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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第三章 ダレン編
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瓶詰めの蛾、赤い胡蝶


 了承を得たレイはダレンの背後で膝をつき、長い髪を手に取った。皮脂の臭いがふわりと立つ。

 レイは木製の櫛を取り出した。そして細長い歯を束に突き立て、そっと引こうとしてつっかえた。


「汚れるでしょ?」

「大丈夫、これはクラブの櫛」

「えっ」


 さしものダレンも素の声を漏らした。クラブとは確かあの情けないチワワみたいな男のことだ。あの彼の櫛だって?


「安いから大丈夫。また買い換えればいい」

(……そういうものなのか?)


 疑問は押し殺すことにした。ぐ、ぐ、と後方に髪が引っ張られる。絡まった髪は一筋縄ではいかない。レイは束を持ち直すと、小刻みに櫛の歯を絡まりに擦りつけ始めた。


「ローレアに居た頃、髪の長いお婆さんと友達だったの」


 レイはゆっくりと語り出した。そう遠くはない過去のことだが、遠い過去を懐かしむかのように。


「彼女の犬を散歩させて帰ってくると、彼女はよく『髪を結んで』と言ったの。力が弱くて、自分じゃ長い髪をしっかり結べないからって」


 レイは彼女の透き通るような銀色の髪を思い浮かべた。彼女はいつも、さらさらと腰まで伸びたそれをレイに結んでほしいと、申し訳なさそうに笑って求めた。

 レイはいつもそれに応えた。何度も彼女の髪を結っているうちに、綺麗な結い方、愛らしいアレンジを自然と覚えていった。レイが櫛を通す度に、亡国の姫君のような老婆の髪は、王宮のバルコニーに立っていた頃のように整えられたが、いつだって彼女は「もう外には出られないの」と寂しげに語った。足腰が弱いからだと言った。


「でもそのお婆さん、来客用の椅子を運べるの。木製の凄く重たい椅子。力持ちなの」

「ふはっ。じゃあそのお婆さんは、ただ君に髪を結んでほしかったんだ」

「多分、そうなの」


 ダレンの笑い声につられたのか、レイもほんの少しだけ笑った。それは些細なことだったが、その微かな笑い声を聞いたダレンの心の中で何かが揺れた。


「ねえ」


 レイの手から離れた髪が、ふわりと自由な風に揺れる。


「髪を結われるのってどんな気分?」


 ——ダレンのポニーテールは完成していた。ざぁ、と爽やかな風が吹き、先程までよりずっと軽やかになった髪がはためいた。


「……」

「ダレン?」

「……さあ。俺にはわからないよ。俺はそのお婆さんではないし、ただの無頓着な男だから」


 そう言ってダレンは立ち上がった。野営地で執事がこちらに手を振っている。ダレンは丘を下り始め、少ししてレイもそれに続いた。



「ダレンの髪を結い直しただあーー!?!?」


 カークウッド家による筆舌に尽くしがたい味覚のもてなし(なんと俺さえも美味しく感じられた!)を頂いた後、事の次第を聞いた俺は激怒した。

 まさか妙なことは起こらないだろうと確信してレイから離れたのに! そのまさかを起こしてくるのが彼女の恐ろしいところだ。……いいや、彼女はただ好奇心に駆られただけ。真に責められるべきはこの男だ!


「許さない! 許さないぞダレン・レッドグレイヴ!! 不純異性交遊ケーサツです!」

「不純異性交遊もケーサツもわからない。何用語?」

「二度と俺の監視の目から逃れられると思うな!」

「その開いてるのか開いてないのかわからない目のこと?」


 誰が千年に一人の糸目だ! 全く、油断も隙もない。

 俺が反論の言葉を練っていると、ぼんやりと俺達を眺めていたレイは不意にこんなことを言った。


「ねえ、あなたの兄弟は?」

「兄弟? ……ああ」


 すっかり忘れていた。そういえばジョージがこの旅行にはダレンとその兄弟を連れてきたとか言っていた気がする。


「またナンパするつもり? うちの弟は四歳だよ。でもそういえば昼食にも居なかったな……」

「おい、自分の弟の所在ぐらい把握しておけよ」

「……知らないよ、あんな奴」


 またまた何かワケありな感じを匂わせてくる。俺は別に、この青年に海溝より深いワケがあったところで塩ひとつまみほどの興味もない。だが、こういうときにマグロの一本釣りのように見事な反応を示してしまうのがレイというもので……


「探しに行こう」


 なんてことを言ってしまうのだ。やれやれ、と俺が嘆息するとダレンもまた嘆息した。



 俺達は野営地中を探し回った。まあ居ないとはいっても流石に野営地の中には居るだろう、と思って探し始めたのだが、中々見つからない。じわじわとまずい予感がしてきて、八割ほど探索したところでダレンは呼吸を荒くし、「グレンが消えた」とジョージに叫んだ。グレンの捜索命令がジョージのはるか彼方までよく通る声で発せられ、野営地全体が蠢き始めた。そしてジョージは馬に乗り、俺達を促して野営地を出た。それにはジョージの父であるカークウッド伯爵も伴った。


「申し訳ありません、カークウッド伯爵」

「構わぬ。我が領民の危機なのだ。その解決に自ら赴かぬ領主に肩を剣で打つ資格はない」


 それはゴッズランドのことわざなのだろうか。一際たくましい馬に乗ったカークウッド伯爵は、毅然としたオーラを纏っていた。

 そして、そんな伯爵に謝意を告げたダレンの声は揺らいでいた。流石にワケありな気持ちを抱く弟でも、失踪すれば焦ってしまうものらしい。


「では、互いにどうか無事で」


 そうカークウッド伯爵は俺達に告げると、高らかに蹄の音を響かせて去っていった。


「我も馬に乗るが故、別行動をする。貴殿らは森の中を捜索してくれ」


 ジョージがそう言い、レイが頷いた。


「わかった。あなたはどこを探すの」

「森の周縁を一周してみる。我が思うに森が怪しい。朝、ダレンは牡鹿に追われたからな。ダレンを追って迷い込んだ可能性がある」

「……馬鹿弟!」


 またしても荒々しい声が上がった。ダレンの表情に怒りと戸惑いが混じる。それを見たジョージは憐れむような表情をした。瓶詰めの蛾を眺めるかのように。


「ダレン。家族は大事にすると良い」


 そう言ってジョージは去っていった。


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