街を薙ぐ風はバカでかい大剣の一振りで
(うわ、面倒だなあ。引ったくりか乱闘か)
悲鳴を聞いた俺はそんなことを呑気に思った。しかし前方から大勢の人々が走ってくるのを見て、どうやらもっと厄介なことらしいと理解した。
このままここに立っていれば、俺はあの大群に轢かれて踏み潰されて地面に貼り付いた人型のシールになることだろう。急いで踵を返そうとしたとき、近づきつつある人々の声が正確に耳に入ってきた。
「アンドロイドが出たぞーー!!」
予想だにしないワードに呆気に取られたのが運の尽き。俺は迫り来る人の波に飲み込まれ、はちゃめちゃに揉まれて押し潰された。
俺は悲鳴を上げた。幸いにも倒れて踏み潰されることはなかったが、随分長い間くるくると回り、波が過ぎ去り放り出されると、今度こそ倒れこむところだった。
(うおっ!?)
しかしすんでのところで踏みとどまった。なぜなら足元に毒々しい異物が見えたからだ。
顔を上げると、俺の目の前から通りの果てまでの石畳が全て消え失せていていた。どこからともなく現れた紫色の層の厚いガスが、地面を覆いつくしていたのだ。ガスは扉の開いた家屋の中にまで入り込んでいた。
ガスは通りの奥からどんどん流れてくる。朧げに霞んだ消失点のT字路に、沢山の人影と相対する一つの影が見えた。
「あれは……!」
はっきりと見えずとも一つの悪い予感がして、俺は走り出した。身を低くし、杖を振って消音魔法と防護魔法をかける。防護魔法は冒険者の間で広く知られた汎用の魔法で、何かに特化した防護力はないが、物理的な衝撃から化学的な毒ガス(鉱山のガスとか)まで四割がた防いでくれる。四割でも大丈夫だ。六割の毒ガスを吸っても、俺なら問題ない。俺はそうしてT字路の近くまで忍び寄ると、不透明なガスの中から目だけを出して息を潜めた。
そして、予感は的中した。そこには武装した謎の集団と……レイが居た。
「──久しぶりね、レイ。見ない間に随分と牙を抜かれたようじゃない」
「あなた達は誰? どうして私の名前を知っているの?」
レイは豪邸を守る番犬のように身構えながら、鋭い眼差しを集団の先頭に立つ人物に送っている。
その人物は花畑が似合うような白い服に、野犬の牙を思わせる刺々しい黒革のコートを羽織ったあどけない少女だ。緑のツインテールが風に揺れている。
「ふん、やっぱり忘れていたのね。隠す必要もないから教えてあげる。私達はアンドロイド。博士を愛する傑作達よ。私達はあなたを破壊しに来た」
──冷え切った言葉と共に、俺の顔に形の無い衝撃が打ち付けられた。
それは少女が大剣を薙ぎ払って生まれた風だった。周囲に滞留していたガスが勢いよく巻き上げられながら後ろに流れ、俺は木の葉の如く吹き飛ばされた。
(し、死ぬ!!)
すんでのところで受け身を取って首からの着地を逃れた。危なかったが、それどころではない! 慌てて体を起こしてレイを見る。
凄まじい風圧を纏った、重々しくぎらつく刃に狙われた筈のレイ。少し晴れた空気の中で、彼女は一歩たりともよろめかず──狙われる前のそのままの場所で、その剣身を受け止めていた。
片手で。
「……やっぱり気に入らない。あんたのその底知れない目、何を信じたらそんなに忌まわしく輝くのかしら」
「信じる? よくわからないけど、今私が信じていないのはあなた達だけ。だから聞かせて。どうして私を破壊する為に街の人々を巻き込んだの」
そう話している間にも緑髪の少女の攻撃は続く。レイはそれを一つ一つ躱しながら淡々と問いかけた。すると次の瞬間、少女はタガの外れたような笑い声をあげた。
「あっはははっはあ!! どうして? どうしてですって? どうしてそんなことを聞くのかしら!! あはははは!!」
少女の笑いは止まらない。一転して狂気をむき出しにしたその様子に、俺は後ずさる。
「おっかしい。やっぱり憎いわ、その目……あの頃の私と同じ目よ!!」
少女は激しく大剣を地面に打ち付け、欠けた刃をゆらりと振るった。それをレイが避けた刹那、控えていた集団から一人の老爺が飛び出して何かを抜いた。不意打ちだった。銀の糸のような光が闇夜を走り、その瞬間レイの体が魚のように跳ねた。
「レイッッ!!」
「これで……トドメよ!!」
体勢を崩したレイ目がけて、凶悪な塊が振り下ろされる。
そこでやっと、俺は飛び出すことができた。




