暗い森みたいな奴だな
牡鹿はいきり立って赤髪の青年を追っていった。俺達は呆然とその様子を眺めていたが、やがて後方で爆ぜるような声が上がった。
「くそっ!! だから騎士になんかなりたくないんだ!!」
突然の声に俺達は飛び跳ねたが、彼はそれすらも憎らしいようだ。灰色の髪の青年は乱暴に髪をかき上げると、ぎらりとした目を俺達に向けた。
「お節介ご苦労様。助けてなんて頼んでないんだけど? どうせ殺される身なんだから」
「は!?」
彼は目の温度をすっと下げて、厭世的な微笑みを浮かべた。先程までの荒々しさはどこへやら。彼は淡々と剣を拾い上げて腰の鞘へと収めた。
「なんだよその態度! さっき『加勢しろ』って言ってただろ!?」
「『自分の仲間に加勢しろ』って言ったんだ。さっきの君、その子が牡鹿に立ち向かう姿をただぼんやりと眺めてたからさ。彼女、君の連れだろ? 情けないところを見せずに済んで良かったね」
そう語る彼に大袈裟な感じはなかった。声は抑揚少なく、顔はほんの僅かに口角を上げるのみで、むしろその様子は大袈裟の対極に位置していた。しかしその一方で、紡がれる言葉からは心の内に渦巻く混沌が感じられた。まるで午前四時の空のようだった。
だが、ニヒルな雰囲気に飲まれるつもりはない。俺は彼に言い返そうとした。が、それよりもレイの方が大事だと気が付いた。先程牡鹿に振り払われたときに怪我をしなかっただろうか。俺は慌てて自分の胸に倒れ込んだ彼女を起こし、振り向かせて全身を眺めたが、怪我はなさそうだった。
「おーーい、ダレーーン!!」
ふと、遠くから快活な声が聞こえてきた。声のした方を見ると、赤髪の青年が馬と共に戻ってきていた。馬は徐々に歩を緩め、やがて立ち止まり、青年はその背から飛び降りた。
「ダレン! それにお二方! 怪我はないか!」
「そっちの二人は大丈夫。俺も軽い擦り傷ぐらい」
勝手に大丈夫と断定するな。赤髪の青年は「そうか」と返し、俺達に向き直るとお辞儀をした。
「我はジョージ・カークウッド。通りすがりにもかかわらず我が友人を助けていただいたこと、心より感謝する」
そのお辞儀は右足を引いて右手を腹に添え、左手を横に伸ばす、いわゆる貴族のお辞儀だった。慌てて俺達も頭を下げて名を名乗った。
「旅のお方とお見受けするが、どこから来られた?」
「ローレアからです。ああいや、フェレト村から……」
「ローレア! この森を越えた先にある風光明媚な町と聞く。うむうむ、良きかな」
「そういうあなた達はどこから来たの?」
レイの口からタメ口が飛び出した。俺は慌てて彼女を見たが、その顔にはただ純粋な疑問が浮かんでいて屈託がなかった。それをジョージもまた見抜いたのか、彼は「カカカ」と爽快に笑った。
「我々はゴッズランドから来た。我と我の家族と友人のダレン、ダレンの弟のグレンとで魔物狩りを楽しむべく草原を訪れていたのだが、思いがけず手に負えないほど凶暴な牡鹿に襲われてしまってな。それで、今に至る訳だ。重ね重ね感謝する」
「ああ、いえいえ滅相もない。……そうか。お前、ダレンっていうのか」
三人の視線が一斉にダレンに集まると、彼は不快そうに眉を顰めた。
「紹介しよう。彼はダレン・レッドグレイヴ。商家の長男で、身分差はあるが我と幼馴染なのだ。彼はもうすぐ騎士になるのだが、我は彼の剣の訓練に、今回カークウッド家で計画していた魔物狩りが丁度良いと思ってな。それ故連れてきた次第だ。ご兄弟と共にな」
なるほど、そういうことか。
それにしても、先程から上がっている「騎士」というワードの意味が気になる。ダレンはもうすぐ騎士になるのか? でも本人はなりたくなさそうだ。それに騎士とは、王様に仕えて軍事奉仕と引き換えに土地を授かる封建領主のことだ。このみすぼらしい青年が王から土地を授かれる人間とは到底思えない。貴族と幼馴染というのもよくわからない。何か訳アリのようだ。
「さて! 立ち話もなんだろう! あちらに我々の野営地がある。是非とも礼をさせてくれ」
「待ちなよ。俺のことで君が礼をするつもり? 礼をするかどうかを決めるのは俺。俺はしなくていいと判断した。ここでさよならだ」
「君は我がカークウッド家の領民だ。領民の命を救われた礼は、我がするべきだろう」
そう言われるとダレンは黙って俯いてしまった。心底嫌だという顔を、俺達に向けるでもなくただ地面に向けて、まるでハナからコミュニケーションを諦めているかのようだ。
暗い森みたいな奴だな。




