【改稿】命さえあれば
クラブは太い枝の上に座り、足を投げ出し、ライアンの気が済むのを待つことにした。レイはその隣で突っ立ったまま、目の前の光景を何やら深い眼差しで眺め続けている。
しばらくして、強い風が吹いた。すると森竜の遺体の表面が砂のようになり、はらはらと散っていった。
はらはら、はらはらと散っていく。さながら砕けてしまった角砂糖のように。やがてその全てが風に乗り、悠久の自然へと還っていった。
「……行こう」
そう口にしたのはライアンだった。人生の分水嶺を苦々しく越えた、深い感傷を顔に刻んで振り向く彼に、クラブは「やれやれ」と心中で嘆息した。
三人は地上に降り立った。「神竜樹」に向き合うと、ライアンは何かを口にした。すると大樹は無数の木の根で起立した。そして木の根を蜘蛛の足のように動かし、アンドロイド達を内包したまま荒野の彼方へと去っていった。最早なんでもありだな、とクラブは思った。
そして三人は振り向いた。草原だったこの小さな場所を超えた先に、ひどく平坦な景色が見える。
見渡す限りの崩壊。無秩序に茂っていた草木は倒れ、家屋は巨人が踏み荒らした跡のように、無惨に平たく潰れている。
不意に声が聞こえた気がした。どこか遠くから呼びかけるような声。まさかこの荒野の中に生存者が居るのか、とライアンは辺りを見回したが全く見当がつかない。手近な瓦礫に手をかけたところで違和感に気がついた。
近づいてきている。
それがここに居る筈もない者の声で、かつ彼方から近づいてきていることに気がついた。
地平線へと目を凝らす。一際眩い光芒を放ち、日の昇り始めた地平線。
そこに無数の手を振る影が見えた。
「おにーーぃちゃーーん!!!」
「……トレイシー!?」
それは見間違える筈もない。かつて瑞々しい大志を抱き、この村を去り、此度戻ってきた少女。
ライアンの妹。トレイシーだった。
彼女が人々を率いて走っている。ライアンは脇目も振らずに駆け寄った。そしてはっきりと見えてきた人々の正体。それは失われた筈の愛おしい故郷の人々だった。
「夜空を眺めていたら突然変な嵐が起きて驚いたよ! あたしがみんなを叩き起こして逃げたんだ。まさに英雄って感じでしょ——ってわぁっ!?」
ライアンはトレイシーを抱きしめた。彼女ははじめ狼狽したが、やがて柔らかい笑みを浮かべ、彼の大きな背に手を添えた。
「よかった」
ただそれだけだった。ライアンの目から涙は溢れない。ただ、静かな愛情に浸っていた。
「一件落着、的な感じか?」
「ああ。命さえあればあとはどうにでもなる。この後は近くの村に助けを求めて、みんなで村の復興をするよ」
「それはお前もか?」
「……もちろん」
少し切なげな笑みを浮かべて、ライアンは翼を折り畳んで消した。そして「ちょっと待っていろ」と二人に告げると、かつての自宅の跡へと駆け寄り、素手で瓦礫を退け始めた。トレイシーや他の村民達も続いて駆け寄り、手伝った。
やがてライアンは絢爛な装飾の箱を掘り起こした。ライアンはそれを二人の前に持ってきて、蓋を開けた。すると中には緑色の角のようなものが入っていた。
「これは?」
「森竜様の角で作られた角笛だ。百年前の生え変わりの際、私の先祖が頂いたものなのだが、これを吹いた者は森竜様の知る時代へと遡行ができる。君達の望む時代に行けるかはわからないが、どうかこの度の礼として持っていってほしい」
箱はレイに差し出された。感謝を述べて受け取る彼女に、クラブは微妙な眼差しを向けた。
「数年後、数十年後にでもまた来てくれ。すっかり復興した村で、できる限りのもてなしをしよう」
ライアンが二人に手を振ると、村人達も力強く手を振った。なんだかこちらまで英雄みたいだ、とクラブは苦笑した。レイはどこか清々しい微笑みを浮かべた。
二人は手を振り返しながら、曙の大地を去っていった。




