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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第三章 ダレン編
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汝、欲に従いなさい


「おはようございます。俺達は……」

「クラブとレイだね。昨晩、団長殿から話を聞いたよ。君達のことはみんな承知しているから、そう警戒しないで」


 男は人の良い笑みを浮かべた。そしてその笑みに素直に警戒を解いている自分が居た。俺は悟った——「あ、ちゃんとした人だ」と。なんというかこう、顔つきや言葉の柔らかさだけではない、真似のできない大人の雰囲気ってどうしてこうも悔しい心地良さを感じるのだろう。

 みんな承知している、か。そういえば、昨晩も門番に話が通っていたな。ダレンはこの一件を伝える為だけに騎士達を招集でもしたのか? 騎士団長の手腕は中々あなどれないな。最も、ウルフェンは承知していなかったようだが。


「さあ、まずは朝食だね。食堂まで案内するよ」

「あなたの名前は?」

「エイブラハム。エイブラハム・ハンクス」

「ハンクス、さん」


 レイも肩の力が抜けているようだ。俺達はハンクスの後ろにつき、一列になってぞろぞろと歩き始めた。


 食堂の扉は俺達の部屋の扉の何倍も大きく、絢爛な彫刻が施されていた。そしてその扉をハンクスが開くと、眩い朝の光が内側から溢れ、息を呑むような内装が姿を現した。

 自分達の正面、そのはるか彼方には天井までの大開口窓があった。窓は現代において他に類を見ない程巨大で、とてつもなく広い部屋の隅々まで照らす光を贅沢に取り込んでいる。壁と天井の境目はほぼなく、アーチ型の天井一面にはくらくらする密度の宗教画が描かれており、天井から等間隔に降りる彫刻過多な柱に沿って、彩り豊かな料理の数々が載った白いクロスのテーブルが二列、道を作るように並んでいる。そしてその消失点、大開口窓の手前には男の石像があった。像の頭部には丁度窓の外の太陽の位置が重なっていて、後光のようになっていた。


「凄い……」

「豪華ですね。眩暈がするほどに」


 俺がそう言うとハンクスは笑った。言葉の含みに気がついたのだろう。全くどうして、発展した宗教は清貧の真逆を行きがちなのか。豊かさと権力をこれでもかというほど誇示した金殿玉楼には、いっそ虚しさを覚えるね。

 しかしここまでエレガントな食堂ならば、料理の味もさぞかし素晴らしいことだろう。カークウッド一家に振る舞われた食事の美味しさを思い出し、俺の口内に涎が湧き出る。拒食が転じてリッチな舌になってしまったなあ。


「さあ、騎士団の朝食はバイキング形式だ。もちろんラズベリーもあるからね。好きなものを取って食べるといい。ただし……」


 ハンクスは自分の唇に指を当てた。


「私からは離れないようにね」


 お茶目なウインクが様になる紳士だ。その言葉に俺は首を傾げたが、理由を聞く程でもないと思った。それほどまでにこの紳士の存在は安心感があり、それ故に俺は、与えられた教訓を飲み込んだきり反芻しない豚になってしまったのだ。

 俺達は従順にハンクスの後ろに並び、皿を持ってテーブルを回った。バルサミコ香る照り鶏のスライスに、紅白の網目模様が美しい鯛のポワレ。柑橘のスライスが入った水のピッチャーが、なんだかんだで一番心が躍る。

 俺は振り返って辺りを見渡し、感嘆のため息をついた。そして——


(あっ、ラズベリーだ)


 ——道を挟んだ反対側、もう一列のテーブルにラズベリーの皿を見つけた。俺はついついハンクスの教えを忘れて、そちらに駆けていってしまった。

 二列のテーブルの間には距離がある。そのテーブルへと駆け寄っていき、間近で目当ての皿を見ると、ラズベリーが思っていたよりも少ないことがわかった。丁度俺が取ったら皿が空になるぐらいだ。俺は特に遠慮もなく、ごく当たり前のようにそれを皿によそおうとした。すると突然、高飛車な声が俺の鼓膜を震わせた。


「そのラズベリーは僕のものだ」


 ウルフェンか? そう思った。しかしその声は傲慢というより高慢で、振り向くとそこには、ひょろりとした身体を尊大に反らした青年が居た。


「なんだ、お前」

「『お前』とはなんだ! 高潔な騎士であるこの僕に向かって不敬だぞ。僕はそのラズベリーが僕のものだと言ったんだ。この剣の錆になりたくなければ、大人しく平伏して譲ることだね」


 剣の柄に手をかける青年を見て、俺はたじろいだ。おいおい、どうしてラズベリー程度で剣を抜こうとしているんだ。確かに、ラズベリーはテオドア教の信徒にとって神聖な果実と聞くが。

 俺は特段ラズベリーに執着がある訳でもないので、大人しくよそった皿を差し出した。すると青年はニヤリと口角を吊り上げ、俺の脇腹を勢いよく蹴っ飛ばした。


「ハーッハッハ! 僕に負けたな!! いい気味だ。これで君は僕の支配下だ。大人しく頭の角を切り、僕の星望騎士、いや領民になるといいよ〜」


 訳も分からず倒れた俺は、顔を上げて目を白黒させた。彼は俺の側にしゃがみ込み、ぶりっ子のように両腕で頬杖をついて俺を見つめてきた。


「そこの君! そこまでだ!」


 芯の太い声がして、俺はようやくハンクスの教えを思い出した。ハンクスがこちらに駆け寄ってきて、青年の肩を引いて自分に向き直らせた。


「敬虔というものにも限度があるよ。少なくともこのような場では調和を重んじるべきだと思うが」

「ハンクス副団長。敬虔であることに限度を設けようだなんて、怠慢ではありませんか? テオドア様の信徒が聞いて呆れる! 僕はテオドア様の教えに従い、支配の限りを尽くさなければならないのです。首を垂れ、そこを退きたまえ!!」


 その瞬間、バキリという重い音がした。ハンクスが青筋の浮いた拳を握り込んでいた。


「黙りたまえ」


 俺は唖然とした。ハンクスの表情は先程俺達に見せたものとは打って変わっていた。ハンクスは眉間の彫りに冬将軍のような冷酷さを染み込ませて、青年を見据えている。まるで、陰惨な「教育」の蔓延る学校の教師のように。

 青年は頬を押さえてぷるぷると震え、きっとハンクスを睨みつけた。


「いつかあなたを屈服させてみせる。テオドア様の名にかけて」


 青年はくるりとマントを翻し、つかつかと食堂を去っていった。


「……『汝、欲に従いなさい。木苺で口を染める鳥のように、十人の子を持つ母のように、あまねく全てを支配しなさい。ただし己が支配を受けたなら、自らの頭の角を切り、天を仰ぎなさい。星空の向こうの私を想い、私が主であると信じなさい』」


 静かに語り出したハンクスを、俺は感情の篭らない目で見上げた。


「騎士団はその教えに倣っているんだ。だから、迂闊なことはしないでほしい」


 ハンクスは俺を見下ろし、「人の良い」笑みを浮かべた。

 きしょい団体。そう思った。


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