狼とオーバル
時刻は戻り、早朝のこと。自室で眠りについていた俺は、恐竜のような足音と地響きで目を覚ました。
しかしそれでもまだその騒がしさはよそ事のようで、俺は夢うつつの中にいた。故に俺は、破滅的な朝を迎えてしまった。
——爆発音。
自室の扉が爆発四散した。俺は何事かと驚く間もなく、寝巻きの襟ぐりを強烈に引かれて額を激しく何かに打ちつけた。
「うおあっっ!?」
俺は即座に覚醒した。しかし未だに混乱する身体は容赦ない闘牛のような力に引かれ、ベッドの脚、壁、ドアノブにぶつかりまくり、やがて廊下へと放り出された。慌てて俺が顔を上げると、寝起きのぼやけた視界の中で、何者かが俺の部屋の隣にあるレイの部屋の扉に手をかけていた。俺は絶叫し、その人物の身体に縋りついた。そいつが動きを止めるのを見て、俺ははぁはぁと息をつく。
「な、なんなん——」
——扉が爆発四散した。
「ダメッッ!! ダメだって!! ねえちょっと!! レイだけは勘弁して!!」
扉は爆散していなかった。俺が爆発音だと思っていたものは開扉音だったようで、開け放たれた扉から「レ」みたいな形の金具が落下し、床の上で跳ねた。
部屋の奥、大きな窓の前に黒髪の少女が腰掛けている。レイだ。しかし、日の光を浴びてそよ風に髪を靡かせる姿は、なんだか神聖な存在のようだった。
「貴様が団長殿の招いた者か」
レイはゆっくりと振り向いた。なんだか名前の付きそうな角度で、顔の半分を光らせて。
「貴様と団長殿はどのようなご関係だ。どのようにして出会い、どのような名目でここに招かれた」
「ダレンとは数年前に出会った。そして昨日この街で再会して、悪い人を捕まえるのを手伝って、そのお礼として私達はここに招待された」
さらっと団長殿=ダレンで話が通じている。足にしがみつく俺を意にも介さず仁王立ちするバケモノを見上げると、骨ばった頬と鮮やかな赤髪が目に入った。その風貌はジョージを思わせたが、すぐに違うと思い至った。ジョージは、もう……
「お礼……だと……?」
俺がしんみりとしていると、男はわなわなと震え始めた。そして太い足ががくがくと震え始め——俺は勢いよく吹っ飛ばされた。
「ふざけるな!! 貴様らの手など借りずとも、団長殿は悪党の百人や二百人お伸しになれた筈だ!! にもかかわらず、心優しい団長殿が貴様らを立てたのをぬけぬけと固辞もせず受け入れただと……!? 万死に値する!!!!!! 決闘だ、手袋を拾え鼠輩風情ッッ!!」
パァン!と手袋が床に打ち付けられた。そしてそれと同時に、廊下から誰かの走る音が聞こえてきて——
「ウ〜ル〜フェ〜〜ン!!」
——ズサァ!!と床を滑ってダレンが現れた。そして彼は飛び上がり、鮮やかに宙で翻ると、男に回し蹴りを食らわせた。
「ぐはぁっ!」
男が大きくたたらを踏んだ。……今、ポニテが手芸用リボンのロールを放り投げたみたいになってたな。じゃなくて。
「まぁーーた人に喧嘩売ったの!? あれほどやめてって言ったのに!!」
「そうだそうだ!! あれほどやめてって言ったのに、俺が!!」
便乗する俺をダレンが「なんだこいつ」的な目で見てきた。そんな目をしていいのか? こちとら全身打撲だぞ。
男は身体を押さえて呻くと顔を上げた。その顔は俺が思っていたよりも若く、なんなら幼く、十五歳前後の青年に見えた。
彼はきっと目つきを鋭くすると、勢い良くダレンへと振り向いた。
「しかし団長殿、この者共はあなたより強いのですか!? そんな訳はないでしょう!? にもかかわらず彼らを認めて『お礼』などとッ!! 我らが聖テオドア騎士団の団長であるあなたの威厳というものが、ぎゃんっっ!!」
「君は一か百しかない訳!? この人達が俺より強いかは関係ないでしょ!? 衛生兵に感謝しないタイプ!?」
俺達の活躍は衛生兵より民兵寄りだったと思うが。というか遂に明言しやがったな、ダレンこそが聖テオドア騎士団の団長だと。あれだけ騎士になることを嫌がっておいて、隅に置けない出世ぶりだ。とはいえ嬉しくはなさそうだが。
「はぁ、朝っぱらからごめんね二人とも。この子はちゃんと俺が躾けておくから」
「躾……」
「それと、俺は午前中用事があるから。昼食のときに君達と話がしたいな。警備の都合上、それまで宿舎は出ないでほしい。朝食は、えーと……隣の部屋のメガネの騎士に案内してもらって! そへひゃあ」
ダレンは一方的にまくし立て、言い切らないうちに持っていたトーストを口に入れると、走って部屋を出て行った。赤髪の青年の首根っこを掴んで。
「お、お待ちください団長殿! まだ奴らとの話が——」
「お黙り!」
「ワン!!」
……遠ざかる声すらもやかましいな。ダレンの奴、騎士団で女王様でもやってるのか?
(それも昼食のときに聞くか)
嵐の去った部屋で、俺とレイは肩をすくめあった。そして連れ立って部屋を出て、扉を閉めようとした。……閉まらない。諦めて隣の部屋の扉をノックした。すると「はい」と声がして、ゆったりとした足音が近づいてきた。
「ウルフェンの声はよく通るね。おはよう、君達」
扉を開いて現れたのは、垂れ目にオーバル型メガネをかけた、いかにも穏やかそうな壮年の男だった。ああ、彼ならば扉を壊すことも回し蹴りをかますこともないだろう。俺達は胸を撫で下ろした。




