かみ
ジョージの先導で草原を歩いていると、整然と並んだテントと立ち昇る煙が見えてきた。あれがカークウッド一家の野営地なのだろうが、その規模は最早軍隊の野営地かと思うほどだ。遠目に家族旅行とは思えない数の人々が見える。そのほとんどはメイドや執事だ。彼らは近づいてきた俺達に一瞬不審そうな顔をしたが、先頭に立つ者の姿を見ると「ジョージ様がご帰還されました!」と叫んだ。
すると、一際大きなテントから高貴な身なりの女性が飛び出してきた。
「ジョージ! ダレン! ああ良かった、無事だったのですね……!」
彼女はそう言って二人を抱きしめた。貴賤や汚れを気にしない人なのだろう。彼女が二人から離れると、ドレスに土だのの汚れがついた。
「その方々は?」
「驚嘆! 彼らは我々を救ってくれた命の恩人だ。是非とも昼食に招いて礼をしたいのだが、母上、問題はないな?」
「もちろんですわ。さぁ、ダレンもおいでなさい」
「……」
かくして俺達は野営地の中へと招かれた。
流石にテントは余っていなかったようで、俺達には即席の椅子が二脚与えられた。秋の太陽の下で野晒しのまま、ぼーっと忙しない昼食の支度の光景を眺めていると、俺はメイドに声をかけられた。
どうやらジョージがお呼びらしい。俺は重い腰を上げると、レイを残してその場を去った。
まあ、流石にここでレイを一人にしたとて、妙なことにはならないだろう。カークウッド家は善人家族のようだし、客人に危害を加えるような使用人は即刻クビだ。
善悪によらないナンパの面も問題なし。使用人達は忙しそうだし、ジョージは今から俺と話すし、ダレンは俺達を良く思っていない。
何も問題は起こらない筈だ。レイ自身がナンパなんかをしない限りは。
「ダレン」
野営地の外れの丘に座って黄昏ていたダレンは、背後からの声に振り向いた。そこには先程とんでもない怪力で彼を救った美しい少女・レイが居た。
レイはダレンの隣に腰掛け、眼下の景色を眺めた。この丘からは野営地が一望できる。わたわたと駆け回るメイドが執事とぶつかった。そのとき、レイはダレンの方を向いた。
「あなたのことが知りたい」
「何それ、ナンパ?」
「ナンパって何?」
ぐ、とダレンは眉間に皺を寄せた。自分と同年代に見えるこの少女は妙な底知れなさを感じる。
「騎士って何? 知らないことだから、興味がある」
「あぁ……そういうことか」
どうやらこの少女は自らの好奇心を満たしたいらしい。幼子のような動機だ。ダレンは彼女への警戒を緩めると、昼食までの退屈を凌ぐ為、後者の問いに答えてやることにした。
「騎士は騎士だよ。本来、騎士とは王様に仕える封建領主のことだけど……俺の言う騎士は、ゴッズランドの修道会兼軍事組織の構成員のこと。聖テオドア騎士団の団員のこと」
ここで彼女が「わかった」と言えば、ダレンは説明を切り上げるつもりだった。だが、彼女の瞳はじっとダレンを向いたままだ。ダレンはため息を吐き、説明を続ける。
「まず俺の国のことから話さないといけないね。俺は森を挟んでローレアの西にある国、ゴッズランドの出身なんだ。ゴッズランドっていうのは、その名の通り国民全員が神を信仰している国でね。
ある日ゴッズランドは、自分達にとっての聖地を領土とする異教徒の国へ侵攻した。名前はスノウダム。ゴッズランドはスノウダムを半分ぐらい征服して、手に入れた領土をノースゴッズと名付けた。そしてそのノースゴッズで生まれたのが聖テオドア騎士団で、それが聖地の修道会兼常駐軍事組織なんだ」
「……軍事組織」
「そう。それで、俺はそこに入れと言われた。もうわかるでしょ? 征服したとはいえ、未だにゴッズランドと異教徒の戦いは続いているんだ。だから征服地の軍事組織に入れられるなんて殺されるも同然。俺が嫌がってるのはそういうこと」
「ふぅん……」
レイは視線を前に戻した。凪のような表情に、思考の微風が巡っているのがわかる。やがて彼女は再びダレンの方を向いた。
「わからない。あなたは何の為に、誰に騎士団に入れられるの?」
「……なんだっていいでしょ」
ダレンは付き合いを放棄した。少し俯くと、風が彼の髪を攫った。
「かみ」
「髪?」
不思議な二文字をダレンは変換した。
「凄く長いの。どうして?」
「特に理由はないよ。強いて言うなら、切るのが面倒臭いから」
ダレンの一本に結われた髪は腰までの長さがある。ギシギシに痛み、絡み、乱れた髪はまるで何日も風呂に入っていないかのようだ。事実そうなのかもしれない。だが、レイの関心はその質ではなく長さに向いた。
「遊んでもいい?」
「……どうぞ」




