのです」

「はあ、なるほど……」

「お仕事がひと段落してからで構いません。なんなら、一宿一飯のお礼にお手伝いしますよ」


 俺は努めて柔らかい笑みを浮かべた。クリスティーは迷っているようだった。しかしやがて頷くと、「こちらへ」と言って歩き出した。俺達はその後に続いた。

 クリスティーは、エントランスを挟んで食堂の扉の対面に位置する扉を開いた。そこは暗く、広いにもかかわらず空っぽの部屋で、むわりと熱気が立ち込めていた。


「お二人は、氷を生み出す魔法は使えますか?」

「氷?」


 空調用だろうか? しかし、この館にはずっと熱気が立ち込めている。これが使用人の仕事ならば、なぜ今まで館は暑かったのか。


「……ええ、まあ、氷は空調用なのですが。私一人の力では、ご主人様のお部屋を冷やすだけで精一杯なのです」

「一人? 他に使用人の方はいらっしゃらないのですか?」


 クリスティーは頷いた。そうか、通りで静かだと思った。確かに使用人が一人だけでは館全体の空調は賄えない。


「そういうことですか。では、俺達二人で館全体に行き渡るぐらいの氷を作れば良いのですね。よしっ、やるぞダレン!」

「言っておくけど、俺は氷魔法は使えないよ」

「えっ」


 何とも言えない寂しい目が俺を見下ろしている。身長高いな……じゃなくて、氷魔法が使えないだと? じゃあ、俺一人で莫大な量の氷を作らないといけないのか!?


「クリスティーさん、あちらで私とお話しましょう。あなたからお聞きした愉快な話は、私が代わりに彼に伝えておきます。きっとワクワクして眠れなくなりますよ」

「ま、待って……!」


 光溢れる、閉まりゆく扉の隙間。最後にもう一度寂しい目が俺に向けられて、扉は完全に閉ざされた。俺は真っ黒な暗闇の中に取り残された。


「待ってよ、杖ない!」


 俺は再び扉を開け放ち、杖と燭台を取りに走った。



 おかしくなるかと思った。暗い中に頼りない燭台の明かりだけが灯る部屋で、延々と氷を作り続けた。段々と寒くなっていく空気に、タンクトップに半パンの俺はガチガチと歯を鳴らして震えて、途中で冬用の上着を取りに行った。うん、別に囚われていた訳ではないからそんなに哀れな感じはないな。それでも俺は、悲劇のヒロイン的な気持ちで労働に身をやつした。


「シンデレラ! 仕事は終わりよ!」


 ……ではないが、扉を開け放ったダレンの言葉は大体そんな感じに聞こえた。俺は自分の身をさすりながら、氷の洞窟と化した部屋を出た。その瞬間、館本来の気温が身体に染み込んだ。暑い筈のそれは、キンキンに冷やされた身体には生温く、しばらく上着を着たままでもいられそうな感じだった。普通に脱いだが。

 それから俺達は俺の部屋へと戻った。そして再び窓辺の椅子に腰掛けて情報共有……といきたかったのだが、魔法の使いすぎでグロッキーになっていた俺はベッドに倒れ込んだ。氷を「生み出す」という単発魔法の連続だったが、流石に疲れた。これが維持魔法だったらどれほど疲れたことか。とにかく疲れた俺はベッドの上で死を迎え、ダレンだけが窓辺の椅子に腰掛けた。


「君って自分の限界がわからないタイプ?」

「頼られると張り切りすぎちゃうタイプと言ってくれ」


 その方が健気に聞こえるから。俺はため息をついて仰向けになると、灰色の天井を眺めた。

 石のレンガで造られたこの館だが、本来縦に積むものであるレンガで扁平な天井を作ることは難しかったらしく、部屋の天井はレンガで小さなアーチ型を繰り返し作って並べた感じの仕様になっている。壁の形が山型食パンのように見える。お腹空いてきた。

 しかし、空腹と疲労にくたばっていても可及的速やかに情報が欲しい。極寒の試練を乗り越えた俺の報酬系がうずうずしている! 俺はダレンに促し、クリスティーから聞き出したことを語らせた。


「まず、館のご主人について。どうやら熱中症の後遺症が残っていて、しきりに氷を求めているらしい。だからクラブが頑張って作った氷だけど、恐らく全部ご主人の部屋に回される」

「はあ!? あんなに頑張ったのに!?」

「クリスティーさんは『館全体を冷やす為の氷を作って』なんて言っていなかったよ。君が早とちりしただけだ」


 確かに言われてみればそうだ。しかし……


「『ご主人』なんてこの屋敷に居るのか?」

「そこだよね」


 そう。俺達はクリスティーについて、人ならざる者だという予想を立てたのだ。彼女に害意はないように見えるが、この館が彼女の巣であり、使用人としての姿も人の目を欺く為のものであるならば、そもそも「ご主人」という存在自体も怪しくなってくるものだ。

 大量の氷は何の為に使われるのか? 俺は思考の海に沈みかけたが、ダレンが再び口を開いたことで我に返った。


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