草原の香り、冒険者の死線
燃え盛る火球が、しゃがんだ俺のつむじを焦がす。
「ひいいいいい!!!!」
「おいクラブ! なんたら草のサンプルは取れたか!?」
巨大な赤い牡鹿と相対した仲間が叫ぶ。土と焼けた草の匂いが鼻をつく草原で、俺は情けない叫び声を上げた。
「取れた! 取れましたぁ!!」
「おっし、じゃあ退散だ! 全員逃げ遅れるなよっ!!」
リーダーの号令を聞いた仲間達が一斉に走り出す。まさしく一目散、煌く緑の海を一直線に突き抜けた俺達は、お目当ての塹壕に飛び込んだ。
「ひぃ……」
「喋るな、息をひそめろ」
L字に掘りぬいた塹壕の入り口に、牡鹿が頭をねじ込んで荒い鼻息を上げている。
(そんなに押し込んだら天井が崩れるだろ!)
生き埋めにならないよう、数時間前の自分達を信じて祈るしかない。幸いにも目を瞑ってしばらく耐えた後、掘削の音は止み、恐怖の足音は遠ざかっていった。
そして俺達は数日ぶりにも感じられる塹壕の外に出て、少し冷えた風を浴びて小鳥の鳴き声を聞いた。
「よくやった、お前達。さっさと帰るぞ」
リーダーの言葉に俺達はそれぞれの強さで頷き、ぞろぞろと遠くの城壁を目指して歩き出した。日は地平線へと沈もうとしていた。
「ったくよお、なんでクラブは冒険者ギルドになんか入っちまったんだあ」
「ほんとだぜ。こんなヒョロガリがよく今まで生き残ってこれたよな」
「はは……」
街に着くと共に断る隙もなく酒場へと連れ込まれた俺は、ムキムキの筋肉に囲まれて愛想笑いをしていた。
「見ろよこの脚! スラムでしか見たことねえ脚だ」
「つうか、もしかしてスラムの生まれか? 苗字もないんだもんな」
「ははは……」
ガハハと無神経な笑い声が上がり、俺は口角をヒクつかせる。
「心配すんなよ。うちのギルドなんか、そんな連中しか居ないんだから」
「リーダーには負けますよ! 前科三犯の荒くれ王!」
「なんだとてめえ!!」
「あ、す、すいません!!」
俺の次に立場の弱い奴が下手を打った。俺が居ることでいつも関心から逃れていた太鼓持ちが、首根っこを掴まれて酒場の外へと引き摺られて行く。
「あーあ、やったなあいつ。大丈夫か、クラブ?」
「あんま気にすんなよ。お前だけは俺達が守ってやるからさ。な?」
「はは……ありがとうございます」
残った連中ににやにやと肩を組まれ、薄ら寒い気持ちになる。
一番立場が弱いということは、それだけ憐れんでくれる奴も居るということだ。曲がりなりにも好かれている現状は、皮肉にもあの太鼓持ちの現状より良いものかもしれない……
(——なんて、思えるか!)
とっぷりと日の暮れた街の石畳をがしがしと踏みしめて歩く。
彼らに絡まれているうちに、レイと遊ぶ時間も余力もすっかり奪われてしまった。
(レイはもう眠っているかな……早く帰って寝顔を見たい……)
いや、それは少し変態っぽいか。そんな自分を内心で笑えば、少しは気分が紛れたものの、やはり数秒後には怒りがぶり返していた。
ふとすぐ側の店の大きな窓を見る。星の瞬きのような黄色の灯りで照らされた店内。その一角に、春薔薇の装飾が施された小物入れが置かれていた。
(あれをレイに……うわっ高っ!)
そりゃそうだ。こんなものは中流階級向けの代物。現に、土で汚れた俺は店の中の客共から怪訝そうに見られている。
全く、どうしてこんな道を通らなきゃ帰れないんだ。ああ、さっさと帰ろう。
そう思った矢先だった。
「——きゃああああっっ!!」
この通りの先の方で、悲鳴が上がった。