表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第二章 森竜編
35/139

【改稿】自由を君に


 ライアンは未来ある少年だった。

 幼い頃、彼は友人達とかけっこをして遊んでいた。いつも彼のスタートラインは友人達のはるか後方に引かれた。

 かけっこが始まると、いわゆるガキ大将が二人、いつも一番を競り合った。実力は五分五分。リフルシャッフルのように互いに雪辱を果たしあったが、いつだって彼らの心の隅にはライアンのことがあった。

 ある日、友人の一人の気が緩んだ。スタートラインを引いていた彼は、ライアンのそれをいい加減な位置に引いてしまった。

 「スタート」の声を受け、一斉に走り出す少年達。ガキ大将二人が先頭を競り合う。いつもと変わらぬ光景に後方の数人がやれやれと手を抜いた——次の瞬間。

 彼らの側を颯が吹き抜けた。ラインを引いた少年は「しまった」と思ったことだろう。

 強い秋風を彼は纏った。しなやかな身体が残像を残した。夜空に輝くフォーマルハウト。ライアンは次々に友人達を追い抜いて、馬でいうところの二馬身三馬身、大差をつけてゴールを駆け抜けた。

 友人達はしばし呆けた。しかしやがて、顔を見合わせて笑い合った。これはよくあることだった。だからこそいつもライアンのスタートラインを遠くに引いていたのだし、ライアン自身もまた、それを承知していた。


 時が経ち、ライアンが背の高い青年になると、更に「センス」が乱れ咲いた。

 狭い村のミドルスクールでテストの順位は常に学年一位。ことに魔法学と体育は他の追随を許さず、芸術分野でさえも妙な筋の良さが光った。

 徐々に友人達の中心はライアンに変わっていった。気取ったところはなかったが、早熟かつ立派に育った体躯、群を抜いた優秀さ、そして擦れていない真っ直ぐさがあるだけで十分だった。その為、学校が終わるとライアンは必ず遊びに誘われた。しかし……


「すまない。今日も私はねぐらに行くよ」


 大抵はそう言って断った。残された友人達は親ガモを失った子ガモのように、そぞろに村の遊び場を目指した。


 そうしてライアンは、いつも一人夕暮れの道を歩き、森竜の元を訪れた。

 幼い頃からずっとライアンは、森竜のねぐらに足繁く通い、森竜に笑顔を向け続けてきた。森竜は彼のふやけたりんごのような頬が、日に焼けたハリのあるものに育つまでを見守ってきた。こんな物好きは歴代の守り人の中にさえ居なかった。

 あらゆる才能を持つ彼は、生まれる場所が違っていれば、素晴らしい学者か何かになれたのだろう。森竜は人類の発展には毛ほども興味がなかったが、いたいけな赤いりんごの彼が、持ち得た能力を伸び伸びと活かし、名声と環境に恵まれた人生を送る……そんなことを想像すると、暖かい気持ちになった。しかしそんな彼の未来は、彼が守り人の家系に生まれたことにより失われていた。森竜はそれを切なく思っていた。

 だから、ライアンが十六歳になり、守り人の役目を継承する儀式を行ったとき。

 森竜は眼下に跪く彼の額に触れた。すると弾けるようにその背から翼が生え、立ち上る微光の中でばさりとはためいた。

 その翼を見て、森竜は行為と裏腹にこう願った。

 どうかその翼でどこまでも自由に、広い空を羽ばたいていけるようにと。



 とても長い間目が眩んでいた。いや、眩んでいるにしてはやけに眩しくなかった。目を焼くような感じがなかった。ただただ白かった。そして全身の皮膚が象の皮膚のように硬くて、どこか遠くで悍ましい破壊の音がした。

 やがてうっすらと白が去り始めた。そして眼下に現れた世界は……


 見渡す限りの平地だった。


 この草原を中心に、放射状に森の木々や村の家屋が薙ぎ倒されていた。樹木、家屋の木材のどれもが土砂に塗れ、へし折れて、惨たらしい棘を天に向けていた。焼けた臭いも煙の一つも立ち昇っていない。

 辺り一面、土と棘のひしめく大地が広がっていた。


「……ゥ」


 ハッとライアンは振り返った。神竜樹の椀の中で森竜が倒れ伏している。

 ライアンは椀に降り立つと、「森竜様!」と悲痛に叫んで駆け寄った。そしてライアンが森竜の頭にしがみつくと、森竜はうっすらと目を開いた。


「ライアン……すまぬ。お主らを守るので精一杯じゃった……」


 その瞬間、三人を覆っていた光の膜が砕けた。三人は辺りがこうなる直前、森竜が防護魔法をかけてくれたのだと悟った。


 そしてふと思い至る。クラブが空を見上げると、そこには白く名状し難いものに頭部を覆われたシスターが浮遊していた。


 日焼けした修道服は裾が破れ、死人のような色の肌は土と乾いた錆の色に汚れている。そしてその手には黒山羊の頭があった。

 一拍遅れてレイもその存在に気がついた。やにわにレイは飛び上がろうとしたが、その背を強い力に引かれた。クラブが掴みかかったのだ。クラブは自分ごと彼女を引き倒して尻もちをつくと、しっかりと彼女を抱き込んだままシスターを注視した。

 ……シスターはふらりと背を向けて、夜の空を飛び去っていった。

 一方で森竜に縋りつくライアンは、彼の溢す声を少しも聞き漏らさないよう耳を寄せた。森竜は顎を震わせて語った。


「わしは……幼い頃からわしを慕ってくれていたお主を、大切に思っていた。竜として、子も孫も持たなかったわしじゃが……お主の成長しゆく様を見て、孫とはこのようなものかと思っていた」


 痙攣する瞼から覗く森竜の瞳が徐々に濁っていく。閉じゆく瞼を手で留めようとするライアンに、彼は「よい」と笑った。


「ライアンよ……これからのお主は全くの自由じゃ。お主に授けた加護は消えぬ。その翼で、どこへなりとも、お主の行きたいところへ行くが良い」


 その瞳はたった一人の人間への慈愛に満ちていた。しかしふと彼が何かに気がつくと、その瞳は青い悲しみに染まった。


「……ああ、しかし。帰る家さえも消してしまっては……わしにそんなことを言う資格はない……か」


 森竜の呼吸が小さくなっていく。その意味を理解したライアンの手のひらから力が抜け、留めるもののない瞼がゆっくりと閉じていく。ライアンはたまらず心から叫んだ。


「いいえ! 私の家は消えていません。この翼がある限り私の家はあり続けます。あなた様は私のかけがえのない家族です。いや……それ以上……そうだ私は、()()()()()()()()()()()……!!」

「ライアン……?」


 ライアンは突然に青ざめた。そして唇を震わせて瞼を伏せた。自分の言った言葉が信じられないという風に。


「嘘だ……私は……あんなことをしておいて。あんなことをしておいて私は、家族や村のみんな以上にあなたのことが大切だったのだと……今理解しました。()()()()()()()人々よりも……私は私の世界でただ一人だけの、絶対に勝てないあなたが一番大切でした。私はこんなにも……グロテスクな人間でした」


 ライアンは深く傷ついたように泣き笑った。その涙を見た森竜は目を見開き、僅かに指先を震わせたが、それ以上動かすことは叶わなかった。森竜は口惜しげに眉を下げ、その後穏やかな笑みを浮かべた。


「……そうか。そこまで慕ってくれるか。ならば……長い眠りも、寂しくは…………ない」


 森竜は遂に瞼を閉じた。閉じゆく瞼の際で、瞳の輝きが日没のように、最後に眩く光を放ち……儚く暗幕の向こうへと消えた。

 ライアンはその場を動かない。しんとした悲劇の幕引きの後、ただじっと夢の名残を眺める観客のように。

 そして、そんな彼らを前にしたクラブ。実のところ、彼にはKYの烙印を押されてでも言うべきことがあった。


「あのー、悲しんでるところ悪いけど……」

「大丈夫」


 それを制したのはレイだった。読み取れない表情がクラブに向く。


「アンドロイドは呼吸しなくても大丈夫」

「えぇ……」


 アンドロイドとは何なのか。クラブはいよいよわからなくなってきたが、今はとりあえず黙ることにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ