浮かれ・フルーツ・ポンチ
俺の身体は羽のようになった。ふわふわと跳ねるように街道を歩き、朗らかに歌い、手当たり次第に道端の花と花とを受粉させて回った。……流石に後半は嘘だが、それぐらいの喜びを全身で表現しながら俺はくねくねと街道を北上した。
「ご褒美の為? まさか」? あーそんなことも言ったっけ? 記憶にないなあ。最早我が世の春でしかない。春オブ春、脳内お花畑の浮かれポンチだ。
とはいえ、現実は仲夏。相変わらず草むらを飛び回る蛾だのバッタだのはウザいし、世界は蒸し蒸しとせいろのように暑かった。しかし、俺達が北上するにつれその気温は下がっていった。
やがて俺達は灰色の街並みの前に立った。三角屋根の家屋が乱立する中、所々に真新しい聖堂のようなものが聳えている。
そんな街並みの手前には関所があった。あそこで検問を受ければ街の中に入れるのだろう。早速関所の中に入ろうとするレイを、俺は手首を掴んで引き留めた。
「待ってて。ちょっと聞いてくるから」
俺は関所に立つ兵士に声をかけた。雪焼けした顔から北の訛りの言葉が飛び出す。ふむふむ、なるほど。
「ここはスノウダムの関所みたい。ノースゴッズには街の東側の関所からしか入れないらしいよ」
レイは目を丸くした。俺は彼女とすれ違うと、じろじろとスノウダムの兵士達に見られながら、関所の前から東に枝分かれした道へと踏み入った。
ふと、腕が何かに引っ張られた。振り返ると、レイが俺の上着の袖の端っこを掴んでいた。人見知りしたのかな? 俺は彼女と手を繋ぎ、進むことにした。
そうして俺達は東の関所での検問を済ませ、遂にノースゴッズの街の中へと入り込んだ。街に入った俺達を出迎えたのは賑やかな大通りで、ずらりと石造りの建物が立ち並ぶ景色を、鮮やかな花々や装飾が彩っていた。建物はどれも何かしらの店のようで、大きな窓からレストランの店内が見えたり、庇の下に野菜や織物が陳列されているのが見えたりした。
ああ、この街でレイは俺にどんなご褒美をくれるのだろう。俺がうっとりとその場に立ち尽くしていると、レイはゆっくりと歩き出し、俺の前に立った。そして振り返ってこう言った。
「あなたに櫛を買ってあげる」
……櫛?
「櫛?」
「そう」
……あぁ! そういえば、レイが俺の櫛でダレンの髪を解いたせいで、櫛がダメになったんだった。なんとマッチポンプなご褒美だろう。くぅー、そんなところもたまらないね。
普段なら苦笑しているところだが、この際全てを肯定しよう。つまり今から行われるのは、二人っきりでのお買い物だ! ただの買い出しではない。ローレアぶりのレイとの余暇だ。もうこんな機会は訪れないと思っていた。
「じゃあ早速櫛屋を探そうか」
「ま、待って!」
俺は必死に彼女を引き留めた。危ない、櫛屋に直行されるところだった。せっかくの余暇なのだ、たっぷりじっくりと時間をかけて様々な店を回りたい。俺は「先に宿を取ろう」と言い、レイの手を引いてすぐ側にあった宿屋へと入った。
宿屋に入ると、木製のカウンターの奥に気怠げな巨漢が腰掛けていて、俺と目が合うなり目を細めた。どうやら店主らしかった。
彼に部屋を取りたい旨を伝えると、宿帳にサインを求められた。俺がペンを取って名前を書き始めると、レイはその手元を覗き込んできた。
「……クラブの字って、汚いよね」
味があると言いなさい。確かに俺の文字はちょっとクセ強めだが。
俺はさらさらと自分の名前を書き上げると、店主に宿帳を返した。
「逃げんなよ」
……部屋を押さえておくから必ず泊まりにこいよ、という意味か。俺は店主にへらりと笑って頭を下げ、店を出た。扉が閉まる。
「宿屋選び間違えたかも」
「クラブ、凄い汗」
俺は跳ねる心臓をなだめた。あの店主の雰囲気から、ローレアで組んでいたパーティーのリーダーのことを思い出してしまった。当時はそこまで怖くはなかったのに、今になって急にトラウマっぽくなってしまった。無意識に恐怖を抑圧していたのか、それとも奴の側を離れて異常さを客観視できるようになったのか。
別に? 奴は俺にはそんなに厳しくなかったよ。でも、すぐに仲間をボコしちゃう前科三犯の荒くれ王はやっぱり怖かった。こんな旅がきっかけでも離れられて良かったな、と切に思う。
おっと、こんなことを考えている場合ではない。過去や未来に何があろうと、今は楽しいレイとの時間だ。一秒たりとも無駄にはできない。
「レイ、次は服屋に行こう!」
俺は笑顔でレイの手を取り、走り出した。




