【日常編】楽、恋、爪弾くはリュート①
時系列が前後することを許してほしい。これは俺とダレンがバチバチに睨みあった晩から飛んで、翌日の朝から昼にかけての話だ。
「リュート?」
「そう。持ってきてるでしょ?」
木漏れ日が注ぐベンチにて、レイはこてんと首を傾げた。そして抱えていたザックを漁り、縮小魔法をかけたリュートを取り出すと、彼女はそれをしげしげと眺めた。
晩から朝に飛んで時系列が前後するとは何事か?という感じだが、その中間である早朝にそこそこエキセントリックな出来事が起きたのだ。そこの話を一旦割愛させてほしい。のだが、多少かいつまんで話すと、俺達は早朝、ダレンに昼まで騎士団本部を出ないように言い渡された。そんな訳で、俺達はとてつもなく暇を持て余すことになった。
部外者が騎士達のアジトを隅から隅まで散歩する訳にもいかず、とはいえ与えられた自室はつまらなく、ほどよい行き先を探した俺達は、品の良い花々がしとやかに咲く宿舎の中庭へと辿り着いた。そこで俺は暇つぶしの方法として、レイにリュートを弾くことを提案したのだ。
「久しぶりに弾くから、かなりメロディーを忘れてるかも」
彼女はそう言ってリュートの縮小魔法を解除し、弦を弾き始めた。演奏の出だしは順調で、少し急ぎがちな音色が俺の耳を暖めた。しかしすぐに彼女は迷いだし、いくつか惜しい音を奏でると、演奏を止めてしまった。
このリュートは、俺達がローレアに住んでいた頃に俺が彼女に贈ったものだ。彼女はある日、路上で浮浪者が弾いていたリュートに興味を示した。いや、今思えば、浮浪者の前に置かれた箱に小銭がチャリチャリと投げ入れられる様子が面白かったのかもしれない。いずれにせよ彼女は浮浪者の前に足を止め、しばらく演奏に聴き入った。
俺達は箱の前に並んで立ち、丸々一曲聴き終えた。すると浮浪者が俺達に手を差し出してきた。俺は渋々小銭を浮浪者に渡し、レイを連れてその場を去った。
家に帰ってから、俺はぼんやりと考えた。
(レイとリュート。似合うな……じゃなくて、興味がありそうだったな。次にギルドから報酬が入ったら、彼女にリュートを贈ってみるか。うん、きっと喜ぶぞ)
そんな訳で、その翌月に俺は彼女にリュートを贈った。彼女は目を丸くして、困惑と驚愕の入り混じった表情をした。しかしやがて顔を綻ばせると、「ありがとう」と言った。俺もまた彼女の笑顔が嬉しくて、その日はノリノリで家事をして過ごした。……俺が楽譜を買うのを忘れていたことで、それから彼女はまた一月ほどリュートを持て余すことになったのだが。
「やっぱり弾けない」
「楽譜は?」
「……忘れてきちゃった」
彼女はしょんぼりと肩を落とした。だが、俺には一つの考えがあった。
「大丈夫。楽譜がなければ、自分で作ればいいんだよ!」
「……自分で?」
俺はザックから紙を取り出し、ベンチの上に広げた。真っ白な紙に、ペンで五線を描いていく。そしてその隅に、俺は七個の和音を書いた。
「これは?」
「コードっていって、これを並べると曲ができる……らしい」
「らしい?」
「お、俺もよくわかってないんだ。でも、試しに順番に弾いてみて!」
彼女はぱちぱちと瞬きをした。そして首を振り、「これでは弾けない」と言った。
「これはリュートの楽譜じゃない。この丸い記号は何?」
彼女は俺の書いた音符を指差した。……あ、そうだった。リュートの楽譜はタブラチュアで書くんだった。タブラチュアというのは、平行に書いた数本の線を弦楽器の弦に見立てて、音階ではなく弦を押さえる位置を書いた楽譜のことだ。
一方で俺が紙に書いたものは、ピアノで使うような五線譜と音符であり、全くリュート向きではなかった。なので俺は書いた音符を塗りつぶして撤回しようとした。しかし、俺にはこれ以外の音楽の知識がない。千年前に覚えた五線譜用のコード以外に、今のレイを支える知識がないのだ。
「……探してみるか」
俺はそう言ってレイに両手を差し出した。彼女は少し間を置いてから察したらしく、俺の両手にリュートを載せた。両手にズシリと重みがのしかかり、俺の心にもまたプレッシャーがのしかかる。
りん、と弦を弾いた。震える弦が丸い音を響かせる。俺は指板を下から上に順番に押さえて弦を弾き、音を探した。試行錯誤の後、まずはファを見つけた。指板を押さえた位置をレイに見せ、五線譜改めタブラチュアに記入させる。なるほど、ファはタブラチュアではそう書くのか。俺は再び弦に目を落とし、音を探した。
「……」
そんな俺の横顔をレイが見つめていた。しかし俺はそれに気づかず、夢中で音を探していた。
さぁ、と花々をざわめかせる風が吹いて、桃色の空にかかる霞のような香りが立った。俺の膝に、ひらりと白くなめらかなものが舞い降りた。木蓮の花弁だった。
レイはその花弁を手に取り、自分の鼻にかざした。そしてすんすんと匂いを嗅ぎ、それを俺の頭に載せた。
……以上のことが起きたのを、俺は全く気づかずにいた。
「……ん、何かした?」
「……ええと」
顔を上げると、俺の頭から花弁が落ちた。リュートの上に落ちたそれは、甘くエキゾチックな香りを放っていた。




