嘘
少女は微動だにしない。ダレンは振り向き、「君達も」も呼びかけた。鷲男と男達が狼狽える。
「だ、誰がゴッズランドの領土になんか!!」
「君達を傷つけ、追いやったのは俺の母国だ。ゴッズランドがスノウダムを征服した頃、俺はただの子供だった。戦争を止める力はなかったよ。だけど、だからといって罪から逃れられるとは思っていない。少なくとも、征服地で騎士団が得た領土は、君達に還元されるのが正当だと思うのだけど……どうかな?」
ダレンの声は優しかった。少女は顔を上げて涙を拭った。
「シェフは居るの? おやつにケーキは?」
「シェフは居ない。君達には俺の提供する家に住んで、ちゃんと領民として働いてもらう。だけど働き口は用意するし、ケーキも……一日一個、家に届けるよ」
少女は笑った。口に手を当てて、首を傾げた。
「つまらないのね。でも、素敵よ。わかったわ。——私達を拾ってくださいな。領主様」
「本当に良いの? 問題解決のお礼なんだから、遠慮しなくて良いのに」
「いーや、これは俺のプライドだ。お前から金を貰うだなんて、絶対にお断りだ」
広場に戻った俺達は押し問答をしていた。
日が暮れて、俺達は一度別れることを決めた。ダレンとは積もる話もあったし、色々と聞き出したいこともあったから、明日また会おうと約束した。だが、そのとき俺は、服屋やカフェでの散財で自分が一文無し同然になっていたことを思い出した。宿帳に名前を書くだけ書いて、代金を払わずに出てきた宿屋のことを思い出したのだ。俺は真っ青になり、そのことを思わず口から溢してしまった。
するとダレンが、問題解決のお礼として宿屋の代金を肩代わりしてやろうと言ってきたのだ。もちろん俺は断固拒否した。なんというか、レイの手前のプライドである。そんなプライドを持つ勇気が、ほんの僅かに芽生えていた。
「俺達は今から宿屋に行って、頭を下げて謝ってくる!」
「……そう。じゃあ、その後騎士団本部の宿舎に来なよ。二部屋ぐらいなら貸してあげられるから」
流石にその申し出は受け入れることにした。俺達はダレンに手を振り、広場を去った。
「……ちゃんと宿舎に帰って来れたら、ね」
なんて、ダレンが呟いていたことも知らずに。
「ごめんなさい! 一文無しになっちゃいました!!」
「おう、そうか」
宿屋の主人は葉巻を吸い、宿帳のページにバツをつけた。なんともあっけない返事に、俺は彼の顔をまじまじと見た。
「拍子抜け、ってか? こんなやり方で宿をやってるとな、よく言われるんだよ。街が楽しすぎて宿の代金を残せなかった、なんて腑抜けたことをな。浮かれポンチめ」
「そ、そうなんですね……じゃあ」
「だから」
宿屋の主人はカウンターの下から、二着の服を取り出した。いや、ふわりと揺れる末広がりなその服は、ただの服ではない——
「——わ、ワンピース?」
「そうだ」
「どうして……」
宿屋の主人は、にやりと意地悪に口角を上げた。
「約束を破った客未満には、女の格好をして宿の前で呼び込みをしてもらう。それがこの宿の名物なんだよ。さあ、二部屋分の客を捕まえてこい!!」
……俺はダレンの顔を思い浮かべ、自分のしょうもないプライドを恥じた。
そしてすっかり夜も更けた頃、俺達は篝火の灯る騎士団本部の前に立った。門を守る騎士に事情を話すと、どうやらダレンから話は通っていたらしく、俺達は宿舎の中へと通された。
俺とレイは一つずつ部屋を当てがわれた。俺は一人、部屋の中に入り、ベッドの上で一息ついた。そしてしばらく窓から月を眺めて物思いに耽った後、部屋の外に出た。しばらく廊下を歩いていると、ポニーテールの人影を見つけた。
「ダレン——」
「——ちゃんとリボンのカチューシャも着けた?」
「つけっ……って、その口ぶり、俺達がどうなるか知ってたな!?」
ダレンはけらけらと口を開けて笑った。その表情は砕けていて幼く見えたが、彼はひとしきり笑うとすぐに優雅なオーラを取り戻した。
「それで? こんな夜更けに何の用?」
「はぁ? 勘違いするなよ。俺はたまたま歩いていて、お前を見つけただけだ。だけど、そうだな……お前に言いたいことなら、ある」
「なぁに?」
間延びした「ぁ」がうざったい。いい加減に俺は、こいつの白色のベールを剥ぎ取ってやらないといけないのだ。
「お前さ……『ジョージみたいになりたい』って、嘘だろ」




