朝焼けと旅立ち
「聖テオドア騎士団の団長の前で良い度胸だねぇ」
「どうせお前に信心はないだろ」
「そんなことはないよ! 俺はちゃんと敬虔だから」
嘘つけ、白々しい。ダレンは鴨のソテーを切り分けて食べると、ナフキンで口を拭った。
「話を戻すと、つまり『厄災』はテオドア様のおっしゃった『悍ましいもの』の通称で、今現在、世界に災いをもたらしているシスターこそがそれではないかと言われているんだ。彼女はここ最近になって世界各地に出没するようになった、正体不明の存在だ。俺達騎士団は、彼女を啓鐘者と名付けた。それは一般的な呼称ではなくて、俺達騎士団の中だけの呼称。『厄災』がその啓鐘者だという見解も、騎士団独自のもの。そもそも啓鐘者の存在を知らない人の方が多いだろうね。
彼女がどうして現代的なシスター服を着ていて、どうしてあんな異形の姿をしているのかはわからない。しかし彼女は、目に見えない瘴気を放っていて、その瘴気に触れた者に狂気と知恵を与える。妄想や幻覚に取り憑かせ、混乱した頭脳によって、戦争、闘争、襲撃などを企てさせるんだ」
「……厄災を起こす、厄災」
「その通り」
レイの言葉にダレンは頷いた。
「で、お前はそいつを止めるのに俺達を協力させる魂胆だった訳か。お前はその為にこの場を用意したんだな。でも俺達がシスターを追っていたのは嬉しい誤算で、お前はハナから俺達の目的を知っていた訳ではなかった。ならお前は本来、俺達をどう言い包めるつもりだったんだ? お前の本当の目的は、レイを離さないこと——っっわぁ!!」
俺は椅子ごとひっくり返った。テーブルクロスの下でダレンが突如として足を上げ、彼の足を踏みつけていた俺を転倒させたのだ。ダレンは驚いたような顔をして立ち上がり、俺の側へと駆け寄ってきた。
「わぁ、大丈夫!? 変な座り方はしない方がいいよ」
やめろ! 俺に触るんじゃない! 抵抗虚しく、ダレンは俺を白雪姫のように抱き起こした。そして彼はレイを見上げて、こう言った。
「あのね。俺は、君達を冒険者として雇うつもりだったんだ。レイ、君の怪力は凄かった。クラブ、君の魔法も便利だった。俺達三人で、啓鐘者の謎を解く調査隊を組もうよ」
——彼のその言葉は輝いていた。少年が友人を秘密結社の結成に誘うかのように、あどけなく、眩く。床に膝をつき、レイを見上げた彼の背丈は、丁度そのぐらいに見えたのだろうか。
「……啓鐘者と、アンドロイド達の関係は」
「瘴気で結ばれているだろうね。アンドロイド達が人々を襲うのは、啓鐘者の瘴気を浴びたせいだ」
——レイの瞳がきらりと輝いた。
「わかった。三人で一緒に旅をしよう」
「ま、待ってよレイ。別にダレンが居る必要はないんじゃないかな。啓鐘者を追うだけなら、俺達だけでも……」
「クラブ」
ダレンの声に俺は思わずそちらを向いた。ダレンは両手で自身のポニテを持ち、ゆっくりと束を分けていく。なぜだか目が離せない。彼は二つに分けた毛束を——頭の左右にくっつけた!
「ぎゃあ!」
「昨日のクラブだ」
どうして俺がツインテをさせられたことを知っているんだ! くそっ、それもこれも金がなかったせいだ。そう……金がなかったせい。
「軍資金、金貨百枚」
「……乗゛ります!!」
俺は悔し涙を流しながら頷いた。ここ百年で一番悔しかった。
ああ、俺はレイに旅を止めてほしいんだ。でも、それでも、俺の金銭的な甲斐性のなさで旅を止めてしまうのだけは……嫌だ。
ダレンは満足気に微笑んで立ち上がった。そして自分の席に戻ると、「食べようか」と言った。そうして俺達は、やっとまともに昼食を食べ始めた。
アンドロイド達が人々を襲うのは、啓鐘者の瘴気を浴びたせい……
本当にそうなのだろうか。俺は疑問に思ったが、なんとなく口にはしなかった。
その翌日。地平線に日が昇り始める頃、俺達は騎士団本部の門の外に立っていた。
「団長殿ーー! 壮健でーー!!」
「うん、必ず結果を持ち帰ってくるよ」
「団゛長゛殿゛ッ!! なぜこのウルフェンを連れて行ってくださらないのですか!! この場に居る誰よりもあなたのお役に立てる自信があるのに!!」
「だってウルフェンは騎士じゃないから。十六歳になるまで、ちゃんと腕を磨いておくんだよ」
「ワン!」
……賑やかな門出だ。多くの騎士達が門の内側に集い、俺達に手を振っている。
「どうしてこんなに早く出る必要があるんだ?」
「門出というものは、日の出と共にあるべきでしょ。旅の初日が一番遠くまで歩けるんだから」
確かにそれもそうだ。日の出は始まりを象徴する。日の入りに沈みがちな俺のメンタルも、日が出るとぼんやりと浮き上がり始める。日の出というものはとてもポジティブで、何かを始めるのにうってつけの時間帯なのだ。そして、何事も始めた初日が一番成果を出せるのだ。
俺はジャンプして背中のザックを揺らした。中には昨日、与えられた銀貨十枚で買い溜めた物資が入っている。食料、水、ロープ、防寒具。俺達の旅の生命線は、先日までよりもはるかに太く丈夫なものになっていた。
「さあ、行こうか。決して振り返ってはいけないよ」
「振り返りたくなるのは、お前だけだろ」
俺の言葉にダレンは瞬きをした。何をそんなに驚いているのか。ダレンはしばし躊躇うように、戸惑うように視線を彷徨わせた。しかしやがて、懐っこく眉を下げると破顔した。
「……ちょっとだけね」




