古典的な禿鷲
さて、いつまでもこの場所に留まっていてはいけない。俺達は再び鷲男を追うべく走り出した。しかし……
「てめえら! このガキの命が惜しかったら、俺の言うことを聞け!」
袋小路に追い詰められた鷲男は、身なりの良い少女を人質に取っていた。涙を流した少女が叫ぶ。
「助けて、騎士様ぁ!!」
「古典的な……」
ダレンは冷めた目をした。鷲男は舌なめずりをして、下品な口調で言い放つ。
「俺の要求は二つだ。一つは金。ありったけの金を用意しろ! そしてその後、俺をスノウダムの国境まで連れて行け。もちろんてめえらは、国境を越えて追ってくる訳ないもんな?」
「金? 金が君の要求なの?」
そう問いかけたのはダレンだ。だが、俺も同じ疑問を抱いた。ノースゴッズの街中にやってきて、あれだけノースゴッズへの怒りを口にしておいて、追い詰められたら人質を取って金を要求する。場当たり的といえばそうなのだが、考えなしにもほどがある気がする。
「てっきり、憎きノースゴッズの騎士の一人に、自害でも命じるかと思ったのだけど」
「お前が死んだら、誰が俺を国境まで護送するんだ?」
「そんなに自分の身が大事なのか?」
遂に俺も口を出した。俺とダレンが違和を感じ、鷲男を尋問している。レイは俺達二人をキョロキョロと交互に見て、そっと俺の袖を引いた。
「あの、何か変なの……?」
彼女は戸惑っている様子だった。さながら両親の言っていることがわからない子供のように。俺は「ごめんね」と言って、彼女を一歩下がらせた。
「……爪」
ダレンが指差したのは、人質の少女の爪だった。見ると、その爪は欠けて捲れてボロボロだった。
「貴族の娘らしい身なりをしているけど、君はスラムの人間だね。どうしてそんな服を着ているの?」
「……あ、こ、これは……」
ダレンの目つきが鋭くなった。ぎらりとした眼光が二人を捉える。
「——君達、グルだね?」
三人分の息を呑む音が聞こえた。うち二人は鷲男と少女、もう一人はレイだ。
「この少女を騎士団で保護させて、機密でも盗み出そうとしたんだろう。君達の手口はお見通しだ。さあ、この剣の錆になりたくなければ手首を差し出せ!」
——ダレンが剣を抜いて叫ぶや否や、鷲男もまた咆哮した。躊躇のない突撃。彼は少女を投げ捨ててナイフを抜き、俺達に襲いかかった。
ダレンは迫り来る鷲男に剣を構えた。しかし鷲男は右に飛び退き、ダレンの鎧の隙間にナイフを差し込もうとした。ダレンは素早く身を捩ると、その手首を膝で蹴り、ナイフを取り落とさせた。だが。
「うおおおおおおお!!!!」
路地を囲む家々の窓から雄叫びが上がり、数人の男達が飛び降りてきた。どうやら二人の仲間らしい。
ダレンは俺とレイを背に剣を構え直した。さしもの俺も、自分やレイの身を守る為に戦わなければならない。最早鷲男を守りたい、とは言っていられない。……そうか、俺は鷲男の願いよりも。
「来るぞ!」
男達は一斉に飛びかかってきた。俺は防護魔法をレイにかけた。レイは右から飛んできた拳を掴み、捻り上げた。悲鳴が上がり、一瞬気を取られた別の男の脳天に俺は岩を発射。倒れた男を踏み越えてまた一人がやってきた。しかし、その身体は銀色の剣の腹で打たれた。
「後ろ!」
そう叫んだのはダレンだった。俺が振り返ると、視界の端に残像が見えた。横っ腹に衝撃が走り、俺は壁に叩きつけられた。
俺と言う肉壁を失い、俺を蹴飛ばした男とレイは間近に相対した。男の手の中でナイフが煌めく。俺は餓狼のように吠えた。
——間一髪。ダレンの投げた剣が男の肩を裂き、怯んだ彼に俺は乱暴に掴みかかった。
「レイに触るな」
ナイフを掴んだ俺の手から、赤黒い血が垂れる。レイが小さく息を漏らすのが聞こえたが、それはダレンの声に掻き消された。
「聖テオドア騎士団の名にかけて!!」
いつの間に男の背後に回ったのか。ダレンが突進し、組みついて男を地面に捩じ伏せた。
俺達は一斉に振り返り、路地の奥を見た。あらかたの敵は倒したが、まだ鷲男と少女が残っている。突然に少女はニヤリと笑むと、真っ白いブラウスを脱ぎ始めた。
「ここでおしまいよ」
その胸には、赤い石が輝いていた。




