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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第三章 ダレン編
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死にたい人なんてこの世に居ない


「爆弾か。君達の目的は、騎士団本部を爆破することだったんだね」

「そう。だけどそれはもう叶いっこないから、ここであなた達だけでも殺してあげる」


 少女の胸に埋め込まれた赤い石は、怪しい輝きを放っている。今にも爆発しそうだ。


「逃げないと!」

「ダメだよ! このままだと、街が……!」


 そうだ、街。騎士団本部を爆破する為の爆弾ということは、かなりの範囲を爆破できるのだろう。そしてここには、そんな代物を放っておけない存在が居る。レイだ。


「ねえ、あなた。本当にその爆弾が爆発してほしいと思ってるの?」

「当たり前でしょ。憎たらしいノースゴッズの人間に復讐ができるのよ!」

「それで、自分の命に代えてもいいって本気で思ってるの」


 レイの問いに、少女は少し吃って答えた。「も、もちろんよ」と。しかしレイは目つきを鋭くしてこう言い切った。


「死にたい人なんてこの世に居ない」


 恐れを知らない強い断定。だが、それを聞いた少女は急激に熱が冷めたように目を細めた。


「……何を言っているの? 自殺志願者なら世界中にゴロゴロ居るじゃない。私は自殺志願者ではないけれど——それ以前の問題ね。その知見の狭さで絶望の淵に立つ人間を救おうだなんて、おめでたい人」


 吃ることなく、つらつらと述べられた批判の言葉にレイはたじろいだ。レイの知見が狭いのは事実だ。彼女は記憶喪失で、遺跡で目覚めてから一年半とちょっと。苦労も苦悩もまだ深く知らない。だけど、何かを変えたいという意思は……強い。


「……もう一度言うよ。死にたい人なんてこの世に居ない。少なくとも、あなたは死にたくないと思っている。断言する」

「そう思う根拠はどこにあるの?」

「根拠は、今の私には見つけられない。論理的に私の解釈を説明できない。でも、心ではわかっているの。あなたは死にたくないと思っている」


 少女は何も答えなかった。顔を上向けて、レイを見下して、斜めに俯く。

 少女はそっと石に手を触れた。


「——時間ね」


 その笑みは諦観に満ちていた。ああ……全くもう!


「レイ、君の努力を買うよ!!」


 俺は叫びながら少女に突進し、その身体を抱き上げた。驚くレイとダレンを尻目に、俺は高く高く飛翔していく。

 俺達は街のはるか上空に辿り着いた。俺の腕の中で、俺よりも痩せていて軽い少女が驚いている。


「——死にたい人だって、死にたくないと思ってる。死なざるを得ない状況に追い込まれているだけ。君だってそうなんでしょ。レイに代わってもう一度言うよ。『死にたい人なんてこの世に居ない』」


 俺はそう言い切って、少女の瞳を見つめた。石が一際赤く輝く。俺はナイフを抜き、一気に振り抜いた。


「あ……!!」


 鮮血と共に切り離された石が空を舞い——耳鳴りがした。爆音と爆風。俺は大きな水の盾を生み出し、なんとかこの場を凌げるよう祈った。

 水の盾は所々穴が空いた状態で生成された。そこから入り込んだ炎が僅かに俺達を焼く。俺は水の盾と共に後退り、爆発から離れた。

 俺は怪鳥に使った「偽竜樹の盾(ニセシック・シルト)」のことを思い出していた。ライアンが使った本物のそれのように、怪鳥を捕らえることがなかった偽物の盾。生成地点に存在するものを取り込めるかどうかは、やはり、術者の魔法の練度に左右されるのだろう。

 こんなところでライアンの凄さを実感してしまった。もう何度目の実感かはわからないが。

 あのイケメン超人から離れられて良かった。心の底からそう思った。


 爆発を凌ぎきった俺は、地上に降り立った。鷲男と男達をロープで捕らえたダレンが、俺を見て心配そうな顔をしている。あぁ、このイケメンも居るんだった。イケメン去ってまたイケメン。俺はやれやれとため息をついた。


「クラブ!」


 レイが俺の元に駆け寄って来た。彼女は俺の顔を見るなりショックを受けたような顔をして、俺の髪を手に取った。毛先が少し焦げている。


「何もできなかった」


 レイは悲しそうに俯いた。だが、それは間違いだ。俺はレイに何も「させなかった」のだ。

 恐らく、俺が飛び出すのがあと一秒遅かったら、レイが代わりに飛び出して俺と同じことをしていただろう。少女を上空に攫い、石を切り取って爆発を浴びていた。ただし、彼女は魔法を使えないので、直に爆発を浴びていた筈だ。俺はそれを許せなかった。

 ……俺は酷い殺人鬼だ。彼女の大切な人を殺した。その上広場で、鷲男の想いを守りたくてレイに痛い思いをさせてしまった。しかし、この路地で戦っている中で、誰が相手でもレイの命までは譲ってやれないと思った。

 そんな想いを、俺は自分で許してもいいのか?


「……私は……」


 不意にか細い声がして、腕の中を見下ろすと、少女が目を手で覆って涙を流していた。


「……私は、クソッタレのスラムで死んでるみたいに生きてきた。こんな人生に何の価値があるんだろうって、毎日考えてた。それでもあの鷲鼻野郎に拾われて、せめて一華咲かせてやろうって思ってここまで来たのよ。

 私は、元々スノウダムの貴族だったの。でもお父様がゴッズランドとの戦争で殺されて、領土も奪われ、私は没落した。そして気がつけば汚らしいスラムで、まだ幼い子供からカビの生えたパンを奪って生きるようになっていた。

 本当はあんな男の手なんて取りたくもなかったわ! このお父様に愛された私が死ぬ? ふざけないで!! 私は、大きくて広いお屋敷で一日三食シェフの料理と、おやつにケーキを食べないと気が済まないの! それ以外の人生なんてありえない……ありえなかったのよ……!!

 でも、もう何にもなくなっちゃって……私から全てを奪った連中に復讐できるならそれでいいって……そう……思ったの」


 一息に全てを語った少女は顔を背けて、俺の上着に顔を埋めた。俺の右胸がひんやりと濡れる。「居心地が悪いわ。下ろしなさい」と言われて、俺はそっと彼女を下ろした。体育座りをし、膝に顔を埋め、決して泣き顔を見せない彼女。その前にダレンは歩み寄り、膝をついた。


「うちの領土に来るといいよ」


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