べっ、別に全然欲しくなんか……!
朝食を食べ終えると、俺達はテントや鍋を片付け始めた。
縮小魔法は便利な魔法だ。テント用の布や支柱も小さく軽くして、ザックの中に詰め込むことができる。魔法使いでない人々も使うことが多い、いわゆる生活魔法だ。
魔法の力に感謝しながら野営地をすっかり更地にすると、俺達は再び歩き出した。道ははるか先で北と北西に分かれている。北のローレアには立ち寄らず、このまま北西のラボの森に向かうことにした。
そしてそれから一ヶ月。草むらを飛び回る蛾を払い、汗を垂らしながら歩き続け、俺達はようやくラボの森へと辿り着いた。以前より空気が暑く湿っている。ねぐらの森も高温多湿だったのだが、いわゆる熱帯林で木々も鳥もパワフルだったので嫌に感じなかった。しかしこのラボの森は鬱蒼としていて暗く、なんというか、冒険者ギルドの隅で陰気臭く俯いているカースト最底辺の野郎みたいな厭らしさがある。俺じゃん。
俺は嘆息しながら空を見上げた。木々の僅かな隙間から眩い太陽の光が見える。
「そろそろ休まない?」
「大丈夫」
俺はレイに持ちかけたが、あっさりとかわされてしまった。しかし休んでほしかった。俺は数日前から、ずーーっと気になっていることがあるのだ。
『——じゃあ上手くできたらご褒美あげる』
……あのときのレイの言葉。俺はずっとそれが気になっているのだ。
彼女は俺が必殺技——浮遊魔法を覚えられたら、ご褒美をあげると言ったのだ。そして俺はねぐらでの戦いで、見事それを使いこなしてみせた。
ああそうさ。「ご褒美の為? まさか」。俺は確かにそう言ったよ。
いや別に? 全然主張は変わってないんだけど。ただ一向に約束のものを渡されないから気になってるだけで。どうなったのかな、もしかして森竜が死ぬところを見てショックで忘れちゃったのかなーって、ちょっとレイのメンタル面が心配になってきただけで。ご褒美さえ貰えれば「ああ大丈夫だったんだな」ってわかるから、本当にそれ以上のことはなくて……
「クラブ」
「何!?」
「ラボに着いたよ。笛を吹いてくれる?」
「……うん」
俺はしょんぼりと角笛を取り出した。妙に上擦った声を上げてしまった。恥ずかしさを誤魔化すように、俺は角の先端に口を当てた。
息を吹き込もうとして、少し躊躇う。……いや、大丈夫だろう。
太く長く息を吹いた。重く震えるような音が伸びる。ざわざわと木々の青葉が擦れて、暗い森に多くの木漏れ日が降り注いだ。目が眩んで、無意識に目を閉じてしまう……
そして次に目を開いたとき。そこには暗い森があった。
「……」
「……何か変わった?」
「あ、待って肌寒い。さっきまで暑かったのに」
俺達はすぐ側のラボを見た。ラボの周囲だけは、陽光を遮る木がなく明るい。きらきらと輝く建物の表面には苔とカビが生えており、イモリがチョロチョロと這っていた。
「あれ、おかしいな。ラボが廃墟のままだ。でも秋みたいに寒いし、時間遡行には成功した筈……あぁ! もしかしてラボがあった時代には森がなかったのかも? 森竜の知る時代に行けるって話だったもんね〜! だからラボがあった時代に行けなくて、違う時代に行っちゃったのかも〜!」
「……クラブ?」
「い、いやぁ!? 俺はそんなの知らなかったよ!? 知る訳なくない!?」
「……そうだね」
レイは少ししゅんとした。俺の良心が痛む。あぁでも、本当に千年前に遡行せずに済んで良かった。申し訳なく思いながら安心してしまう俺はやはりクズなのだろう。
「どうする? ラボのある時代には行けないってわかったし、元の時代に帰ろうか?」
「元の時代? どうやって帰るの?」
「えっ」
きょとんと首を傾げるレイに、俺は固まる。そういえば、元の時代への帰り方を聞いていなかった……ような……
「も、もう一度笛を吹いてみようか。こういうのはルールがあってね、大体時間経過かもう一度笛を吹くことで帰れるから」
俺はそう言いながら角笛を咥えた。先程と同じ音が響く。しかし、木漏れ日が降り注ぐことも、体感温度が変わることもない。
「……森の外に出てみようか!」
俺は微笑んでレイの手を引いた。手汗やば。冷や汗もやばい。もし元の時代に帰れなかったら……
……まあ、なんとか食ってはいけるか。
俺は平静を取り戻して、彼女の手を離した。ザックを漁り、上着を取り出して彼女に羽織らせてやる。彼女が腕を通すのを見て、俺も自分の上着の前を締めた。
そうして俺達は、森の東に出るべく歩きだした。




