二回目の人類
俺は驚いた。彼の表情、いや姿には、幾重にも折り重なったような叡智が滲んでいた。背筋を伸ばし、手を膝の上に置き、顎を引き、凛と見つめる。その一連の仕草一つとっても付け焼き刃のような違和感はなく、官僚や貴族、あるいはそれ以上に品のある振る舞いがよく身に馴染んでいた。
最早俺の目の前に居るのは十五歳の子供ではなく、十九歳の大人でもなかった。一国をも背負う権力者が、そこには居た。
「啓鐘者、というのはね。厄災だと言われている」
ダレンはそう言って、すぐ側の石像を見上げた。太陽の位置が変わり、後光が差さなくなった像からはのっぺりとした印象を受ける。
「厄災というのは、テオドア様がおっしゃったとされることなんだ。まずはそこから語らないといけないね。——始祖王テオドアの伝説を。
今からおよそ五百年前、この星に二回目の人類が降り立った。彼らは第二の始祖達と呼ばれ、共に降り立った存在を崇めた。それが始祖王テオドア。始祖達を創造し、人間の体でこの星に降り立ち、その身朽ちるまで文明を率いた神だった。
始祖達は現在のローレアの近くに降り立った。始祖達は皆、生まれたての赤子のように無知だった。しかし神であるテオドアは全知全能であり、初めからこの世の全てを知っていた。
文明の一つもない、まっさらな大地を見渡したテオドアは、『北の果実は我々の血肉となる』と言った。その言葉に従い始祖達は北上し、現在のスノウダムに町を作った。テオドアの知識と慧眼により、町は著しく発展した。
テオドアの人の身が老いた頃、彼は始祖達を集めて、『はるか彼方から悍ましいものが目覚める』と言った。始祖達とその子孫達は恐れ、悍ましいものを滅する魔法を研究し始めた。やがてそれが完成すると、テオドアは単身にて魔導書と杖を持って町を去り、その後行方知れずとなった。
……『悍ましいもの』が何だったのかはわからない。テオドアと相打ちになったのか、現在も在り続けているのかもわからない。よって、『悍ましいもの』は正体不明の『厄災』として、現在でも恐れられているんだ」
ああ……確かそんな話だったな。流石に聞いたことはあったが、うろ覚えだったので助かった。始祖王テオドア、なぁ。
実のところ俺は、五百年前のことはわからない。遠い昔、俺はするべきことをした後に眠りについた。だだっ広い森のど真ん中でぱたりと倒れて、眠って眠って眠り続けて、後に森を開拓した冒険者に起こされるまでずっと眠り続けていた。不老不死になったことによる反動だったのかはわからないが、かなりの間俺は眠っていたようで、森の外に出ると以前はなかった筈の文明がワサワサと繁栄していた。
それが大体百年前のことだったから、つまり俺の記憶には少なくとも四百年以上の空白がある。だって、俺が眠りにつく前は……
「二回目の人類って、どういうこと」
「ああ、それはね……」
ダレンは机に両肘を突き、ゆっくりと両手を顔の前で組むと、こう言った。
「——人類は一度滅んだんだ。そしてそれから数百年後、神はもう一度人類を創造した。だから俺達は、二回目の人類ということになるんだ」
俺が眠りにつく前は、この世に俺以外の人類は居なかった。
「……ッ」
彼の言う通りだ。確かに千年前、俺以外の人類は滅んでいた。故に、何らかのカラクリで五百年前に再発生した人類は、この星にとって二回目の人類ということになる。
俺は隣のレイを見た。緊張した様子で、昼食のプレートに全く手をつけていない。俺は「スープが冷めるよ」と言って、彼女に食事を促した。彼女は困ったような表情をして、スープのカップを持ち上げかけて、やめた。
「……ローレアの森の遺跡の、年代は……」
「千年前と聞いているよ」
「一回目の人類の……血の色は」
どうしてそんなことを聞くのか。怯えたような彼女の問いにダレンが答える。
「わからない。なにしろ、当時の遺物はほとんど残っていないから。一回目の人類が居たという証拠は、ローレアの遺跡以外にないと言ってもいいんだ。この世界には」
シンと辺りは静まり返った。俺は鎮座する像を見上げる。
「変態みたいな顔の神だ」
とても、いけすかなかった。




