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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第三章 ダレン編
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【改稿】ノブレス・オブリージュ


 俺達は草原を駆け抜けた。艶やかに引き締まった駿馬の脚が土を蹴る。早く早くと急ぐ思いが俺の中に芽生えていた。らしくもない。ダレンの境遇に同情してしまっているのだろうか。弟が攫われたという境遇に。

 しかし、当のダレンは先程からずっと黙り込んだままだ。やはり彼の中にはいくつもの感情があるのだろう。その理由をそろそろ聞いてやってもいいと思った。


「ダレンは弟のことが嫌いなの?」


 だが、口を開いたのはレイだった。同じ瞬間に同じ疑問を抱いたらしい。必然だろう。

 ダレンは少し言葉を詰まらせたが、やがて冷淡な調子で答えた。


「存在が許せない」


 その声色は今朝、彼が「どうせ殺される」と言ったときのものに似ていた。ダレンは一拍置いて続ける。


「想像つくかな。上機嫌な母親と豪華なディナーを食べた後、虫の浮いた井戸水で体を洗って、翌朝に『赤ちゃんが出来たの』と言われることが。

 俺の家は商家だった。ゴッズランドでもそこそこ名が知れていて、使用人なんかも雇ってる豪商の家だった。でもそれは、俺が六歳の頃までの話。

 俺が六歳の頃、父が病に伏せった。大らかで商才ある父の姿は影も形もなくなり……彼は痩せこけた身体でうわ言ばかり呟く、寝たきりの人間になった。

 母は毎日泣き続けた。精神的に不安定になった彼女は、商家の女主人として乱暴な経営をして、瞬く間に家を借金まみれにした。しかしそれでも彼女は使用人を解雇せず、現実から逃れるように豪華なディナーと絢爛なファッションを楽しみ続けた。そんな母はある日俺にこう言った。『赤ちゃんが出来たの』って。恐ろしいでしょ。彼女は()()()()()()()()()()


 恐ろしいというか、なんというか。


「……昼間、レイには話したと思うけど。俺は騎士団に入れられることになった。母によってね。

 聖テオドア騎士団の騎士は、神であるテオドアの教えに従い、領地を与えられる。領地の経営をすれば、当然そこらの商会の利益の比にならない金を稼ぐことができる。母は救いを得たように瞳を輝かせて、『ダレン、十六歳になったら騎士団に入って』と言った。

 そのとき俺は、『家畜だったんだ』って思った」


 俺は悪趣味な言い回しをする彼にちょっとしたむず痒さを覚えた。しかし彼は剣呑な声で捲し立てるように語った。


「俺は母さんにとって家畜でしかなかったんだ。豪華なディナーもあの日頭を撫でてくれたことも、十六歳の誕生日に屠殺して肉を剥ぎ取るまでの世話でしかなかったんだ」

「そんな物言い——っ」


 俺は言葉を飲み込んだ。なぜなら彼の母がちゃんとした「悪い親」だったからだ。

 子供が言う「悪い親」の四割は、成長と共に「普通の親」として受け入れられるようになる程度の親だと思う。もし彼がその程度の親の持ち主であれば、「そんな物言いをしているといつか後悔するぞ」と言ってやったところだった。だが、彼の母は間違いなく悪い親らしい。そして悲しいことに、彼は諦めが悪いようだった。

 彼が母を仇と認めて遠慮なく悪し様に言っていることは、諦めていないことの裏返しなのだ。心の中の母に一本一本、丁寧に鋭い棘を刺して、理想的な母親として飼い慣らしてやりたいと思っているのだろう。つまり彼は普通の母に、普通の子供のように甘えたいのだ。どれだけニヒルな態度を装っても、その幼さは悲しいほどに浮き彫りになっていた。


「ねえ今、俺のことを『子供だなあ』って思ったでしょ。そうやって俺の直しようもない未熟さを見透かして、知ったような顔をされるの凄く嫌。大人はそういう神様みたいな目で、侮蔑的な目で子供を見て、『可愛い』なんて言って笑うでしょ。自称キュートアグレッションみたいな。気持ち悪い」

「お前、自分のこと可愛いと思ってるのか」


 まあ、むず痒さの他に可愛さも感じているのは認めんでもないが。しかしそんな大人の感情こそが、どれだけ足掻いてもゆっくりとしか大人になれない青少年にとって一番憎たらしいものなのだろう。


「ねえダレン、あなたはわざと的外れで悪いことを言ってるの? あなたのお母さんだってきっと本当は辛かったはずだよ。自分のせいであなたを危険な仕事に就かせることになって、とても辛かった筈」


 レイはそう言ったが、ダレンは醜悪な虫でも目にしたかのように酷く顔を歪めた。


「……ジョージもいつもそう言うよ。ねえジョージ? 俺はね、不安定な母を軽蔑している。そんな母と結婚した父も最悪だ。お陰で俺は生まれて死ぬことになったんだから。自分が殺されそうなときに他人に同情をくれてやる奴なんか居ない。この世に居るものか。

 俺は、俺の家族全員を憎んでいる。俺の代わりに家督を継ぐことになった弟もまた、大嫌いだ」


 彼はじっとりと言い放った。俺達の心に黒い墨を刻むように。お前の友人ヤバくないか、という念を込めてジョージの後頭部を見つめると苦い笑い声が返ってきた。


「申し訳ないが、我の友人はずっとこんな調子でな。弁も立つし、我には彼の絶望はさっぱりわからない。故に言葉での説得はとうに諦めた。我は彼を、生き様で説得すると決めている」


 ジョージの赤い髪に夕日が透き通って輝いている。彼はほんの少し振り返って、俺だけに聞こえる声で囁いた。


「協力してくれるな?」



 俺達は塔の間近に立った。ここに来るまでの間に、怪鳥達の様子は変化していた。今の彼らは塔の最上階の巣ではなく、その少し下の階の周りを飛び回ってギャアギャアと鳴いている。


「ダレン、君の弟は生存能力が高いな」

「巣に下ろされるなり階段を下って下階に逃げたのか。姿は見えないけど」


 ダレンは落胆とも安心ともつかない調子で呟いた。最早この場に居る全員が、彼の心の矛盾に気がついていた。

 ジョージは塔に向かって一歩踏み出し、ダレンの前に立った。


「ダレン。君は我の友人だ。故に我は、君の鬱屈した心を晴らす機会を、ずっと待ち望んでいた」


 ジョージはゆっくりと剣を抜き、頭の横で構えた。鋼を赤熱させ鍛造する、焔のような髪が揺れる。


「ノブレス・オブリージュ。貴族もまた戦う使命を持った者。武人とはいかにたくましく尊いものであるか、君に教えてやろう」


 チャキ、と銀色の剣身が光った。


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