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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第三章 ダレン編
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フラワリング・スマイル


「どうして……君達」


 それは緩んだ口から溢れ出た言葉のようだった。——そう、緩んでいた。俺達に会った衝撃で、ダレンの身体は緩んでいた。


「おらっ!!」


 掴んだ手からも力が抜けていたのだろう。鷲男はダレンの手を振り払った。呆けた俺達は反応が遅れ、気がついたときには既に鷲男の背中は狭い路地へと消えようとしていた。


「っ、追いかけなきゃ!」

「待って」


 走り出そうとしたレイをダレンが引き留めた。ダレンは老婆の側に跪き、手を差し伸べた。


「ご無事ですか。間もなく他の騎士が駆けつける筈です。一緒にベンチまで行きましょう」

「あ、あぁ……」


 俺は自分の目を疑った。ダレンはふわりと花の綻ぶような、王子のような笑みを浮かべて老婆の手を取ったのだ。彼は立ち上がり、老婆をベンチまでエスコートしていく。


「申し訳ありません、騎士様……神聖なお務めを、こんな老婆の悲鳴なんぞでお邪魔してしまい……」

「街を巡回し、困っている人を助けるのが我々の務めですから。我々が守るべき人の中には、もちろんあなたも含まれますよ」


 ……もしや、人違いをしてしまったのか? 俺があんぐりと口を開けていると、他の騎士らしき数人がバタバタとベンチに駆け寄ってきた。みんなダレン(?)よりも簡素な装いである。彼らと一言二言やりとりを交わすと、ダレン(?)はベンチを立ち上がり、俺達の元へと走ってきた。


「ここに居て。どうして君達がこの街に居るのか、後で聞くから」


 あ、俺達のことを知っている口ぶり。どうやら彼は正真正銘ダレンのようだ。鷲男の消えた路地へと駆け出していこうとするダレンを、今度はレイが引き留めた。


「私達も行くよ。ね、クラブ」


 そう言って俺を見たレイの瞳は、確かな信念を取り戻していた。俺はやれやれとため息をつく、なんてこともできなかった。眉尻を下げて、ただ力なく彼女を見つめた。彼女は少し戸惑ったようだった。



 自信喪失。入り組んだ路地を駆けながら、俺は絶望に沈んでいた。

 レイのことが好きだなんて思った矢先に、レイよりもあんな血走った目の野郎のことを守りたいだなんて思ってしまった。自分でも自分が信じられない。ああ、終わりだ。

 鷲男に味方したこと自体は正解だったのだろうか。いや、正解不正解は最早関係ない。俺はレイの肩を強く握って痛い思いをさせてしまった。それだけで俺の中の道徳の信頼性は、水銀をガブ飲みすることを推奨する健康ノウハウ本(権力者に大人気)と同レベルまで落ちてしまった。老婆を蹴る男を守ろうなんて考えは野蛮人、狂人。俺は野蛮人で狂人だった。

 地面を蹴る足が重い。俺は遂に足をもつれさせ、汚い道にすっ転んでしまった。逃げたネズミが物干しにぶつかり、顔も知らない一家の衣服が俺の上に降りかかって折り重なった。


「クラブ!」


 そんな声で俺を呼ばないでくれよ。全く情けない。こんな人間から恋心を向けられていたレイがいよいよ本当に可哀想だ。俺のまなじりに悲しみが込み上げてきて、流石にそれはダメだと心に焦りが芽生えたそのとき。


「大丈夫?」


 俺の目の前に黒い手が差し出された。黒いガントレットに覆われた手。俺が顔を上げると、そこにはさも心配そうに俺を覗き込むダレンが居た。

 俺はダレンの手を取り、立ち上がった。彼の顔を見つめる。俺よりリンゴ一個分ほど高い身長。白めの肌に中性的な顔立ち。艶々の髪。……光を宿した黄色の目。


「お前、そんな奴じゃなかっただろ」


 「え?」と彼は苦笑した。いかにも懐っこそうな、大型犬じみた笑みが白々しい。


「お前はそんな目をしていなかった。お前は騎士も修道会もクソだと思っていて、『神聖なお務め』なんて言われた日には唾とゲロを吐き捨てるような奴だった。お前の目は、放置された溜め池みたいに濁っている筈だった」

「溜め池って……」


 ダレンの口角がひくつく。しかし優しい眼差しと困り眉は崩れない。


「なのにお前は、騎士らしい振る舞いでお婆さんを助けた。スフレパンケーキみたいな微笑みで、凛とした声で、嫌味や皮肉を言うでもなくな。どういう了見だ、ダレン」


 ……わかってる。これはダレンへの八つ当たりだ。あのとき十五歳だったダレンは、現在十九歳ほどに見える。四年も経てば、心身共に成長していてもおかしくない。辛口グリーンカレーのようだった彼が、スフレパンケーキのホイップ添えのような男になっていてもおかしくはないのだ。

 俺は彼から苦笑が返ってくるだろうと予想した。それもとびきり柔らかい笑みだ。さあどうだ。

 ダレンは軽くため息をついて、語り出した。


「もう……昔のことは忘れてよ。あれから俺は改心して、世の為人の為に尽くそうって決めたんだ。——なんて、わかりやすすぎる嘘か。でも、心が変わったのは事実なんだ。

 俺はあのとき、ジョージに憧れた。正義の味方に憧れたんだ。力強くて眩しくて、誰かに勇気を与えるような存在に……

 俺は鬱屈しながら育ち、生きてきた。俺は自分の心を誰よりも黒いと思っていた。実際、その自認には思春期らしい驕りがあったかもしれないけど……それでも俺は自分のことを、中々白に染まらない黒の絵の具のように、どれだけ白を混ぜたところで白にはなれない存在だと思っていたんだ。幼馴染の彼との間には、灰色の境界線があると思っていた。

 だけど、俺はあの日、その境界線を越えたいと思った。真っ白い彼になりたいと思ったんだ。越えられないと思っていたものを越えて、白い俺に——綺麗な人になりたいと思った。

 だから今の俺はらしくない振る舞いをしているけど、それは憧れの発露だから。えっと……あまり気にしないでくれる?」


 ……俺は驚いた。らしくない振る舞いは憧れの発露? わかりやすすぎる嘘だって?


「お前のそのキラキラした目は、嘘なのか」

「そうだよ」


 ダレンはそう言うと、すっと瞳から光を消して微笑んだ。十五歳の頃と変わらない厭世的な笑みだ。ああ、なんだ、こいつの性根は変わっていないのか。白だとか黒だとか、少し気取った言い回しも変わっていない。少し角が取れただけの青臭い青年だ。


「ダレンは良い人になりたくて、良い人の振る舞いをしているの?」

「そう。性根自体は、昔と変わらないままだけどね」

「そういうことなら、応援する」

「……!」


 レイの言葉に、ダレンは目を見開いた。彼の瞳に再び光が宿り、頬がじわりと朱に染まり、椿が綻ぶ。


「ありがとう」


 フラワリング・スマイル。そうとしか言いようがない微笑みが炸裂した。


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